第8話 報告
墓守は普段は夜に出歩き、昼に眠るため、誰にも会わないことも珍しくないが、教会の職員に数えられている。正式名は墓地管理員、時には報告や呼び出しで教会に行くこともある。
教会の朝は早い、空の満天の星が見えなくなり、黒い空が濃紺に変わる頃に起きだしてくる、朝の礼拝の用意のためだ。日の出と同時に祈りの時間になるため、街の人々の中でも信心深い人はこの時間からでも礼拝に来る。用意は夜明け前からしないと間に合わない。
太陽がその姿を現し、朝日が全てを照らし出す頃、疲れた顔をした灰色の服に黒いローブを纏った男がゆっくりと教会に向かって歩いてくる。周辺の人々は彼に道を譲るかのように離れていく、時には挨拶もしてくれる人もいるが、男は簡単に返すくらいが精いっぱい。
「嫌がられないのは嬉しいけどね、この時間は疲れる」
男は夜通し墓場や街の暗がりで、アンデッドと呼ばれる死後の人間達と関わってきた墓守のリッカ。周囲とは距離をとりながらも、挨拶をしながら教会に入っていく。
入口からまっすぐ行くと礼拝堂になっているが、リッカはそこに入らずに階段の手前にある受付に向かう。礼拝に行くには受付はいらないが、葬儀や婚姻などの儀式の申し込みや、神父との面会の希望などはこの受付を通すことになっている。
墓守は普段教会に来ることはないが、時々、業務の報告に教会を訪れる必要がある。墓守も教会の職員だが、普段は不在になるので報告時には受付に行かなければならないのだが、リッカは受付に行くのに足を止めている。
「あー、受付あの人か、苦手なんだよなぁ」
受付には茶色の髪の毛が肩あたりまである、ぱっちり二重がかわいらしく美人と言える女性がいる。普段は日中の受付をやっているのでこの時間にいることは珍しい。報告もしないと帰れないので意を決してカウンターに行って声をかける。
「墓守のリッカです、カルド神父に面会をお願いします。」
「墓守って役職ありませんよー、リッカってだれですかー」
受付の女性ブランはイラっとする返し方をしてくる。見た目は美人だが性格は悪いなといつも感じる。
普段の早朝受付やっている人が何で今日に限っていないのか、そんなことを言っても仕方がない、仕事なのだからと無理に自分を納得させ、少し大きめの声で正式名を名乗る。
「墓地管理及び不死者対策員、当教会所属、リッカード・アル・タンクエンです。対応内容に関しての報告に参りました。カルド神父に面会をお願いします」
「待ってればくるんじゃないですかー」
正式な仕事の名前と滅多に名乗らないフルネームまで語ったが、受付の書類に目を落としたまま返答が帰ってくる。
これまでに感じていた苦手意識はより強くなった感じしかしない。なぜか知らないが、このブランという女性は墓守が嫌いらしく、他の墓守達からも評判は悪い。スペックがいたらキーキー言いそうなくらいだ。
他にも受付に来ている人もいるため、邪魔にならないように壁際に行ってカルド神父がくるのを待つ。
「教会へようこそ、ご用件をお伺いします」
ブランは受付に来ている人々に笑顔を向けながら、キチンと受付業務をこなしている。ここまで、差がつけられるといっそ清々しい。ブランが並んでいる人々の受付を済ませて、順番待ちの列が途切れる頃に、中年の神父が小走りにこちらに向かってくる。
口が見えないほどの白髪交じりの黒い髭が印象的なカルド神父だ、朝の祈りの儀に参加していたのか、真っ白な服に煌びやかなローブを引っかけて、背の高い帽子もかぶっている。
「おー、リッカ君、またせたかな?ブランちゃん、会議室空いてる?」
「2階の小会議室でよろしいですか?入れておきます」
「いーよー、じゃあリッカ君行こうか」
ブランは掲示板の小会議室の所に使用中と札を出し、カルド神父は1段飛ばしで階段を軽やかに上っている。一応この教会の責任者なのだが、儀式の後に走ってくる様子や言葉遣いから少年のような印象すら感じさせる人物だ。
カルド神父を追いかけて階段を上がっていく、途中でクルリと振り返って小声で話しかけてくる。
「ブランちゃんのこと苦手だよね」
「いや、まぁ、はい」
「なぜか、墓守君達に冷たいんだよ、早朝の受付はさせないようにしようかな」
またクルリと向きを変えて、軽やかに階段を上がっていく。お互いが苦手ならと配慮もしてくれる人物、教会にいる人の全員が人格者とは限らない、色々な人物の良い面が活きるように配置や時間を考えて、教会の祈りの儀など祭事を滞りなく進める、経営者としても優秀な人、これでも貴族の出身らしいが、振る舞いからはそんな事は感じられない。
会議室のドアを閉めて、小さい机を挟んで向かい合わせで座る。定期的な報告のいつもの形だ、今回は貴族の館の話や、墓地に現れた敵意を感じる幽霊など、報告事案は多い。
「はー、今回は大変だったね。とくにコルフィさんとこ、リッカ君災難だったねぇ」
「そうだったかもしれません、この断れなかったお金の包みどうしましょう」
「貰っちゃっていいよ、満額もらってもよかったのに、真面目なんだから」
「いいんですか?」
「本当はだめ、今回はナイショ」
軽い、髭が豊かで、服装もしっかりしている責任者だが、その口調や態度はそれを感じさせず、とても親しみやすい。
ナイショという辺りに少し腹黒さも感じさせるが、玉石混交の聖人も悪人も関わる教会の責任者はこのくらい受け入れる器の大きさが必要なのだろう。
「あと、副葬品で、魔素を集める指輪がありました。申し訳ないですが傷をつけて動きを止めましたが」
「ん?リッカ君とこも?最近多いんだよ」
「え?そうなんですか?」
「君の所で10件目くらいかなぁ、一般人が持っても意味ない物なのに、不思議だよね」
魔法を使うためには魔素を集める必要がある。しかし、魔素を集めたり散らせたりするのは法術の範疇。魔法や魔術というのは魔素の性質を変える技、魔素を集める機構と、変化させる機構を併せ持った道具が魔法媒体だ、これを使う事で初めて実戦的な魔法になる。
つまり、魔素を集めるだけの機構では意味が無い。それがあちこちの墓場でいくつも見つかっている。
「まぁ、何か分かったら連絡するから、早めに報告にきてね、お疲れさまー」
「わかりました。お時間ありがとうございました」
教会を後にして、人が勝手に避けてくれる道を通り家に帰る。家に着いたけれどモヤモヤとした思いが残りすっきりしない。指輪が沢山あった事もそうだが、邪推すると誰かが墓に意図的に追加して入れているのではないかとも考えてしまう。
「だんな、どうしたの難しい顔して」
「魔素を集める指輪が他にもいくつか見つかってたんだ」
「へー、奇妙な偶然だね」
「ぜったい何かある。何かわかんないけど」
今日の夜も墓地の見回りを予定している、すっきりしない心境だけれども寝ておかないと体が持たない。ベッドに潜り込むと一気に睡魔が襲ってくる。考えるのは後にして、リッカは眠りに落ちていくことにした。
読んで頂きありがとうございます。
次もよろしくおねがいします。
まだまだ連載形式に慣れていないので、読みにくいところもあったかも。
頑張っていくのでよろしくお願いします。