第75話 リッカの長い一日 ~夜~
1日がかりのお説教を終えたリッカは墓守の仕事である墓地の見回りに来ていた。
普段は朝に眠り、夕方に目を覚まし、夜を歩く。
例え、太陽を避けて眠っていなくても夜は訪れる。
傷も癒えておらず、ショートソードなどの予備が無い装備は悪魔と関わったため、教会にとりあげられてしまっている。
洗い替えをそろえてある灰色の上下と、黒のローブを新しい物に取り換えたリッカは墓守の仕事をこなすためにスペックと墓地に来ていた。
ローブのポケットに清めの酒の瓶を入れ、腰のベルトにナイフを2本差しているだけ、魔術媒体も教会に調査時の所持品として取り上げられているので、普段の装備に比べるととても簡素な服装で夜を歩く。
「だんな、今日くらい休んだら?」
「行方不明になってたどっかの幽霊探しで見回りサボってたからね、休めないよ」
「俺のせいだってのかよ?」
「あ~、いやゴメン、ちょっと気が立ってた」
学院であったバランが悪魔化したという事件、いつもなら眠りにつく明け方には教会に呼び出され、陽が落ちる頃まで事情聴取とお説教を受けるはめになっていた。
一歩間違えばリッカもカルアも殺されるばかりか、悪魔の操り人形にされていてもおかしくなかったので、教会としても非常に緊張感が高く、リッカ自身もバランの異常さを見抜けなかったという負い目もある。
「実際、学院に調査の話が伝わってなかったのも、バラン教授の様子が変だったのも見抜けなかったからね」
「それだけ一生懸命に俺を探してくれたんだろ、まぁ、確かに俺も原因だよな」
月明りも無い暗く重い空気が漂う墓地を墓守と幽霊が歩く。
リッカが魔素が淀み、溜まってきている場所へ法術の力を向けて散らしていく、当然暗がりに墓から出てきたゾンビがいないか、恨みをもった幽霊が飛び回っていないかなど、周辺の警戒も怠らない。
「だんな、悪かった」
「いや、僕もだよ、お互い気を付けよう」
「俺がいれば、バラン教授が変だった事も見抜けたけどな、あと嬢ちゃんも魔法の一発くら……」
「スペック! 何かいる!」
リッカが睨む墓石の後ろに白い靄のような人影が見える。
法術を扱う墓守が魔素を探ることで僅かに感じた違和感から、波長も合わせる事で初めて認識することが出来る存在。死してなお想いを残しながらも、誰にも気が付かれる事がない哀れな存在。
幽霊と呼ばれるアンデッドに間違いない。
リッカは魔素の波長を合わせながら、ゆっくりと近づいていく。
「か……いた……」
「こんばんは、墓守のリッカです」
近づき、魔素の波長も合わせていくうちに白い靄のような姿は段々と人型に近くなり、微かだが声も聞こえてくる。
強風の中でしゃべった声が途切れ途切れになるかのように、はっきりとは聞こえないが確かに声を発している。
「かわい……そう……」
「え? 可哀想ですか?」
「う、ん……いたそう……」
白い靄はリッカよりも頭2つは小さい人型にまとまり、響いてくる声は幼い子供のような声。
すぐ隣の墓石を見てみると、数年前に病気で亡くなった女の子が眠っている墓がある。
「痛そうって、これ?」
リッカは自分の頬にある処置こそしてあるが、かぶせてある布の端から見える紫色に腫れている痛々しい部分を指さす。
白い幽霊をはそれを見ると、頭にある部分が下をむくように一瞬だけ動く、どうやら頷いたと言う事らしい。
「心配ありがとう、大丈夫だよ」
「いたそう……」
「君は大丈夫? 外に出ていると悪い幽霊が来るよ」
「うん……帰る……お大事に」
白い幽霊の体が霧のように広がったかと思うと、女の子が眠る墓へと吸い込まれるように入っていく。
病気を心配されるという体験もあったのだろう、自分が病気だったにも関わらず、誰かを心配してあげる優しい心をもった少女の幽霊がそこにいた。
リッカは悪霊が寄らぬよう、手を合わせて祈りの姿勢をとったあと。墓の周りに清めの酒を撒いていく。
「だんな、幽霊にまで心配されるなんてな」
「いや、スペックも幽霊だよね」
「ちょっと嬉しそうじゃん」
「今日は怒られてばっかりだったからね、優しくされたのは嬉しかったよ」
酒の瓶に蓋をしてローブのポケットにしまうと、再び墓地を歩きはじめる。
「確かにな、今日は大変だった」
「まだ見回り終わってないからね」
墓守の1日は夜から始まる。だが、今日は早朝から教会に詰めていたので、リッカは眠らずに墓地の見回りをしている。
夜が明ける頃にはベッドに倒れられると信じて、墓地の奥へと足を進めていった。墓守の仕事はまだまだ続く。
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