第65話 不在
2人の怪しい男を追って行ったスペック、いつもならすぐに戻ってくるはずだが……
リッカは教会の会議室で真剣な表情を見せていた、隣にはカルアが座り、向かいにはカルド神父もいる。
「これで3日目、なんだね」
「ええ、スペックが帰ってきません」
「リッカさん! 大丈夫って言ってたじゃないですか!?」
「こんなこと初めてで、僕も戸惑ってるんですよ!」
これまでにもスペックが居なくなったことは何度かあった。リッカがアンデッドが居ると疑った場所を数日張り込んでいたり、孤児院から行方不明になった子供がいるという話があがった時にも1人で街中を飛び回って探していた。
生前の事は教えてくれないが、危ない橋を渡るような仕事もしていた事が感じ取れる。
「幽霊だし、隠れるのが上手いから見つかったとは思えない……」
「うん、確かにね、カルアちゃんもそう怒らないの、スペック君はお調子者に見えるけど腕はいいんだから」
「か、カルアちゃん……お嬢ちゃん扱い以下に……」
「カルアさん、気にしちゃだめですよ」
お調子者に見えるスペックだが、仕事に対する姿勢はとても真面目だ。同じ境遇にいるアンデッド達のためか、街で笑顔を見せる子供達のためか、夕暮れの世界の頃は子供達を見守り、夜の世界は悲しきアンデッド達をリッカと共に慰める。
夜明けの世界に差し掛かる頃にはそっと姿を隠しているが、街の中に不穏な気配を感じると誰にも見えない幽霊という特性を活かして、リッカが入れない所まで調べ上げてくる。実際、それで解決に至ったアンデッドが絡む案件も少なくない。
そんなスペックが帰ってこないというのはかなりの異常事態と言える。
「で、リッカ君どうするの?」
「さすがに3日目ともなると心配ですからね、探しますよ」
「宛ては?」
「無いです」
「リッカさん、そんなハッキリ……」
「やっぱりね、ちょっと待ってて」
カルド神父が部屋を出ていく。その表情には緊張感もあったが、何かたくらんでいるような嫌らしい笑顔も感じ取れた。
「できればやりたくないんだけど、方法はあるんですよ……」
「スペックさんの場所が分かるんですか?」
「そうです。分かるんです……」
「おまたせー!」
カルド神父が勢いよく会議室のドアを開けて戻ってくる。
その手には透き通る水晶が取り付けられた、人の身長ほどもある巨大な杖が握られている。
「やっぱり……」
教会には聖物と呼ばれる法術で発動する特殊な効果のある物品が納められており、各教会を管轄する神父が聖物の保管を行っている。必要により聖物の発動を行使する権限も持っており、必要があれば墓守などの法術使いへ貸し出す事も許可することができる。
今回、カルド神父が持ってきたのは魔素の探査ができる聖物だが、その効果は非常に強力でありながら、発動の代償も比較的軽いとされている。
「はい、リッカ君に『識別の水晶』貸してあげる」
「なんですのこれ?」
「これは聖物と言ってね、法術で発動させるとこの街全部の魔素を一度で探れるという優れものだよ」
人や幽霊に限らず全ての物に魔素は含まれている、魔素の性質も同じ物は無く例え双子であったとしても僅かな違いがある。カルド神父が持ってきた識別の水晶は、広範囲の魔素を一気に探知するばかりか自身に近い性質や近かった存在の場所を感じ取る事が出来る。
だが、広範囲の魔素を探知するため、使用者の体には凄まじい量の魔素の情報が流れ込んでくる事になる。極々微量の魔素を広範囲から収集することで魔素の探知をするのだが、人間の体には過剰ともいえる魔素が流れ込んでくる事になるため、当然だが個人の許容量限界を超えてしまう。
「識別の水晶と言っておきながら、要は魔素の強奪ですよね、それも使えない魔素ばかりの」
「人聞きの悪い事いわないでよ」
「別名『沈黙の水晶』ですよね、数日間法術が使えなくなってしまいますから」
過剰ともいえる魔素が体内に蓄積されてしまうと、一定以下まで排出されるまでの間、魔素の操作が上手く行かなくなってしまう。
魔法媒体を使えば過剰に魔素が入ってしまい暴走するし、法術のような魔素そのものを操るにしても自身から過剰な魔素が放出されてしまうため、いつものようには操れず、散らそうとしても集めてしまったり、逆に集めるつもりが散ってしまったりする。
識別の水晶を使うと街全体にある魔素を探る事が出来る代わりに、数日間魔術も法術も使えなくなってしまう。
「墓守の仕事はしばらくできなくなるけど、探るにはこれしかないよ?」
「そうですけど……僕から魔術も法術も取ったら、即戦力外ですよ」
「確かに、リッカ君、直接の戦いはヘタだもんね」
カルド神父が勧めるがリッカは乗り気ではない、数日とはいえ法術も魔術も使えなくなるのでは、肝心のスペックを見つけたとしてもその姿を認識できなくなってしまうので、元も子もなくなってしまうのだ。
「あの、その識別の水晶ってどうやって使うのですか?」
「簡単だよ、水晶を上にして持つでしょ、魔素球を作る要領で法術を込めて水晶の反対で床を叩くだけ」
「そうすると、魔素が一気に流れ込んでくるから、知っている人とか思い入れのある場所とかの方向が感覚的に分かるんです」
「……簡単ですわね」
リッカが渋い顔をしながら手にとっている識別の水晶にそっとカルアが手を伸ばす。
「カルアさん?」
戸惑ったような呼びかけを無視するかのように、カルアが識別の水晶をリッカの手から引きはがすようにして手に取る。
水晶を天井に押し当てるかのように高く持ち上げる。
「私が使います」
「あ、カルアちゃんもスペック君見えてたもんね、調べられるかも」
「ちょっと待って下さい! 僕が前に使った時は数日で済みましたけど、法術の初心者だと数カ月も回復にかかるんですよ!」
「私がそんなにヘタだとでも?」
「い、いやそういう訳じゃ……」
笑顔を見せてリッカに視線を送る。
「任せて下さいね、頼りにしてますわよ、お師匠さん」
カルアは識別の水晶に向かって法術の力を注ぎ込んでいった。
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