第83話 救い
何度も立ち上がる悪霊憑きの男を助けるため、リッカとカルアは前を向く。
「カルアさん、腕とか足とか殴っててください!」
「わかりました!」
リッカが物騒な声をかけるとカルアは軽やかに返す。
「ふ、ふ、いぃ、いひいじぃいぃ!!」
声にならない雄たけびに様々な負の念を込めて、男が飛びかかってくる。
「フン! ハッ!」
自分の体の怪我や傷などを考えない、捨て身の男が振り下ろす腕が、カルアの体に届く事はなく。代わりにカルアの必殺の拳が男に届く。
「おべぃ!」
「まだですわ! フン!」
よろけた男にカルアお得意のハイキックが突き刺さり、再び地面に転がされる。
カルアの拳や蹴りが男に届くたび、男の体から真っ黒な霧のような魔素が宙に吹きあげられ、降り注ぐ雨によって流されていく。
「か、カルアさん、ほどほどにしないと、死んじゃいますよ」
「え! やり過ぎてました!?」
「よぐも、ひひぃ、じゃまじで……」
それでも男は立ち上がる。
顔面を蹴られた男は声もしゃがれているのだが、それすらも気にしない様子はアンデッドに他ならない。
「これだけやってもまだ立ちますか!」
「カルアさん、僕が幽霊を引きずり出しますから、幽霊だけ殴ってください!」
リッカは叫ぶと地面に転がされて泥まみれになっている男に抱き着くかのように体当たりする。
バチャリと泥が跳ね、男もリッカもドロドロになる。
「何をやっているんですか! えっ!!」
リッカが組み伏せると男の口や目から、粘つきすらも感じさせる黒い魔素がドロドロとこぼれてくる。
それは泥のように、古い油のように、グチャグチャとまとまりながら、人のようで、人ではない形を組もうとしている。
「カルアさん! やって下さい!」
「え、このぐちょぐちょ殴るんですか!?」
「気持ち悪いでしょうけどお願いします!」
「う、うぅ、分かりましたわ!」
最初はリッカの法術も通らなかったが、カルアがいるとなれば魔素を散らす事は気にせず、幽霊を追い出す事だけに専念できる。
自分で払うということをせず、弱ってきた男の体から追い出すだけなら、十分にできると踏んだリッカの発想が正解だったということだ。
「よぐも、よぐもぉぉっぉ!!」
「ぅう、フン!!」
複数の怨念が混ざり合った泥や油のような幽霊、カルアにしてみれば汚物のようにしか見えない。これに拳を打ち込むのは非常に抵抗があっただろう。
貴族のお嬢様ともなれば、命を落としてもそんなことは出来ないはず。
それをカルアはやってのけた。
「よぐもぉぉぉ……」
「こ、殺してや……」
カルアの浄化の拳に触れた所から風に飛ばされ、雨に洗われ、幽霊を構築する魔素が世界へと溶けるように消えて行く。
リッカは泥まみれになりながらも、男の体に法術を送り込み、次々と黒い魔素を押し出す。それをカルアは次々と殴り飛ばして、世界へと還して消し去っていく。
「邪魔しゃ……が……」
「いだい……い、だ……」
「はぁはぁ、フン! まだいるんですの!?」
「これで終わりです!!」
リッカが叫ぶように声をだすと、ひと際濃度が高い魔素が男の口から飛び出る。
「よくも! 貴様だけでも殺しでべぶぁ!!」
最後に飛び出た魔素が呪詛の言葉を吐きながらカルアに向かって飛びかかったが、振り上げられた足に当たり、花火のように世界に散っていった。
「最後は弱かったですわね」
「追い出すの苦労したんですけどね」
泥まみれになったリッカは笑顔をカルアに向ける。
「さ、この人を助けないといけません。カルアさん、家に運びますから手伝ってください」
「はい!」
カルアは自身が泥まみれになることも気にせず、リッカの手を取り、共に男を家の中に連れて行くのだった。
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