第66話 発見
聖物、識別の水晶を手に取ったカルア、いなくなったスペックを見つける事はできるのか。
カルアは聖物の水晶に魔素を込めて、床に杖を刺すようにして打ち付ける。数日は法術も魔術も使えなくなってしまうにも関わらず、その動作には一切の迷いが無い。
床に杖が届いた瞬間、水晶に貯められた魔素が杖を通して一気に広がっていく。魔素が世界に還る時のような淡い形ではなく、水に石を落とした時の波紋のように世界に魔素が広がっていく。
「カルアちゃん、そのまま杖を動かさないでね」
「ええ」
自分の操った魔素が自分の手を離れて行く感覚がありながらも、その行方が手にとるように分かる。教会の中を通り過ぎ、街を包むように自分自身が広がっていくような感覚がある。
「不思議ですね、自分の体の中に街があるような感覚があります」
「もう少しすると、魔素が戻ってきて、その感覚がもっと強くなります」
魔素が通り過ぎた瞬間、時を止めたように街の様子が感じ取れる。人が止まり、馬車が止まり、誰かが落としたリンゴが地面に付くその瞬間、世界が絵に変わったかのような感覚がなんとなく伝わってくる。
魔素が広がってく感覚が止まると、今度は自分に魔素が戻ってくる感覚がある。それと同時になんとなくだった感覚が確信をもった感覚に変わっていく。
「え? え!?」
「そのまま動かないで!」
カルド神父が動かないように再度カルアに伝える。
教会の各部屋に誰が居て、何をしているか手に取るように感じ取れる。続いて教会の周辺にいる人達の感覚、街を行き交う人や馬車、落としたリンゴに至るまでの感覚がより確実な物としてカルアに伝わってくる。
その中には、カルアの家の使用人達や父の仕事をしている場所やその風景までもがリアルなイメージとして伝わってくる。
「お父様……私の家……」
全く知らない風景や人々のイメージも伝わってくるが、カルアが知っている場所、行った事のある場所はより繊細に、より明確に、色や香りまでも伴って感じ取れる。
「リッカさん、洗濯物干しっぱなしですわね」
「……忘れてました、いつもスペックが教えてくれるんで」
「それで、カルアちゃんスペック君の場所は?」
「えっと、まだ……え?」
カルアには見覚えがあまりない場所にも関わらず、強くイメージが伝わってくる。
高い塔、石で作られた壁、若い人達が多数いる、行った事は無く通り過ぎた事がある程度の場所のイメージが強力に伝わってくる。
そして、スペックが居るという確信が感覚として伝わってくる。カルアに流れ込んできたイメージの中に姿はなくとも、そこの魔素が間違いなくスペックの物だと感じとることができた。
「魔術学院……そこにスペックさんの感覚があります」
「ん~? なんでそんなとこに? なんでかな?」
カルアが伝わってきたイメージに意識を向ける、建物の中に居ると言う事が感じられるが、どこにいるかまでは把握する事ができない。
「もしかして、捕まった?」
「アンデッドを捕まえるなんて……あ! 魔石付きの金属版!」
「スペックを取り込んでいたとしたら!」
「うん、ありえるね」
広がっていた魔素が、戻ってくる。通って行った場所の魔素をほんの僅かに巻き込みながらカルアの体にまとわりつくように、聖物の水晶から流れ込んでくる。
カルアが片手を上げて、魔素の球を作ろうとしても体の周りにまとわりつく魔素が邪魔をして、魔素が球体になるどころか、体から魔素が出ず、周辺の魔素に干渉することすらできない。それは目も耳も同じようで、波長を合わせようとすると耳鳴りがして、視界もぼやけてくる。
「スペックさんの場所は分かりましたけど、本当に法術が使えなくなるんですね、魔素を動かそうとすると吸い取られるみたいになっちゃいます」
「カルアさん、ありがとうございます。これでスペックを迎えに行けます」
「ついでに、魔石付きの金属版を使ってた一団も引っ張れそうだね」
解決への手がかりが見つかって安堵したリッカとカルド神父だったが、法術の使えないカルアは留守番にするしかないと考えていた。スペックを捕らえるほどの相手となれば必ず、魔術や法術を使った戦いになる事は明確。
「じゃあ、まず行って調べてみます」
「いえ、乗り込みましょう」
「え? 僕1人でですか?」
カルアが識別の水晶を机に置く、片足を踏み出して、両手で拳を作って左手は腰のあたりに、右手は顔の前に持ってくる。
両目を閉じて、静かに息を吐いていく。
「カルアさん、何を?」
リッカの声も届いていないかのように、カルアは体を石像のように動かさず、静かに呼吸を繰り返している。
「リッカ君! 魔素、魔素!」
「あ、動いてる……」
カルアの体に流れ込んだカスのような魔素がカルアの両手に集まっていくのが見える。動かそうとしても動かない魔素が、確かに動いているのだ。
両手に魔素が集まったその瞬間、カルアが目を見開き、両手を頭の上で交差させる。
「はぁ!!」
掛け声と共に両手を勢いよく開きながら振り下ろす。
カスのような魔素がカルアの腕からちぎれるように床に飛び散り、インクをこぼしたかのようなシミを作る。
もっとも魔素のシミなので、法術が使える人にしか見えない汚れなのだが、降り落としたカルアの体にはカスのような魔素は残っていない。
「うそぉ」
「カルアちゃん、やるねぇ!」
そっとカルアは右手をあげるが、その手には魔素の球が乗っていた。
識別の水晶を使った代償はカスのような魔素を体にまとってしまう事だが、カルアは拳や蹴りで魔素を払う事ができる。無理やり両手に魔素を集め、その拳で油汚れのような魔素を吹き飛ばしたのだ。
「私も行きますわよ」
爽やかな笑顔を見せるカルアがそこに立っていた。
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