第92話 紫の石
「こちらのお宅です」
アム神父が一軒の家の前で立ち止まり、コンコンと優しいノックで訪問を知らせる。
すぐに
「はいはい只今っと、あら神父様でしたか、遅くまで大変ですね」
「こんばんは、イアンさん」
「えっと、そちらの方は?」
リッカとカルアの方へ視線が向けられ、続いてリッカが持っている小さな箱へと視線が移っていく。
箱には教会の紋章が入っており、リッカ達は墓守の服装、それが何を意味しているか推察するには十分すぎるほどの情報だ。
「こちらは墓守のリッカさんと見習いのカルアさんです」
「突然失礼いたします、リッカと申します」
「カルアです」
「こちらの方がカルコロさんの奥様です」
アム神父がマイアンに今日の要件の詳細を伝え始める。疑問が確信に変わった瞬間だろう、イアンの表情が見る見る変わっていく。
リッカの手の箱はカタカタと動きはじめ、生き物が閉じ込められているのかもしれないと思うほどに激しさを増していく。
リッカも共感で涙腺が緩むような感覚もあるが、カルアの方に向かい小声で今抱いている疑念を話す。
「カルアさん、ちょっと妙な事が起こってます」
「リッカさん? どうしたんですか?」
「家族や場所に未練があってアンデッド化したのであれば、近くに行ったときに思いが解消されて、消えてしまう事も多いんです」
無意識のうちだろうが、カルアは片足を引き腰に収められているナックルガード付きのナイフを抜きやすい姿勢に移る。
言われてみれば家が近づいてくるにつれて、カルコロの骨は大きく動くようになってきている。
「それが逆ですよね、しかもドアが開いた瞬間から、魔素がこちらに流れてきています」
「あ、本当ですね、魔素が骨に入っていってる?」
魔素の流れの源流を探ろうと、意識を向けた瞬間、スペックの声が墓守の2人へと響いてくる。
「だんな! 子供2人、飛び起きてそっちいったぜ!!」
スペックの声が聞こえた瞬間、ドアを塞ぐように立っているイアンが勢いよく突き飛ばされ、子供2人が飛び出してくる。
「お父さんだ!」
「父さん!」
子供というのは感性が敏感であり、時に無意識のうちに真髄を読み取ることもある。
父の姿が見えなくても、父が帰ってきたと気が付いたのかもしれない。
普段なら、虫の知らせや精霊の導きなどともいうのだろうが、今回ばかりは明らかに違う。
「イアンさん!」
「カルアさん構えて!」
突き飛ばされたイアンは数歩分は飛ばされており、子供が出した力とは思えないほどの距離を転がされ、アム神父が驚きのあまり呆然としてしまっている。
カルコロの骨箱が内側から破られ、骨が浮かび人の形をとっていく。とっさに箱を投げ捨てたリッカはショートソードに手をかける。
「お父さんこれ!」
「これも!」
子供2人で手に持っていたのは、柄に紫色の宝石がはめ込まれ黒い刀身が伸びる剣。鍔には骨の文様が刻まれており、明らかに禍々しい。
黒い剣はふわりと浮かび上がるようにして、カルコロの骨の手の部分に自然に握られると、周囲の魔素を吸収するように集め、半透明な人間の姿を浮かばせる。
「リッカさんあの石!」
「間違いない! 魔石だ!」
「……ニ……ル」
声が聞こえた、声という音を持たないアンデッドが無いはずの声を放った。
ただのくぼみであった頭蓋骨の目のくぼみには半透明な瞳が光を放ち、ただの骨だった腕も半透明の肉と肌が見えるようになり、存在しなかった手で剣を握る。
リッカはショートソードを抜くと全力で走る。カルコロの方ではなく、その後ろにいる子供達の方に向かう。
「アム神父、イアンさんを!」
「わ、わかりました」
「リッカさん何を!?」
カルコロが向いているのはイアンやマイア神父の方、子供達の方は後ろになっているが、リッカはそこへ走り込んだ。
リッカが子供達の前に立った瞬間。カルコロが勢いよく反転し、剣を横なぎに振り払った。