第71話 勝利
悪魔化したバラン、悪魔は即殲滅というのが法術を使う墓守のルール。
学院の敷地とは言え街の中であることは変わらない。ここで殲滅しなければならないのが墓守リッカに課せられた使命でもあった。
悪魔と化したバランが再び立ち上がってくる。流れ出た体液で衣服はドロドロに変色し、口は木に開いた穴のようにぽっかりと開けられ、その奥には歯も下も見えず真っ黒な闇が広がっている。
ひしゃげた指も、人間の手では無い物のまっすぐに伸び、切り付けてナイフを突き立てた時の傷はもう見えない。
「イヒヒ! テンし様ぁ!!」
魔術を放ってくるわけではなく、飛びかかってくる。
それもキレイな跳躍ではなく、片足だけで飛び上がったかのようないびつな飛び方だ、それでもリッカの身長を優に超え、その腕を振り下ろしてくる。
魔術媒体を構え撃ち落とすかのように衝撃波を放つ。
「はっ!!」
リッカの放った魔術は振り下ろされた腕を弾き、顔面に吸い込まれるように当たり、バランは床に転ばされる。
ショートソードを引き抜くと、先ほどナイフを突き立てた場所の近くへと体重を乗せて突き込む。
バランの腕に当たった瞬間、腹を切った時と同じようにサクリという軽い手ごたえと一緒に吸い込まれるようにショートソードが突き刺さる。
「あアァ!!」
叫び声とともに、もう一方の手が叩き潰そうとばかりに振り下ろされる。
ショートソードから手を離すと、飛び退くように離れてその一撃をかわす。
バランはまた叫びながら、腕に刺さった剣を引き抜き、部屋の隅に投げ飛ばす。先ほどナイフが刺さった時には体液が流れ出していたが、今の腕の傷からは黒い靄のような物が立ち上っている。
「大体、わかってきたよ。スペックまだ!?」
大きな声で呼びかけるが返答は無い。リッカは周辺の魔素を散らせるように操ると、バランの傷から噴き出す靄も勢いを増す。
「テ! テンし様が!! あがぁ!」
「やっぱり!」
傷を押さえながらもリッカに手のひらを向けて衝撃の魔術を飛ばす。
最初にカルアを吹き飛ばした時のような威力は無いが、それでも暴風のような空気の壁が次々とリッカを襲う。
魔素の操作の手を止めず、横に飛び退くようにして身をかわす。
リッカの横を通り過ぎていった衝撃波のいくつかは倒れたままの姿勢で動かないカルアの方に飛んでいく。
「しまった!」
意識が無かったはずのカルアが飛び上がるようにして、身をかわすと先ほどまで倒れていた周辺を衝撃波が襲い、棚も荷物も殴りつけたように凹ませ、壊していく。
「ギリギリだったぜ、しかし、本当に鍛えこまれてるな。すげぇ動きやすいぜ」
「よかった、間に合った」
声は間違いなくカルアだが、その口調や態度はまるで違う。
アンデッド、それも実体の無い幽霊は他者の体に入り込む事ができる。自我の強い幽霊ともなれば肉体を奪い取ることすらできる。もちろんスペックは持ち主の魂や魔素まで奪い取る事はしないが、嫌でも多少は触れ合ってしまう。
法術使いから見れば、悪霊に体を乗っ取られてしまったも同然のため、幽霊が生ある者の体に入ることは禁忌とされているのだ。
「誰かに入るなんて久しぶりだからな、変な感じだ」
「早く逃げて、応援呼んで!」
荒っぽくカルアの体に入ったスペックに声をかけると、リッカは悪魔と化したバランへと走り寄る。
周辺の魔素を散らすように操作しながら、手に持った魔術媒体に魔素を流し込み、正面に構え、次々と飛んでくる衝撃波を打ち消しながら足を進める。
スペックはカルアの体を操り、風のように室内をかける。
「ウゴくなぁ!!」
「はいよ! だんな!」
悪魔の声が響く中、美しい女性の声で威勢よい呼びかけが響き、バランが投げ捨てたリッカのショートソードを投げる。カランカランと音を立てて、リッカのすぐそばに転がった。
バランの腕が伸びスペックに向かっても魔術を撃ち出すが、ふわりと苦も無くかわしながらドアの方へ駆けていく。
「ありがと!」
スペックのほうへも魔術を飛ばした事で、リッカを襲う衝撃波の数は目に見えて減る。
その隙にショートソードを拾いバランに向かって走り込む、飛び上がり衝撃波が腕と足を叩くが、痛みをこらえながら喉元に向かって突き下ろす。
「じゃあ、人を呼んでくるでゴザイマスですわよ!」
「そんな喋り方無いからね!」
ドアを開けて走り去るスペックを横目で見ながら、喉元へとショートソードを突き込む。
「ウゴォ!」
叫び声をあげるが、これだけやられても絶命していない。
バランの腕がリッカを殴りつけてくるが、すでに人を吹き飛ばすほどの力は失われている。腕や腹の傷からは靄のような魔素が湯気のように立ち上りながら溶けるように消えて行く。
ショートソードに伝わってくる手ごたえも最初こそ、肉を切り裂く手ごたえだったが、どんどんと希薄な物に変わっていく。
「まだ完全に悪魔化したわけではないんですね」
「イヒ……テん、し」
ショートソードを引き抜くと、首からも黒い魔素が噴き出る。
すでに体液のようなものが流れ出ている個所は無く、あちこちが枯れ木のようになっている事に気が付かされる。
声も希薄になり、腕や足からも見るからに力が抜け、バランは崩れ落ちるように倒れて行く。
動かなくなったことをよくよく確認してから。リッカも床に倒れ込む。
「あ~、疲れた~」
悪魔と関わったとなると、呪術や得体の知らない魔術を気が付かないうちにもらっているかもしれない。そのため、装備や衣類などは教会に回収されて徹底的に調べられる。もちろん体も治療院のクーラなど体内の魔素の流れまで見られる治療師に見てもらう事になる。
バランが悪魔化した様子や、戦った時の感覚なども徹底的に聞き取りがされるだろう。
「調べるのは応援が来てからでいいよね、ちょっと休もう」
リッカが目を閉じようとしたときに、入口のドアが大きな音を立てて開いた。
読んでいただきましてありがとうございます。
追加更新がなかなか出来ず……
今後も頑張ります。
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