第81話 不吉な来客
今日も日が暮れる、街の人々が家に帰る頃、墓守のリッカは家路を急ぐ人の流れとは逆に、アンデッドがうろつく墓地にむかうはずだった。
今日も日が暮れる、仕事を終えた人々が家路を急ぐ。
赤い夕焼けは今日は見られず、夜の闇にも見間違える程の黒い雲が雷という叫び声をあげている。天の涙を浴びてはたまらないとばかりに足早に人々が動いている。
そんな中でも墓守のリッカは灰色の上下と黒のローブを身に纏い。仕事の前の軽食を取っている。
「だんな、今日も墓参り行くの?」
「仕事だからね」
「嬢ちゃんもでしょ?」
「雨の日だから出るアンデッドもいるからさ、行きたくないけどしょうがないの」
固くなったパンを齧りながら、リッカは嫌そうな顔を隠さずにスペックに言葉をかえす。
実体の無いアンデッドは簡単によほど意思が強くない限り、その体を作る魔素が散ってしまう。ゾンビやスケルトンのような肉体を持っている場合や、人形や指輪などに宿っている場合は水程度では散る事はない。
当然、スペックも雨は苦手としているが、ごく一部には水を媒体にするようになった悪霊もいる。悪さをすると水辺の事故につながることもあるため、墓守の立場としてはそれを見過ごすわけにはいかない。
「俺も雨苦手なんだよな、何か頭がぼんやりするというか……」
「魔素が散っちゃうから、意思がはっきりしなくなっちゃうんだよね、傘さす?」
「なるほど、だんなが傘持って俺が寄り添って歩くんだな」
「それは、嫌だから、スペック留守番」
行きたくなくても仕事は仕事、こういう汚れ仕事も珍しくないのが墓守の辛い所。
リッカとしては、貴族のお嬢様でもあるカルアを雨の中に連れ出す事に抵抗はあるのだが、カルア本人が戸惑いながらも汚れ仕事もやると言っているのだから、連れて行かないわけにもいかない。
そんな事を考えながら、固いパンを食べた後の口直しにお茶をすすっていると、玄関のドアを乱暴に叩く音が聞こえてくる。
「あ、だんなお客さん、はーい! 開いてますよ~」
「スペックは声届かないでしょ……」
「えへへ、いいですかい、お邪魔しますよ」
遠慮なくドアを開けて1人の男が入ってくる。外見はオジサンと言った所、帽子や丈夫そうなズボン、上着にはポケットもいくつかあり、そのうちの1つには煙草の袋が乱暴に押し込まれて、何本か頭を出している。
「え? スペックの声が届いていた?」
「俺もびっくりだ……」
入ってきた薄汚れた男は無遠慮にリッカに近づいてくる。
「えへへ、あんたが墓守か?」
「そうですけど、貴方は?」
「え? 俺かい、俺は御者をやって……ちがうな、あんたに殺されたんだっけ? そうそう、邪魔してくれやがってよ。いじめ殺してくれたんだったな」
たしかに、言われてみれば馬の手綱を引きながら、煙草をふかしているような御者の印象も受ける。
しかし、その言動は明らかに不穏であり、言いたい事もつかめないほど支離滅裂になっている。
リッカは椅子から立ち上がり、右手で立て掛けてあったショートソードの柄に手をかけ、左手はローブに突っ込み衝撃波の魔術媒体を握る。
「いじめて? 殺されて? 違う! 違うんだ、俺は御者をやってんだ、なあ墓守さん! 助けてよ、私を助けなさいよぉぉ!」
「だ、だんな、なんなんだこの人!」
「憑かれてるんだ、しかも幽霊の1人2人じゃない!」
男は頭をかきむしったり、地団駄を踏んだり、リッカを睨み付けたりと落ち着かない。
リッカが魔素の波長を合わせるようにしていくと、1人の男から、何人分もの声が聞こえてくる。男の声も女の声も目の前にいる1人の男から何人もの幽霊の声が聞こえてくる。
「あんたが、あんたか! よくも!」
「私を殺してくれたわね」
「おれの邪魔しやがって」
「僕をいじめた……」
「よくも、よくも」
リッカが魔素の波長を変える度に違う幽霊の声が聞こえてくる。
「スペックは近づいちゃだめだよ、取り込まれて『喰われる』から」
「お、おう」
「あと、教会に応援を呼びに……」
「うぉおおお!!」
魔素の幽霊の声ではなく、御者を名乗る男の喉が雄たけびを上げる。その直後、地面に這いつくばるほどにしゃがみ込んでからリッカに飛びかかってくる。
テーブルの上にカップや皿が乗っているが、それに構わずリッカはテーブルを蹴り飛ばして盾にする。ガチャガチャと食器が床に転がり、男も勢いよくテーブルに激突すると留め具がいくつか吹き飛ばして部屋の隅に転がっていく。
「こんな力があるやつ初めてだ! スペック! カルド神父に伝えて!」
「な、なんて言えばいいんだよ!?」
テーブルにぶつかって床に転がった男は、崩れた操り人形を無理やり起こすようにして立ち上がる。
「きぃやぁ!!」
寄生を上げながら両手を振り上げて勢いよく振り下ろす。僅かに体を引いて、男の腕をギリギリでかわし、手にしていたショートソードを鞘に納めたまま振り男の体に叩きこむ。
さらに衝撃の魔術媒体を構え、全力で魔素を込める。空気が弾け、耳が痛くなるほどの爆音とともに衝撃を受けた男は吹き飛ばされて、転がりながら外に叩き出される。
「今の内に行って! 恨みの集合体って言えば分かるから!」
「わ、わかった!」
スペックは男から出来るだけ距離をとり、風のように走り抜けていく。街中を全力で走って行けば、法術の才能がある人々に見られるかもしれないが、今はそれどころではない。
その証拠に、リッカの全力の魔術を受け止めた男は何事もなかったかのように、立ち上がり、リッカを睨み付けている。口元はせわしなく動き、うらみつらみの呪詛を吐き続けている。
「やっぱり効いてない」
「イヒヒ、うへ、ひひゃあ!」
空は泣き出し、大粒の雨が打ち付けてくる。
突然の来客は1人だったが、その体には大量の悪霊が潜んでいる。
「今日の仕事は見回りから、除霊に変更だね」
リッカは雨に濡れるのも構わず、鞘に納めたままのショートソードを構え直した。
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