月へ飛ばされたうさぎのお話
童話ということで虚構も現実もないまぜ、世界観は支離滅裂ですが、ご容赦を。
・・・月にうさぎが住んでいると信じる人のために・・・
ある春の朝、いちばんに目覚めたうさぎは巣穴から抜け出しました。雪がとけて、広い草原のそこここに小川が生まれています。小川の周りには気の早い花たちが咲き始めて、その間を蝶たちが飛びまわっています。
それでも、まだ冷たい朝の空気に、うさぎはブルブルと毛を震わせました。お日さまをたくさん浴びたくなったうさぎは、まだ起きてこない仲間たちを待てずに、暖かな日差しに面した小高い丘へと登りました。
丘の上には、青い空が雲ひとつなく広がっています。もう、お日さまはぽかぽかで、うさぎの毛は、すぐにふかふかな綿毛のようにふくらみました。そして、うつらうつら。うさぎは、暖かな陽射しの中でまどろみ始めました。
その日、春風は寝坊してしまいました。急いで飛び起きて、空へと吹き上がりましたが、春風はあわてん坊、大切な眼鏡を忘れてしまいました。それでも今日は、タンポポの綿毛を飛ばす大切な日です。引き返している暇はありません。
春風は、目を皿のようにしながら一生懸命タンポポを探します。そうして、ふくらんだ綿毛らしきものを見つけると、優しく息を吹きかけます。すると、綿毛は空に向って一斉に舞い上がるのです。
タンポポの綿毛たちは誘われるように、夢見心地で舞い上がります。そんな綿毛たちの旅立ちを、春風は嬉しそうに見送っていました。
春風が山の頂きに差しかかったときのことです。ひとつだけ、とても大きなタンポポの綿毛がありました。春風は、やさしく息を吹きかけましたが、綿毛は揺れるだけです。寝過ごして、焦っていた春風は慌てます。急いで飛ばして、次に行かなければ、今日中に綿毛飛ばしを終えてしまうことができません。大きく息を吸い込んだ春風は、力一杯、息を吹きかけます。今度こそ、大きな綿毛もくるくると空に舞い上がりました。
春風が思い切り吹いた息が、そのまま丘を駆け下りて春一番になった頃、大きな綿毛は、くるくると回りながら、とうとう月まで飛ばされてしまいました。
月まで飛ばされた綿毛って・・・もちろん、お解りですよね。そう、あのうさぎです。
うさぎは、ふんわり、ストンと地面に着地しました。その振動で目を覚まして、もう、びっくり。丘の上でお昼寝をしていたはずなのに、いつの間にか、見知らぬ場所に来ていたのですから。
足元には、一面、砂の大地が広がっています。見上げれば満天の星空で、地平線の近くに、大きなエメラルド色の星が浮んでいます。それは、これまでに見たこともないような綺麗な景色でしたけど、うさぎは悲しくてなりません。とうとう、我慢できなくなって泣きだしてしました。
不思議なことに、うさぎの目から零れ落ちる涙は丸い玉のようになって、ゆっくりと地上に落ちてゆきます。そのひと粒ひと粒に、エメラルド色の星が映し込まれて、とても奇麗でした。
やがて、エメラルド色の星が空の天辺に来た頃、さすがにうさぎも諦めたように泣きやみました。そして、はじめて、地面に散らばった緑色の水滴に気づいて驚いていると、そこに黒うさぎが現れました。
黒うさぎは、とても高く飛び跳ねながら、うさぎの前を通り過ぎて行こうとします。
「すみません、ちょっと待ってください。」
うさぎは慌てて呼び止めました。
「君、どうかしたのかい。 あれ・・・そう言えば君、この辺じゃ見かけない顔だね。」
急には止まれないようです。幾度もそこいらをピョンピョンと飛び跳ねながら、それでも次第に跳躍を小さくしていって、ようやく立ち止まった黒うさぎが尋ねました。
「僕は・・・。」
うさぎには、眠っている間の出来事を、どう説明していいか解りません。
「それよりも、ここは、どこですか。僕、丘の上で寝ていたはずなのに、気づいたら、ここにいたんです。」
そう答えました。
「ここかい。ここは、月に決まっているじゃないか。」
黒うさぎは当然のことのように答えます。
「月・・・。あの、お月さま。そんな、嘘です。でたらめです。」
「でたらめを言ってどうするのさ。君が訊ねたから、僕は答えたんだぜ。」
うさぎは、怒って行ってしまおうとする黒うさぎに、慌てて謝りました。
「ちょっと、待って。行かないで。ごめんなさい。でも、じゃあ、僕がいた地球は、地球はどこにあるんですか。」
「そうか、君、地球からきたんだね。ほら、あその、あれが地球だよ。」
そう言って、黒うさぎが指をさしてみせたのは、あのエメラルド色の星でした。うさぎは、遠く輝くその星を見詰めたまま立ち尽くしました。
「あれが、地球・・・。」
それから、また、とても悲しそうに泣きだしました。黒うさぎは、そのうしろ姿を、しばらく黙って眺めていましたが、やがて、慰めるようにこう言いました。
「大丈夫だよ。ここには、君のように地球からやって来たうさぎだって、たくさんいるんだから。」
「さあ、みんなに紹介してあげるから、ついておいでよ。」
そう言うと、背を向けて飛び跳ねました。いやはやその高さの高いこと、高いこと。慌てたうさぎは大きな声で叫びます。
「待って・・・待ってください。僕、そんなに飛べません。」
黒うさぎは、振り返りもせずに笑いながら叫びます。
「なにを言ってるのさ。君は僕よりも、ずっとずっと高く飛べるよ。さあ、飛んでごらん。」
うさぎは、半信半疑です。それでも、意を決したように、飛び跳ねてみました。するとどうでしょう。不思議なことに、とても高く飛び上がれるのです。まるで、そう・・・空を飛ぶ鳥になった気分です。
少しだけ嬉しくなったうさぎは、飛び跳ねてみました。すると、うさぎのからだは、空に浮んだ星のひとつにぶつかりました。すると、割れた星の欠片が四方に飛び散ります。その欠片が幾つかの小さな星を弾き飛ばして、流れ星になって遠い彼方へ消えていきました。地上に降りたうさぎは、エメラルド色の星を見上げて考えました。
「僕・・・・僕、 帰れるかもしれない。」
うさぎは、力の限り、何度も、何度も、遠い地球に向かって飛び跳ねました。あまりに高く飛び跳ねるので、うさぎのからだは星にぶつかり、星は砕けて、流れ星になって消えてゆきます。
たくさんの小さな星が、そうやって流れ星に変わってしまった頃、とうとう、うさぎも力尽きてしまいました。うさぎは座り込んだまま、エメラルド色に輝く大きな星を見つめています。そして、そのうしろ姿を、黒うさぎが、じっと、見つめていました。
それからしばらくの間、2匹のうさぎは動くことを忘れたように佇み、時間は静かに流れていきました。やがて、ようやく振り返ったうさぎに、黒うさぎは言いました。
「さあ、みんなのところへ行こうよ。きっと楽しく暮らせるよ。」
「そうだね・・・。僕、きっと、みんなと仲良くなれるよね。」
うさぎも、何度もうなずきました。そして、うさぎは、黒うさぎに連れられて新しい仲間のもとへと向かいました。
それから、うさぎはどうしたかって。安心してください。いまでも、月の世界で、仲間のうさぎ達と楽しく暮らしているんです。
けれども、時々、故郷を思い出してしまって、どうしても地球に帰りたくなることがあります。そんな時、うさぎは飛び跳ねるんです。
エメラルド色の地球にとどくようにと、力の限り飛び跳ねるんです。そして、そのたびに、星たちが砕けたり、跳ね飛ばさたりして、流れ星が生まれるのです。
だから、もしも、あなたが見上げた空に流れ星を見つけたら、願いごとだけではなく、月に飛ばされてしまったうさぎのことも思い浮かべてください。「忘れていないよ」と、話し掛けてあげてください。
そうしたら、きっと、うさぎも淋しくなくなって、月の世界で、楽しく暮らせるのですから。