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墓守は今日もアンデッドと共にある  作者: ピーター
第2章 墓守リッカと初めての弟子
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第79話 特訓

治療も終わり、カルアも動けるようになった所、スペックの提案もありカルアの特訓をすることになった。

 ヒュッ、ヒュと息を吐く音が響く。

 ヒュンヒュンと金属が風を切る音が響き、その合間に拳や足が空中を舞う、金属ではなく人間の体が奏でる音も響く。


「ハッ!」


 金色の髪をポニーテールにしてまとめ、スカートではなく灰色のズボンとピッタリした上着に身を包んだカルアが掛け声とともに拳と蹴りを次々と放つ。

 遠慮という物は一切感じられず、一発一発が岩すらも砕くのではないかと錯覚するほどの躊躇ためらいがなく、見方によっては舞いや踊りのようにも感じられる程の美しさも伴っている。

 しばらくの間動き続けていたのか、汗の球が時折弾け、降り注ぐ太陽の光にきらめている。


「ハッ! ハッ!」


 連続して繰り出される拳と蹴をリッカは、僅かに身をかがめたり、体を捻る事でかわしていく。

 リッカは墓守の服装の灰色の上下に加えて、清めの酒や魔法の媒体なども収納されている黒いローブまで羽織っているが、カルアは動きにくさと暑さからとっくにローブを脱ぎ捨てている。

 リッカよりはるかに軽量の状態にも関わらず、拳も蹴りもカスリもせず、何もない空中を殴り続けている。


「確かに上手いけど、嬢ちゃん単純だな」

「その喋り方、腹が立ちますわね! フン! え?」


 怒りを込めた拳を顔面に向かって突き出すが、顔にめり込むかと思われた瞬間リッカの顔が消えたのだ。

 単純にカルア伸びた拳の下へ体を潜りこませただけなのだが、拳が届くほどの距離に居たカルアの目からは魔術でもかけられて幻を撃ち抜いたかのように感じられただろう。


「はい終わり」

「あ……」


 リッカの顔が消えた瞬間、カルアの顎をわずかに押し上げられるような感覚が伝わってくる。潜り込ませた体から腕を伸ばして優しく腕をカルアに当てたのだ。

 これが体重移動を使った拳だったら、いや、ナイフを抜いて突き上げられていたとしたら、確実に死が訪れていただろう。如何に強情なカルアだったとしても負けを認めざるを得ない。


「嬢ちゃん、上手いんだけど単純なんだよな。あと受け方がヘタ過ぎる」

「うるさい! もう一回やりますわよ」

「いいぜ、ってわりぃ、だんなが限界みたいだ」


 リッカの体から白と黒が混ざった靄のような物が立ち上ると、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。


「ぜー、ぜー、っぷ」


 倒れた瞬間に声が出ないほど息があがり、体力の限界とばかりに体を転がして大の字の仰向けになる。

 髪や服に草や土がべっとりと汗で張り付いているが、そんな事を気にしていられないほどに激しく胸が上下している。


「わりぃ、だんな、やり過ぎたかな」

「ぜー、ぜー、ちょっと、やす、ませて」

「リッカさん、大丈夫ですか?」


 スペックがカルアに指摘したのは攻撃の単調さと、相手の攻撃の受け方の下手さの二つだった。

 どちらも意思の薄いアンデッドや、本能のままに襲ってくる魔物や動物であれば問題にならない所ではああ。

 しかし、意思が強く残り生前の技術を使うアンデッドや悪魔、そして人間が相手になれば致命的な欠点となってしまう。


「そもそも、嬢ちゃんは貴族のお嬢様なんだから、本気で殴り合ったり、真正面から魔術ぶつけられたりはしなかっただろ」

「一応の護身術として簡単な組手くらいやりましたけど……」

「ま、お嬢さんに本気で殴ってくるやつはいなかっただろうな、おーい! だんなぁ! そろそろ行けるか?」


 リッカは倒れたまま片手を天に伸ばして、左右に振っている。


「その動きはやれるってことだな」

「無理!」


 スペックのような実体の無い幽霊のなかでも意思が強く残っていると、生きている人間に憑く事ができる。

 憑かれた人間はアンデッドの声を聞いたり、感情を感じ取ったりと不気味で不快な体験をすることになる。中には肉体を操られたり、憑いたアンデッドの思考に染まるなど人格が崩壊するような事態も極稀にだが発生する。


「だんな、嬢ちゃんの特訓なんだから頑張りなよ」

「ぜー、ぜー、スペックは、ハァハァ、疲れないけど、ハァ、僕はもう、」

「だってよ、ちょっと休憩だな」

「しかたないですわ」


 墓守の持つ法術の使い方には、アンデッドの持つ魔素と波長を合わせることで、声もないアンデッドの言葉を魔素を通して知る事ができる。ここで体に入り込まれてしまっても意図的に波長をずらすなどで、アンデッドに体を乗っ取られないようにすることもできるようになる。

 それを応用すれば、アンデッドがどのように動きたいのかも感じ取る事ができる。魔素の波長を読み取り法術使いが感じ取ったままに体を動かせば、アンデッドが体を得たかのように動かす事ができる。

 もっとも、アンデッドの思考を読み取り、体を奪われないようにしながらも、自分の体を動かすという複雑な事を求められる。


「でも、リッカさん、そんなに疲れるならスペックさんを取り込まなくても……」

「あー、だんな優しいからな、俺が入らないと嬢ちゃんとこ殴れないだろ?」

「ハァハァ、そうだね、スペックみたいに外道じゃないからね」

「なるほど! 紳士でない外道の魂が必要なのですね!」

「……ひどくね?」


 リッカの体は元冒険者という経歴に加え連日の墓地の見回り、アンデッドや悪魔との戦いを通じてそれなりに鍛えられている。だが、女性を殴るような事には抵抗があるためカルアの特訓になると、手加減をし過ぎてしまい実戦的な特訓にはならない。

 そこで、スペックに体を貸して、全力で殴れるような動きと、スペックの体さばきをカルアに体験させるという特訓メニューを行う事を考え出した。リッカとしては普段とは違う体の動きをするばかりか、スペックの思考を読み続けるという別の負担がかかっている。


「スペックさんが、女性を本気で殴れる人だったなんて、軽蔑ですわ」

「な! 俺は嬢ちゃんのためを思ってだな!」

「ふふ、わかってますわよ、私に護身術を教えてくれた人、みんな手加減しているのが良く分かりましたわ、一本とるどころか、触れもしないなんて」

「僕はもうグッタリだけどね、ホントカスリもしないなんてびっくりだよ」


 倒れて天仰いでいたリッカも、大地に背中を付けたままスペックの技を褒める。

 リッカ自身もこれほどまでに自分が動けるとは思ってもみなかった。まだ起き上がれないほどの疲労感は残っているが、鍛え上げた身体はこれほどまでに軽やかに動き回れるのかと体験して驚いているのだ。


「でも、僕も勉強になってるよ、スペックみたいな動きはこれまで考えもしなかったよ」

「おふたりともお付き合い、ありがとうございます。さ、次行きましょう!」

「よっしゃ! だんな行くぜ! 次はフェイントのかけ方と見抜き方だ」

「はい! やりますわ!」

「まって! 休ませて!!」


 まだまだ特訓は続く。

 やる気がみなぎっている2人の姿を目の当たりにして、大きな負担を覚悟するリッカだった。

今回は追加更新を目指して!!

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