第70話 悪魔バラン
カルアが吹き飛ばされ、スペックが魔石の中から声をかける。
リッカ達を案内してくれた、姿勢の良い男性のバラン教授は今は悪魔と化して目の前に立っている。
リッカは困惑していた。
手の中にある魔石からはスペックが危険を知らせる声を発しており、目の前には背筋をピンとさせた姿勢のまま首だけが真後ろを向いているバラン教授がいる。
そして、その向こうには棚に叩きつけられ、荷物や割れた棚に埋もれているカルアの姿が見えている。
「きミも、テンし様に会イたいデスか?」
「だんな! そいつはもう人間じゃなくなってる!」
首が180度回ったバラン教授の顔は先ほどまでの人間の肌であった色から、青白い不気味な色に変わっていく。眼球も白目の部分が真っ赤に染まり、どんどん人間の風貌から離れていく。
リッカは手に持っていたスペックの入っている魔石を壁に思い切り叩きつける。パキリと乾いた枝を折るような音と共に魔石にヒビが入り、黒と白の魔素が靄のようになって噴き出す。
「イヒひひ!」
体の向きもリッカの方に向けて、頭と首の位置こそ人間らしくしたバラン教授だが、すでに全身の肌は人間のそれとは変わっている。目の色も変わっているその姿はまさに悪魔だ。
カツカツと音を立てながら、リッカに向かってゆっくりと近づいてくる。
「スペック! 出れたね!」
「出れたけどよ! 魔石ごと砕けたらどうすんだろ、俺死んでたぜ」
「もう死んでるでしょ、ふざけてる場合じゃないからね! カルアさん宜しく!」
リッカはショートソードではなく、右手でナイフ、左手で衝撃の魔法媒体を構える。
周りに机や実験器具などが沢山あるところなので、剣を振り回すには向かない。剣がどこかに引っ掛かって隙を見せよう物なら、リッカもカルアと同じように衝撃の魔法で吹き飛ばされてしまう。
「うぅ……」
「嬢ちゃん!」
黒と白の魔素が流れるようにカルアの近くに集まり、人の形を作っていく。法術の使い手だけに見える幽霊のスペックがそこに姿を現していた。
バランがそちらには意識を向けず、不気味な笑い声を発しながらリッカに近づいていく。
手のひらにジットリとした汗のヌメリを感じながら、リッカはナイフと魔法媒体を握りしめる。スペックがカルアの上に覆いかぶさる荷物や棚の残骸をどかしはじめた様子を確認すると、にらみつけるような視線をバランへと送る。
「アなた、良い魔素をモッてますね、テンし様もヨロこぶでショ」
「素直に喜べないね!」
リッカは魔術媒体をバラン教授に向かって構える、それと同時にバランも指輪が付いた手をリッカに向ける。
先手を取ろうとばかりに次々と衝撃波を打ち出す。それと同時にバランの手からも同じような衝撃波が撃ち出される。机の上にある実験道具が吹き飛び、見えない衝撃波が飛び交っている事がわかる。
「はッ!」
「イヒィ!」
ひと際大きな魔素を込めて衝撃波を撃ち出すと、バラン教授の顔が天を仰ぐかのように上を向く。
リッカの打ち出した衝撃波がバランを捉えたのだが、人間であれば吹き飛ぶような衝撃にも関わらず、背筋を伸ばした姿勢のまま止まっている。
さらに魔術媒体から衝撃波を撃ち出しながら、飛びかかるように一気に距離を詰める。
次々に打ち出されるリッカの魔術がバランの顔や体を殴りつけるようにして歪ませ、一瞬無防備になった腹部にナイフを突き立てる。
サクリと手ごたえが薄く、ナイフは吸い込まれるように根元までバランに簡単に突き刺さる。
「え?」
リッカに伝わってくる手ごたえは薄皮1枚の向こうが虚空だと思えるほど、希薄なものだった。
顔から青と赤が混ざったような気持ちの悪い体液を滴らせながら、バランがその真っ赤な目をリッカに向ける。
「ヒヒ! ヤリますねェ」
バランが声を発した瞬間、リッカを真上から押しつぶすような衝撃が襲う。たまらず地面に押し付けられるが、無理やりに体を捻るようにして床を転がる。
次の瞬間、鼓膜が破れるかと思うほどの轟音がリッカの耳元で鳴り、石造りの床の一部がえぐれる。
命を奪うには過剰ともいえるほどの威力が頭1つ分横に放たれたというのに、リッカは冷静に魔術媒体を構え直し、お返しとばかりに衝撃波を撃ち出す。
「アビャぁぁ!!」
バランの手に当たった衝撃波は、指をあり得ない方向に曲げて指輪にヒビを入れて行く。
まだ痛覚もあるのか、腕を押さえながらのたうち回るバランから視線を外さずに、声をかける。
「だんな! 大丈夫か!?」
「ギリギリ! カルアさんは!」
「怪我はしてないけど、すぐには動けない!」
少し考えるような仕草をして、スペックに語り掛ける。
「あれ内緒にしとくから、やっていいから」
「え? いいの?」
「ダメだけど、緊急だからね、カルアさん逃がしてあげて」
「分かった!! 後になって怒らないでくれよ!」
ひしゃげた指をそのままに、思い切り腕を振り上げながら飛びかかってくる。
振り下ろされた腕を飛び退くようにしてかわすが、もう一方の腕が薙ぎ払うようにして飛んでくる。
鈍い音を響かせてリッカの体に人ならざる者の腕がめり込むと同時に、せめて一撃とばかりに持っていたナイフを突き立てる。
衝撃に吹き飛ばされて床に転がされるが、バランも腕を押さえて再び痛みを誤魔化すかのように叫ぶ。
「あびゃぁぁ!! おのレ! テンし様ぁ!!」
バランの指輪が光ると同時に、ひしゃげた指が元の形に戻り、ナイフが抜けてたれ流れていた青と赤が混ざったような体液が止まる。
「回復か、こんなすごいの見た事ないよ」
立ち上がりながら、ナイフの代わりに火の魔法媒体を構える。
衝撃波を次々と使い、かなりの魔素の操作をしたあとだが、リッカにはまだまだ余裕がある。禁欲期間にゼロストにやらされた無茶ぶりのような修行のおかげか、魔素の扱い過ぎによる酔いを気にせずにまだまだ動けそうだ。
チラリとカルアの方に視線を向けると、スペックの姿が見えず、カルアの上に積み重なっていた荷物がきれいにどかされている。
「よし」
リッカは1つ頷くと、再び立ち上がるバランに向き直るのだった。
まだまだ書けそうだ!!
明後日が休みになるので、執筆はかどらせてもらいまっす!
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