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天才魔術師、ロリ吸血鬼を拾う  作者: くまねずみ
第一章 出会い編
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0 ルナ=フォンテーゼ

 

 草木も眠る丑三つ時。

 ここは吸血鬼の国――バイブラッド。


 町外れのとある荘厳な館に、賊の集団が押し入った。

 高くそびえる塀を悠々と超え、誰に気づかれる事もなく、一階のとある部屋に、窓から侵入した。


 その部屋には子供が一人、ベッドで眠っていた。艶のある赤紫色の髪を二つ結びにした、幼く可愛らしい少女だ。


 そんな彼女を見下ろすように立ち並ぶ、真っ黒な装束に身を包んだ侵入者たち。するとその内の一人、背の高い大柄な男が一歩前に出た。


「んあ……ママ?」


 そのとき。人の気配を感じ取ったのか、少女がパチリと目を覚ました。


「ちっ。起きたのか」

「……えっ? だ、だれ!?」


 少女が驚きに飛び上がったのは言うまでもない。母親かと思った人影はよく見れば知らない大男で、その後ろには異様な雰囲気の黒ずくめ集団が自分を取り囲んでいるのだ。


 一体、この人達は何なんだ。身の毛が一気に逆立つような恐怖を感じるまま、少女はすかさず悲鳴をあげようとする。


「マ、ママ!! 助け――」

「おっと。黙っててもらおうか」


 だが、男がそれを制止した。素早い動きで少女に近寄り、その口をわしづかみにして塞いでしまう。

 そしてその華奢な体ごと片腕で持ち上げ、彼女を壁に叩きつけた。


「……!! んーー! んーー!」


 口を塞がれ壁に押さえつけられ、声にならない叫び声をあげる少女。

 何とか腕を離させようと必死で抵抗するが、か弱い少女の力ではどうにもならない。助けを求めて辺りをキョロキョロ見渡すも、周りにいるのは男の仲間達だけだ。


 そこへ、彼らの内の一人が口を開く。


「気をつけろよ。一応準備はしてきたが……危険だ。さっさと終わらせろ」

「わかっている」


 ドスの利いた声で男が返事をし、覆面から覗かせた鋭い目を少女に向ける。


「では……ルナ=フォンテーゼ。我ら『セメタリー・サン』の教義のもと、貴様を処刑する」


 男は静かに、冷たい声でそう宣告した。


(……な、なに? 処刑?)


 恐怖と混乱で押し潰されそうになりつつも、少女は男が言い放った言葉の意味を必死に考える。


(処刑って……殺す、って事?)


 そして、自分が今殺されそうになっているという事を、朧げながらもやっと理解した。


(い、いやっ!! 助けて――ママ!!)


 目に涙を浮かべ、必死に身をよじる。男の腕に爪を立て、全力でその怪力に抵抗する。

 だがそんな抵抗も虚しく、男の腕はビクとも動かない。


「……血は流すなよ。我らが教えに背く事だ」

「わかっている」


 男は仲間の忠告に軽くそう返事すると、もう一方の腕で少女の首をがしと掴んだ。


「……!! んーー!!」


 喉元に冷たい手を感じ、少女はいよいよ大粒の涙を零しながら必死に叫ぶ。

 だが男が手を離す気配はなく――深い絶望感が、少女の瞳から光を奪う。


「神よ……呪われし吸血鬼に、聖なる浄化を。願わくば、この儚き同胞に冥府での清福を与えなん」


 男はそう唱えると、次の瞬間、その手に力を込め、少女の首を思い切り締め上げた。


「か………は………」


 押し潰されるような感触が、彼女の喉を、頭を、心臓を襲う。


 痛い。

 苦しい。

 目がチカチカする。


 ――殺される。


 何か、どうにかできないか。

 必死に解決策を探して周りを見渡す。だが彼女に見えたのは、胸の前で手を組みぶつぶつと何か呪文を唱えている男の仲間だけだった。

 彼らは何をしているのか――そんなことに考えを及ばす余地もなく、男の大木のように太い腕が、徐々に少女の身体を蝕んでいく。


 ただ必死に、男の腕を掴んで押し返す。

 が、徐々に力が入らなくなってきた。



 ――苦しい。


 目が……ぼやけて……


 ママ。ママはどこ?

 

 なんで……こんな……


 頭が……ボーッとして……


 嫌………死にたくない……



 死にたくない……



 死にたくない。



 死にたくない!



 飛びかける意識の底で、少女が思うこと。

 それは、純粋な生への執着だった。



 ――バチバチッ



 その時。

 少女の体から、何か弾けるような音が発せられた。


「……? 何だ?」


 その弾ける音は徐々に大きくなっていき――次に、少女の体が青白く光り始める。


「!! まずい、退けっ!!」


 男の仲間が何かに気づき、そう叫んだとほぼ同時に、



 部屋中にその光が展開され、

 目も眩むような「電撃」が、少女の体から放たれた。



 闇が裂け、雷が走る。

 少女を起点に、その電撃は部屋の中にあった全てのモノに分別なく拡散した。ゴロゴロ、バチバチ、と空気に亀裂が入るが如き爆音と共に。


 その最初の犠牲者はもちろん、少女を締め上げていた男だった。


「ぐあああああああっ!!」


 少女の身体を伝って直接、男は強烈な電撃をモロに浴びて絶叫する。


「くそっ! こいつの『呪い』だ!! おい、大丈夫か!!」

「が……がはっ……」


 男は青白い光に包まれたまま、体をビクビクと痙攣させていたが――そのうち身体を強ばらせ、完全に固まった。


 そのまま男の体は地面に倒れ込む。

 即死だ。


 首絞めから解放された少女は、ずりずりと壁を伝い、床にぺたんと座り込んだ。


「おい、対雷スーツが機能していないぞ!!」

「ば、馬鹿な! これほどまで強力だとは聞いていな……ぎゃああああああ!!」


 そうこうしている間にも、絶え間なく少女から電撃が拡散されている。

 刹那の思考も許されぬ間にて、彼らは次々に男と同じ運命に直面していった。


 窓から逃走を図る者。

 身をかがめてうずくまる者。

 その場に立ち尽くす者。

 そのすべてに、無慈悲に電撃は牙をむいた。



 ――――



 誰も身動きを取らなくなってから、ようやく少女の電撃が収まった。

 彼女が放電していたのは時間にして10秒にも満たなかったが、それは彼らを全滅させるに十分すぎる時間だった。


 少女の部屋の中はめちゃくちゃになっていた。家具はそこら中に散乱し、壁や天井には焼けたような傷が何箇所も入っている。ベッドや肌掛け、少女が着ている寝間着それ自体にも所々焼け焦げた跡が残っている。


 そして床には、侵入者達の死体が転がっていた。


「かはっ…………はあ……はあ……」


 先程まで締め付けられていた喉を抑えながら、少女は肩で息をするようにぜいぜいとむせ返る。


 舌がピリピリしてる。

 目も、まだチカチカする。

 頭も物凄く痛い。


 でも……助かった。


 助かった。


 助けられた。

 この病気――「呪い」に。



 大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 恐怖と苦しみから解放された少女は、静かに、そしてじっくりと呼吸の幸せを味わった。


 だが、その幸福に浸る余裕は無かった。


 ふと顔を上げる少女。

 その目に飛び込んできたのは、床に散乱する侵入者たちの死体だった。


「…………あ…………」


 得も言われぬ感情が心臓を突き破る感覚。

 少女は先程とは全く別物の、声にならない叫び声を上げていた。



 助かったのではない。


 殺した。


 殺してしまった。



 自分が犯した取り返しのつかない事実が、体にのしと押しかかってくる。

 たった今殺されそうになっていたことなど頭から吹き飛び、少女は死体の数々を震えながら見つめることしかできなかった。


 殺されそうになったから抵抗した、これは正当防衛だ――という考えなんて、彼女の頭には無い。


 大量殺人は、幼い少女には荷が重すぎる問題だった。


 その時。

 扉の向こうから、微かに叫び声が聞こえてきた。


「あっちの方からだわ!」

「ルナお嬢様かしら!?」


 それは、屋敷の使用人たちの声だった。

 先程の少女による雷鳴のような轟音を聞きつけたのだろう、こちらの方へと駆けてくる足音が聞こえる。


 そして少女は、心臓が止まりそうになるほどの戦慄に襲われた。


 十数秒後には使用人たちがこの場へ駆けつけ、この現状を見て「人殺し」と悲鳴をあげるだろう。そしてそれは屋敷中に知れ渡り、家族に、そして大好きな母親に、深い失望を与えてしまう――少女は咄嗟にそう予想した。

 

 そして彼女の頭は、「今この場からどう逃げるか」という事でいっぱいになった。


 次の瞬間。

 少女は大開きになった窓から外に飛び出し、そのまま脇目も振らず走り出した。


 何か巨大な獣から逃げるように、無我夢中で、全速力で。


 そして裏門から外へ出ると、屋敷の裏手に広がる暗く深い森に、吸い込まれるように姿を消したのだった。


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