第90話 さまよう死者
ガタガタと音を立てながら馬車は進む。
道はそれなりに整備されているが、所々に穴が開いたり段差が出来ているので、馬車の荷台はそれなりに揺れている。
「こんなに揺れるなんて! ひどい馬車ですわね」
「そりゃあ、嬢ちゃんがいつも乗ってる馬車より安もんだからな」
一般的に使われているタイプの馬車なので、リッカにしてみればいつも通り。だが、上質な馬車に乗り慣れたカルアにとってはこの揺れは耐え難いものなのだろう。
「ジェロさん、グアテさん、休憩場所までどのくらいですか?」
「はいカルア様、っとじゃなくて、カルアさん休憩は昼になります」
「え? そんなに行くんですの?」
「お貴族様、のんびり御一行じゃないからな」
ガタガタと揺れながら、森の中の道へと馬車は入っていく。
サワサワと木々の葉が擦れる音が響き、風に合わせて揺れる葉の隙間から暖かな日差しも差し込んでくる。
「だんなを見て見なよ、ゆっくり寝てるじゃないか」
「この揺れの中で、この服装で寝れるって凄いですわね」
リッカは揺れなど気にせず、装備一式を身に着けたまま壁にもたれて眠っている。
カルアとスペックがやいのやいの言っており、揺れだけでなく馬車の音もあって騒がしいのだが、これでも元冒険者のリッカ、寝れる時に寝て、食べられる時に食べるという習慣が身についている。
カルアも休憩まで揺れに耐える覚悟を決めて、床に腰を落とそうとしたとその時。
熟睡したリッカが、カッと目を見開き大きな声で叫んだ。
「止めて下さい!!」
寝起きとは思えないほどの大声が響き、手綱を握っていたグアテはすぐに馬にとまるように指示を出す。
「びっくりした、リッカさんどうし……」
「後から来て下さい!」
馬車が止まった瞬間にリッカは馬車から飛び降り、草木が生い茂って奥が見えなくなっている所へためらいもなく飛び込んでいく。
ガサガサと草木をかき分けながら進んでいくリッカの音だけが辺りにこだまする。
「リッカさんが何か見つけたみたいです、馬車をこっちに付けてください」
「分かりました」
ジェロがポツリと返事をすると、手慣れた手つきで手綱を操り、馬車を道の端に寄せる。
数分間、草むらをかき分ける音が聞こえていたが、ピタリと音がやむ。
「こんにちわ、こんなところでどうされました?」
リッカが飛び込んでいった草むらから、独り言のようにリッカの声が聞こえてくる。
「なるほど、苦労されたんですね、それで? ああ、なるほど」
誰かと話しているのか、1人芝居なのか、あたりにはリッカの声だけが響く。
「あの、リッカさんは何してるんですか?」
「多分アンデッドを見つけたんです。私にも声が聞こえないんですが……」
無表情で過ごしているグアテと、引きつった笑顔を見せているジェロが対照的だ。
とくにジェロは顔色まで悪くなっている。
「え? こ、こんな昼間なのに、でで、で、で」
「落ち着けジェロ」
「あ、リッカさん戻ってきますよ」
ガサガサと草を揺らし、草むらをかき分けながらリッカが戻ってくる。
右手には頭蓋骨、左手には足や腕などの太い骨をまとめて脇に抱えるようにしてもっており、墓守の黒いローブも相まって、何もしらない人がみれば墓荒しか死霊術士にしか見えない。
「スケルトンですか?」
「いや、もう幽霊になりかけてます」
その時、リッカの右手の頭蓋骨がアゴの骨をカタカタと揺らし始める。
「う、」
「でたぁ!!」
さすがに昼間に勝手に動く骸骨を見ては、誰でも不快な思いになるであろう。
特にジェロとグアテはアンデッドに相対した経験も少ないだろうから、その不気味さは余すところなく感じ取ってしまう。
「もう! そんなに驚かないでください! スペックさんもいるんですよ!」
「え、じゃあ、カルアさんも独り言が多かったんじゃなくて……」
「幽霊、いるんだ……」
見る見る顔色を悪くするジェロとグアテがお互いに抱き着くようにしながら、リッカとカルアから後ずさる。
「「で、でたぁ!!」」
カタカタとアゴをならし、小脇に抱えられた骨もビクビクと動いている。
リッカはそんな骸骨に向かって、騒がしい事を詫びながら、苦笑いを浮かべているカルアに視線をむけるのだった。
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