12 商店街へ
リンカの家でカイ達が共に食卓を囲んだ、その翌朝。
別れの挨拶を交わすため、三人は家の前に集まっていた。
ここは街の中心から外れた住宅街で、木造やレンガ造りの家が立ち並んでいる。今日は休日という事もあってか人通りは結構多い。
「リンカ、ありがとう。色々助かったよ」
「……いいのよ。なんか久々の家族の団欒って感じで、こっちも楽しかったし」
リンカはそう言ってニコと笑った。
昨晩、カイが見張りの為だと言ってルナと同じ部屋で寝た事に、何故か不機嫌な様子だったが――だいぶ落ち着いたようだ。
大きめの一軒家に一人で住んでいる彼女。以前は、ご両親と一緒に暮らしていたらしい。
今はもう、二人とも亡くなっているそうだ。
だから、家に人が居る事が単純に嬉しかったのかもしれない。
「ルナちゃんも、またおいでよね」
「は、はい……あの、料理、とってもおいしかったです。ありがとうございました」
「ん。また作ってあげるわね」
リンカはルナに優しく微笑みかけると、次にカイの方に向き直り鋭い目つきへと変わった。
「今日は、適当な依頼をこなして来るとするわ。あの二人は上手く誤魔化しといてあげるから、今日は休んでよし。ただし、明日は必ず来ること! いいわね?」
「大丈夫」
「…………」
すると今度はスッとカイのもとへ近づいて来て、耳元で囁く。
「(この子の事、ちゃんと責任持って面倒みるのよ? 保護するって言い出したのはあんたなんだからね?)」
「分かってるよ。心配しないで」
「(怪しいわね。ちゃんとご飯とか作ってあげるのよ?)」
「あはは。大丈夫だって」
「(……ま、せいぜい頑張りなさい)」
リンカは怪しげにカイを見た後、剣をぐっと持ち上げ肩に担いで、
「じゃ、また明日。いつもどおり朝一でギルドに集合ね」
そう言って手を軽く振り、ギルドの方向へと歩いていった。
「……俺たちも、行こうか」
「うんっ」
ルナはぼーっとこちらを見ていたが、特にひそひそ話を気にする様子は無かった。彼女を連れ、カイはリンカと逆の道に歩を進めて行く。
――――
今日ルナは、灰色のローブを着てフードを深くかぶっている。
昨日何者かに襲われたというので、そういう輩に見つからないようにするためだ。
また、リンカによれば人に吸血鬼と知られるのもあまりよろしくないようで、怖がられてトラブルになるような事は避けたい。そういった理由から、不本意ではあるが着てもらっている。
襲われた件に関してはもっと詳しく話を聞きたいが――とりあえず用事が済んだ後でいいだろう。
今日の目的は、雷魔法の教科書を買う事。行きつけの本屋に行くため、商店街へ向かっている最中だ。
そして本を手に入れたら、早速ルナに雷魔法を教えてあげようと思う。
昨日、あれだけ真剣に教えを請われたのだ。応えない訳にはいかない。すぐにでも練習を始めるべきだろう。
――というのは半ば建前で、実際の事情は少し違う。
情けない話ではあるのだが。
彼女の「発作」に対処するため、いつでも魔法を発動できるよう気を張っている必要があり、これがかなり疲れるのだ。
だから、早いうちに手がかりを掴んで貰いたいというのが本音の部分である。
彼女によると、発作はいつどこでどんな規模で起こるか、全く分からないそうだ。
何ヶ月も起こらない場合もあれば、何かのはずみで1日と経たず起こる場合もある。激しい大放電が起こるときもあれば、穏やかに流れ出ていくときもある。などと、聞けば聞くほど厄介な病気だ。
日常生活では、電撃で物や部屋をだめにしてしまうことは多々にしてあるらしい。裕福な実家の力と母親の計らいもあって、何とかなっているらしいが――本当に不憫でならない。
雷魔法の習得。「電気が体に貯まる」という病気の根本的治療にはならないだろうが――電気を自分の意思で放出できるようになれば、発作をコントロールできるかもしれない。
かなり茨の道だが、やってみるしかないだろう。
「……あのっ」
などと考え事をしながら歩いていると、ルナにぎゅっと服の裾を掴まれた。
「ん?」
「ここって、人間の国なんだよね」
「……ああ、そうだよ。ここはファータイル国。人間の国さ」
この国は名をファータイルと言う。そしてカイ達が今いるこの街は、その首都ウェストレアだ。
地理的には、東西南を広大な海に囲われ、北には国境を隔てて別の大きな国が存在している。そしてその国境沿いには、小規模だが紅血族の国がある。
一言で言えば、ファータイルは半島国家。肥沃な土地や天然資源に恵まれ、北方の国々との交易で栄えてきた国である。
「そうだった。まだ色々説明してなかったね。何か聞きたい事とかあったら、何でも聞いてよ」
「う、うん。じゃあ……カイとリンカは、何のお仕事してるの?」
「ああ、冒険者だよ。俺とリンカ、両方ね」
「……冒険者って、何するお仕事?」
ルナはきょとんとした顔でカイを見上げている。
生きていれば一度は耳にすることのあるメジャーな職業だが、どうやら知らないらしい。紅血族の国には冒険者はいないのだろうか。
「簡単にいえば、便利屋ってとこかな。依頼を受けてそれをこなす。モンスターの討伐から力仕事まで、何でもやるのが冒険者だよ」
「……冒険者なのに、冒険はしないの?」
「もちろんするよ。依頼で遠出することもあるからね、色々な所を旅して回る機会は多いよ」
もしリンカに聞けば、冒険とは未知の場所に探検に行くこと――「未開領域」に足を踏み込むことだ、とでも言われそうだが。
それを生業とする事ができるのは、Aランク以上の限られた冒険者だけだ。
別に、ちょっと遠くに出かけるのを冒険といっても構わないだろう。言葉の定義は人それぞれだ。
「すごい、楽しそうなお仕事だねっ」
「うん。危険な仕事も多いけど……まあ楽しいよ」
「へえー。じゃあ、カイは今までどんな所に冒険に行ったの?」
「……そうだなあ。例えば――」
カイは、今まで赴いた事のある場所についてルナに話してやった。
海、山、森を始め、洞窟やダンジョン等――そしてそこで見た景色や、体験した不思議な現象。モンスター討伐や宝探しなど冒険者ならではのエピソードも交えて話すと、ルナは目をキラキラさせてそれを聞いていた。
「すごーい!! 冒険者って、ほんとに楽しそう! いいなあ……ルナ、うらやましい!」
「あはは、別に羨むような職業でもないよ。危険な仕事とかも多いし」
「ううん。色んな所に出かけるなんて、ルナ普段は出来ないから。だからうらやましいの」
「……そっか」
ルナは何でもないように言っているが、その背景を慮ってカイは歯噛みした。
病気のせいで好きに外出することが出来ないのだろう。
もしかすると、ずっと家にこもりきりだったのかもしれない。
だとすれば、今日はいい機会だ。少しでもこの外出を楽しんで貰えればいいが。
「――ねえねえ、カイはなんで冒険者になったの?」
カイは、ふと足を止めた。
ルナも不思議そうに立ち止まる。
「それは、もちろん……冒険するためだよ」
「そうなの? でもカイ昨日、やりたい事は無いって言ってたよ」
「…………」
カイは困ったように頭を掻く。
「正確に言うと、目的が有るんだけど……今は行き詰まって、その目的を見失ってるって感じかな」
「もくてき?」
「…………」
ルナは子供ながらに知りたがりな性格のようだ。
カイは言うかどうか迷ったが、ルナの純粋な目を見て問題ないと判断する。
「親父を探してるんだ」
「……おやじ?」
「うん。昔、突然いなくなっちゃったんだ。だから探すために冒険者になったんだけど……見つからなくってね」
「そうなんだ。どうしていなくなっちゃったの?」
「さあ……何でだろうね。それを知りたくて、探してるんだ」
それ以上何も言わず、カイは再び歩き出した。
どこか悲しげな雰囲気を漂わせる彼の背中を、ルナは不思議そうに見つめていた。だがすぐ気を取り直し、その背中を追いかけた。
――――
「ほら、着いたよ。商店街だ」
程なくして、二人は目的地についた。
露店や小売店など様々な施設が立ち並ぶ、賑やかな繁華街だ。休日なので人でごった返している。
「人が多いから、離れないようにね」
「……うん」
不安げな顔を浮かべているルナ。発作の事が心配なのだろうか。
ルナは、他人に近づく事をかなり忌避している。
以前母親を傷つけてしまったトラウマから、必要以上に人と距離をとるようになったらしい。
ルナの様子を見ていて敏感にそれに気づいたカイは昨日、彼女を宥めてあげたのだった。自分は魔術師で、もし発作が起きても問題なく対処できるのだと。
「昨日言ったでしょ? 俺と一緒なら大丈夫だから。ほら、行こう」
「……うんっ」
ルナは思い切ったようにカイにぎゅっと体を寄せ、しがみつくように服を掴んだ。緊張しているのか、かなり強い力で服を引っ張っている。
そして、二人はくっついたまま一緒に歩き出した。
綺麗に舗装された石畳を、ルナの歩幅に合わせゆっくり歩いて行く。
通行人とは一人、また一人とすれ違うが、彼らが特段二人に反応する事はなかった。
それもそのはず。二人は傍から見れば、何の変哲もない仲の良い兄妹といったところだ。ルナがうまく街に溶け込めていることにカイは安堵した。
彼女は見るもの全てが珍しいようで、ずっとキョロキョロと辺りを見渡している。
食べ物や雑貨を売る露店や、軽食店や洋服店など――確かに、見て歩くだけでも十分楽しめる場所だ。
幾度となくこの商店街を訪れた事のあるカイですら、次々と目移りしてしまうのだ。初めてのルナは尚更だろう。
「……あ、お城!」
そのとき、ルナは道の突き当たりに見える建物を指さした。
遠目だが、たしかに城っぽい大きい建物が見える。それを見てカイは笑った。
「あはは。確かにお城みたいだね。でもあれはお城じゃなくて、学校だよ。魔術大学校さ」
「……魔術、大学校?」
「うん。俺みたいに、魔術師になるための学校だよ」
魔術大学校。魔術師を養成する教育機関であり、魔術専門の研究機関でもある、由緒正しき学校だ。
10歳から入れる6年制で、その入学試験はかなり難関らしい。多くのベテラン魔術師が教師として在籍し、素質ある若者達を手塩にかけて育てていると聞く。
「へええ。カイもあの学校に行ってたの?」
「いいや、俺は師匠に魔術を習ったからね。ずっと師匠に付いて回ってたから、学校には行ってないんだ」
「そうなんだ。師匠って、どんな人?」
「うーん。なんというか……おかしな人かな」
「……なにそれっ」
笑わせるつもりは無かったのだが、ルナは「あははっ」と声を上げて軽快に笑った。
カイは苦笑いを浮かべつつも、内心喜んでいた。
昨日は堅苦しい口調だったルナも、今や大分打ち解けて接してくれている。嬉しい限りだ。
「まあ、いずれ紹介するよ。今は出かけてて居ないんだけど、その時わかると思う」
「……ねえねえ、あそこに行ったら雷の魔法、教えてくれるかな?」
ルナは学校を指差して言った。
「そうだなあ。凄い魔術師の先生が沢山いるからね」
「! じゃあルナ、あそこに行きたい!!」
「お、落ち着いて。生徒でもない人に教えてなんかくれないよ。急に行っても、門前払いされるだけだから」
「あ……そっか。そう、だよね……」
しゅんと肩を落とすルナ。
カイはそんな彼女を諭すように言う。
「大丈夫。学校に行かなくても魔法は使えるようになるよ。今から教科書を買いに行くから」
「……カイは教えてくれないの? ルナ、本じゃなくてカイに教えてほしい」
確かにそうだ。
カイは雷魔法を一応だが扱える。昨日それを散々見せてもらったルナが疑問を抱くのは当然だろう。
「いや……俺は教えるのが下手だからさ。だから、本を見てやった方が絶対いいんだ」
カイは魔術を理論的にではなく、感覚的にやってしまうタイプの魔術師だった。
こういうタイプの人間はあまり教師には向いていない。師匠にも指摘されていた事で、自分でも自覚している事実だ。
「そうなの?」
「うん。あと、師匠に怒られるから。『人に物を教えられるほど、お前は偉くなったのか』ってね」
「カイは偉くないの?」
「……え? うん……え?」
「ルナはカイが偉いと思う。ルナの事、助けてくれたから」
「…………」
カイはどう返していいか分からず、言葉に詰まった。ルナはまったく純粋な目で見つめてくるので、余計に返答に困ってしまう。
「そ、そっか、ありがとう……あ、ほら! ついたよ、本屋さんだ!」
対応に困ったカイは、話題を逸らした。気がつけば、二人は目的地についていた。
木造でこじんまりとした建物だ。周りの活気ある雑貨店やレストランなどと違い、時代に取り残されたような寂れた感じがする。
ドアを開け、二人は店に入っていく。
賑やかな外と違い、中は静閑な空気に包まれていた。店じゅうに置かれた本棚には多種多様な本がぎっしりと詰め込まれており、本好きにはたまらない空間だ。
「いらっしゃい……って、カイか。久しぶりだな」
カウンターの椅子に腰掛ける中年の男性が声をかけてきた。カイとは顔なじみで結構仲の良い、この本屋の店主だ。
「どうも、おじさん」
「お、どうしたんだその子。お連れさんかい?」
「うん。ちょっと、ね」
店主はカウンターから身を乗り出して、ニッコリとルナに微笑みかけた。
「こんにちは、お嬢ちゃん」
「……こ、こんにちは」
ルナは恥ずかしそうにカイの後ろから顔を出し、挨拶を返す。人見知りなようだ。
「相変わらず、不景気みたいだね」
カイが店内を見渡しながら言う。カイ達以外に客は一人もいなかった。
「まあな……ま、慣れっこさ。んで、今日はどうしたんだ?」
「雷魔法の教科書を買いたいんだ。どこにあるか分かる?」
それを聞くと、途端に店主は眉をしかめた。
「雷魔法……待て、聞いたことがあるぞ。確か、超ムズい魔術とかっていう」
「まあ、うん。それなんだけど」
「あー。そりゃ、多分ウチには置いてねえなあ」
カイは驚きに目を見開いた。
「え……無いの?」
「ああ。ここにあるのは一般向けの魔術の本だけだからな。基礎からちょっとした応用までの教科書しか無い。多分っていうか、絶対ないな。仕入れた覚えもない」
「……そっか」
困ったことになった、とカイが頭を掻く。いくら雷魔法が難しい物だとはいえ、教科書くらいはあるものだと思っていたのだ。
確かに言われてみれば、町の小さな書店にそんな専門書が置いてあるはずがなかった。
こうなると、やはり自分が教科書無しで教えるしかないのか。
それか別の書店に行って聞いてみるか、それとも師匠の帰りを待って直接相談するか。
カイは代替案を色々考えたがそれぐらいしか思いつかず、しかしどれも気乗りがしないので困り果ててしまう。
と、カイが思案を巡らせていると――店のドアがバタンと開いた。
お客さんかと目をやると、そこにはカイの見慣れた顔があった。
「……リヒト」
「お、カイじゃないか!」
ドアの前に立っていたのは、一人の青年だ。
背丈はカイと同じ位だが、その風貌は対照的で、丸坊主で柔らかな顔立ちをしている。快活さが顔に滲み出ており、朗らかで活発な性格なのがひと目で分かるようだ。
「どうしたんだよこんな所で。あ、おっちゃん! こんちわっす!」
「リヒト……お前今『こんな所』って言わなかったか?」
気さくに店主へ話しかける様子から、リヒトもこの本屋の常連のようだ。店主は彼の言葉尻を捉えてムスッとする。
「いやいや違いますよ……そんなわけ無いじゃないですか。言葉のあや、ってやつです」
そう言って軽快に笑うリヒト。
店内の雰囲気が少し明るくなった気がする。
「……カイ、知り合い?」
またもやカイの後ろに隠れていたルナが尋ねる。
「うん。俺の友達で……兄弟子って所かな。俺と同じ魔術師だよ」
リヒトはカイと同じ師匠の下で魔術を学ぶ、もうひとりの弟子だ。
カイよりも2歳年上で、師匠の授業や実践練習で苦楽を共にした戦友とも言える。そのため年上とはいえ仲が良く、上下関係は無いに等しい。
そしてカイと違いリヒトは、師匠の元で教わりながらも魔術大学校に通い、既に卒業している。現役の若手魔術師なのだ。
「……って、おいおい。お前まさか、彼女か?」
リヒトはルナの事に気が付くと、興味深そうに彼女の顔を覗き込んだ。ルナは恥ずかしそうにすぐその顔を引っ込める。
「なわけないだろ……」
「はは、冗談だよ。彼女にするにしちゃあ子供すぎるよな。冒険者の依頼で子守りでも頼まれたか?」
「……まあ、そんな感じ。ちょっと、色々あって預かってるんだ」
保護した、などと言えばうるさく問い詰められるかもしれないので、カイは慎重に言葉を選んだ。
「ほーん。で、何してるんだよ、『こんな所』で」
「お前、わざとだろリヒト!」
すかさず店主が口を挟んだ。
「やべっ」
「ったく……小憎たらしい奴め」
店主は怒る素振りを見せたものの、その反面どこか嬉しそうな顔をしていた。リヒトは生意気な所があるが、人当たりが良くどこか憎めないやつなのだ。
取り敢えず、カイはここに来た目的を話すことにした。
「実は、雷魔法の教科書を探しに来たんだ。でもここには無いって言われて」
「雷魔法……? お前、今度はあんな難しい魔法にまで手を付けるつもりかよ」
「いや、俺じゃなくて――」
「まあ、本屋には置いてないだろうな。ていうか、国中の本屋を回っても無いと思うぞ」
カイを遮ってリヒトが続ける。カイは眉をひそめた。
「……え、本当?」
「ああ。雷魔法くらいになると、その教科書は高度な専門書扱いになるからな。そういうのを売ってる書店はこの国には無いだろ。だから本屋にはないぞ……本屋には、ね」
何か含みのある言い方をするリヒト。
「と言うと?」
「あれ、今ので分かると思ったんだけどな。学校の図書館になら、多分あるぜ」
「……あー」
魔術大学校の図書館。
世界中から魔術に関する様々な書籍が集まり、蔵書数は随一だ。カイは昔に師匠に連れられて入った事があり、その規模の大きさを知っていた。
確かに、あそこなら。
「あそこに無ければ、世界一周しても見つからないぞ」
「うーん……でもなあ」
魔術大学校は、どこぞの誰かが勝手に立ち入るようなことは出来ない。
カイは昔入った経験はあるのだが、それは師匠の付き添いだったから入れたのだ。自分一人では、今や図書館に入るどころか学校の敷居すら跨がせてくれないだろう。
「そう、お前は学校に入れないだろうな。だけど俺は卒業生だから簡単に入れる! さあ、どうする?」
リヒトは優越感に浸るようにニヤニヤしている。
カイは彼の言いたいことを何となく察しながらも、一応聞いてやる事にした。
「……何が言いたいんだよ」
「今日はちょうど学校に用があってよ、今から行くとこなんだ。俺の付き添いって形で連れて行ってやってもいいぜ?」
「…………」
「もちろん、貸し一つだけどな!」
リヒトに借りを作るのは少し憚られる。
どうにも彼は、事あるごとにカイの上に立ちたがる節があるのだ。カイはそれが嫌で、なるべく上下関係を作るような事は回避してきたのだが。
しかし、今は事情が違う。
ふと後ろを振り返ると、ルナは目を輝かせていた。
「あの学校、行きたい! 行こうよ、カイ!」
「お、乗り気だねえ。君も行きたいだろ? あそこは超楽しいんだぞお」
「…………」
確かにあの場所は、初見なら誰しもが驚きに立ち尽くすような施設で溢れかえっている。
なんというか童心をくすぐられるような、子供には堪らない場所だ。
ルナの顔が希望に満ち溢れているのを見たカイは、仕方ないといったように頷いた。
「分かった……頼む」
「そうこなくっちゃ。じゃ、早速行こうぜ」
「おい待て、リヒト!」
リヒトに連れられてカイ達が本屋から出ようとすると、店主に呼び止められた。
「なに? おっちゃん」
「お前、何か買いに来たんじゃないのか?」
「あー、ごめん。今日は客が少ないのを冷やかしに来たんだ。またね!」
「なっ……この糞ガキが!!」
腕を振り上げ身を乗り出してくる店主を背に、カイ達は逃げるように本屋を後にした。




