第91話 道中
「なるほど、苦労されたんですね」
リッカはカタカタと動く骨にむかって淡々と話しかける。
どうやら、骨が動いている時にはリッカに向かって言葉を発しているようだが、法術の心得も無いジェロとグアテにはアンデッドが昼間にも関わらず、動いているということが不気味で仕方ない。
「嬢ちゃん何話しているかわかるか?」
「私とは波長が合いにくいみたいで、分かりませんわ。同じアンデッドのスペックさんでも?」
「だんなが波長合わせしてくんないと、分かんない事がほとんどだわ」
「そうなんですか? アンデッドって不便ですわね」
カルアとスペックの声も気にせず、リッカは眼球が入っていたであろう虚ろな窪みをジッと見つめながら、独り芝居のように話を続けていた。
話が付いたのか、一度大きくうなずいて、馬を操っているジェロとグアテに声をかける。
「次による予定の村にカルコロさんの家族がいるそうですから、寄っていきましょう」
「カルコロさん? えっとどなたですか?」
「この方ですよ」
ひょいと頭蓋骨をジェロに向けると、頭だけがフッと下がって元の位置に戻る。まるで『よろしくお願いします』とでも挨拶をしたかのような自然な動きだった。
「わ、わ、わかりました」
「さすがに頭蓋骨むき出しはまずいので、村に着いたら箱に入ってもらいますね」
「村に入れていいんですか?」
「村人だから大丈夫でしょう」
自然に話しているリッカとそれを気にしないカルアだったが、ジェロとグアテは鳥肌を立てながら、アンデッドを連れて行く事の抵抗感を存分に感じていた。
ため息をつきたくなるのを、カルアの手前我慢しながら、ジェロとグアテは馬車を進ませる。
村の入口に付いたのは、夕暮れの少し前、すれ違う村人たちに教会の場所を訪ねつつ馬車は村の中心へと入っていく。
「リッカさん、カルコロさんのお宅じゃなくてよろしいんですの?」
「まず、教会に行って村の神父さんに話をしてからですね、遠征中とはいえ、その土地で勝手にやっていいわけじゃないですから」
「あ、教会見えましたよ!」
道を歩いてくる人たちもいるが、馬車の中にリッカの姿を見ると、視線をそらして道を開ける。
「あっ、だんないつもの歓迎だぜ」
「ハイハイ、もう慣れましたよ」
教会まで馬車をすすめると、使い込まれて生地が傷んだローブを纏った男性教会の前を掃除していた。
リッカはひらりと馬車を降りて、男性へと声をかける。
「こんばんは、カルド神父の下、教会所属。遠征墓守のリッカです。神父様はおられますか?」
「あぁ、こんばんは、私がここの神父アムです。長旅お疲れ様でございました」
田舎の教会にはこうした礼儀正しい神父が居る事が多い。
村人たちに慕われ、時に厄介事の相談を受け、死を家族と同じように悲しみ、誕生を家族と同じように喜ぶ、自身は質素な生活を送り、教会の教えを守り広めていくことがこうした村の神父の使命。
「ささ、こちらへどうぞ、馬車は入口の左側に繋ぎ場がございます」
穏やかで、子守歌のような柔らかいアムの声は性格も穏やかであると保証しているように感じられる。
大きな教会の中には、人々の上に立ち踏ん反りかえる事こそを至上とする、酷い神父もいる。だが自ら掃除をしているうえに、服も擦り切れるまで使うようなアムは皆から慕われる教会の神父のお手本に違いない。
「アム神父、さっそくですが、墓守の仕事の話をさせて頂けますか?」
「はいはい、かまいませんよ」
「ありがとうございます、カルコロさんという方、ご存じですか?」
アムの目つき、表情が悲しみを現すものへと変わる。
村に付いたばかりの墓守から村人の名前が出たのだから、何があったかは大体の想像がつく。
「ええ知っております、リッカさん、カルコロには亡くなった後に会われたのですね」
「はい、お会いしてお連れしました」
「おお、やはり、去年から村に戻って来ず、心配しておりました。生きて戻ってもらいたかったのですが、帰ってこれただけでも……」
涙こそ零れないが、アムの目にはきらめくものが見える。
「ご家族の所へ案内いたします」
「ええ、お願いします」
リッカには1つ疑問が生じていた。人間が白骨になるまでには条件が揃えば、1年とかからずに白骨化する事はあり得る。だが、骨はあまりにもキレイに白骨化していたのだ。
アンデッド化したのであれば、肉が腐敗して朽ち果てるまでに時間がかかるはずだ、水に落ちたわけでも、真夏の直射日光にさらされ続けたわけでもない。
この場では晴れる事のない疑問がリッカの思考の隅にこびりついていた。