第63話 カルアの活躍
街中の幽霊が出るという家にやってきた、カルアとリッカ、幽霊のスペックの3人は女性の幽霊を見つける。
カルアが拳で幽霊を無力化したのだが、まだ墓守の仕事は終わらない。
リッカが女幽霊の媒体になっているという指輪を手のひらに乗せている。
内側に小さな紋章が彫られている事以外は何も特徴がないのだが、この部屋にいるアンデッドにしてみればとても思い入れのある大切な物なのだろう。
カルアもスペックも覗き込むようにして指輪をじっくりと観察する。
「この紋章は知りませんわ、有名どころなら分かりますが、最近になって貴族と認められた家の物だと分かりませんわ」
「俺も知らないなぁ、でも荒っぽい作りだな」
スペックが指摘したのは紋章の彫り方だ、確かに言われてみれば彫の深さにムラがあるように見えるし、線の先端部分がキレイに交わっていないようにも見える。
「それは本人に聞いてみましょう」
「さっきのように攻撃されますわよ」
部屋には色々な物が散乱しており、テーブルなどの家具も倒れて床に転がっている。よくよく見れば棚の位置も少しずれているので、これも無理やり動かそうとしたような形跡がある。
「だんながやるっていうんだから、安全だろ」
「んじゃ、なんで部屋の出口に陣取ってるの?」
スペックに向かって軽口を叩きながらも、リッカは指輪の周辺に魔素を集める。
ただの魔素を集めるのではない、先ほどの幽霊を構成していた魔素を選りすぐって集めて行く。魔素というのは様々な性質を持つ、人それぞれが持つ魔素も全て波長が違っており、周辺の魔素と混ざって虹の境目のように曖昧で淡い要素がありながらも、確かにそこにある物が魔素なのだ。
指輪の周りに白や黒のような靄が見え始めると、もこもこと膨らみながら人の形を作っていく。
「……ぁあ」
「出てきましたわね」
「嬢ちゃん、あれできる?」
「無理ですわね、リッカさんを少し尊敬しましたわ」
女性の幽霊が姿を現すと同時に、部屋の家具が再び動き出す。
だが、さきほどのようにリッカやカルアに向かって飛んでいく事は無く、テーブルは起き上がると最初にあったであろう場所で動きを止める。部屋の隅に飛んで行ってしまっていたクロスがふわりと浮いて、テーブルの上に優しく被せられる。
ズズッという鈍い音で引きずられた棚がピッタリと壁に押し付けられ、落ちそうになっていた置物が1つ1つ起き上がって、整列をはじめている。
「え? どういうことですの?」
「怒ってたのを引っ込めたのかな?」
「あぁぁ、ごめんなさい……」
幽霊の声も法術を使えるリッカとカルアにもハッキリと聞こえてくるようになってきた。部屋はどんどん片付けられていき、壊れた物も破片が部屋の隅に積み上げられていく。
ごめんなさいと謝る声が響きながら、部屋がどんどんキレイになっていく。
すっかり片付けが終わった部屋には、スペックのように黒と白の靄で人の形をとった靄が立っている。スペックと違うのは頭から腰のあたりまで伸びている柔らかな魔素のライン。生前は腰まで届く長い髪を持っていたのだと感じさせる。
「ふう」
リッカが息を吐いて魔素の操作を止める。もう幽霊が自分の姿を保つためには十分な魔素を集めたので、操作を止めても幽霊は霧散しない。
「私、また、やっちゃったのね……」
「なるほど、俺らが来てもキレイだったのは、こうやって片付けてたからなんだな」
「そう……私、キレイ好きなのよ」
「だんなのため?」
「そんな……だんなだなんて……婚約だったの」
スペックが気軽な様子で声をかけて、それに女の幽霊が答えて行く。リッカとカルアが調べるつもりだった内容が幽霊の口から次々と語られていく。
「それ、婚約指輪だったの?」
「婚約だなんて……私のために作ったのよ、この指輪」
「へー職人だったんだ」
「まだ未熟って言ってたけどね、この紋章も彼が考えて試作したの、最初の最初がこの指輪」
リッカの持っていた指輪は浮かび上がり、幽霊の手と思われる場所にとどまっていた。婚約した人が指輪をはめるとされている位置で動きを止めたかと思うと、幽霊が動くたびにその位置をふわふわと変えていた。
「そうなのよ、彼ったらね、カレったらね!!」
棚に並べられていた置物がふわりと浮いたかと思うと、スペックの方へすごい勢いで飛んでいく。
とっさに頭をかがめて置物をかわすと、壁に鈍い音をぶつかり床に転がった。
「カレったら! ユルサナイ!!」
部屋中の物が再び浮かび上がり、飛び回り始める。
「カルアさん」
「フン!」
カルアが気合を込めて拳を突き出すと、女幽霊の顔に当たるが、先ほどのように撃ち抜かずに拳が僅かに触れる程度でピタッと止める。
少しだけ幽霊の魔素が飛ばされると同時に、浮き上がっていたものが一斉に地面にガシャンと音を立てて落ちる。
「あぁ……私、怒りっぽいのかな」
「その彼はどうしたんですか?」
「独立して細工の工房を持つって言ったのよ、そうしたら、色んな女と遊ぶようになって」
「ひどい男ですわね」
「そうなの、彼のために食器もお酒も買って置いて、料理も頑張ったのに」
「最低な男ですわ」
カルアが大きく頷きながら幽霊の話を聞いている。さっき思いっきり殴った上に寸止めのパンチを入れているのにも関わらず、早い打ち解けようだ。
もっとも幽霊に細かな記憶や整合性のある記憶を求める事自体が困難なので、そんなこまかい所は関係ないのかもしれない。この幽霊にとっては死後にカルアに殴られた今の事よりも、生きていた頃の彼への想いという過去の事が重要なのだ。
「あなたという人がいながら、他の女に現を抜かす男に縛られているなんて愚かですわ」
「そうよね、私、死んでるのにね」
「気が付いていたんですね……」
「もちろんよ、私ばかみたいね……ねぇ、もう還してくれないかしら、彼の事、忘れたいの」
「……いいですわ、私、カルア・コルフィが還して差し上げます。リッカさんよろしいですね」
カルアが両手を広げて、魔素の操作を始める所へリッカは頷いて、やってあげてと促す。
スペックは何か言いたそうにリッカの近くをウロウロとしており、その目が見えていたとしたらジットリとした疑いの視線をリッカに向けていただろう。
リッカも苦笑いをこらえて、真面目な顔を無理に作るような不自然な表情を浮かべている。
「ありがとう……墓守さんたち」
「そこまで気が付いていたのですね、次に還って来たら、変な男に引っ掛かってはいけませんよ」
「そうね、あり……がとう……」
幽霊が溶けるように魔素に還っていく、先ほどのように指輪に魔素が戻ってくることもなく、世界へと還っている事が分かる。
カルアの拳によってではなく、カルアの法術によって苦しむことなく魔素に還されていくのだ。
「リッカさん、終わりましたわ」
「そうですね、帰りましょう」
「ん? リッカさん、その手の本は?」
リッカの手には女性が生前、生きていた頃の日記が握られていた。こういったアンデッドの遺品を持ち出す事で、アンデッドの影響が無くなったと証明することもあるが、カルアにはチョイスが悪趣味なように感じた。
「悪趣味と思わないでちょっと、目を通してみな」
「こういう事もあるんですよ」
日記を受け取ったカルアが、そっとページをめくると女性の幽霊が生前に書いたと思われる日々の記録が残っていた。丸みを帯びた癖のある文字だが、かわいらしい女性らしい文字が並ぶ。
その内容は、彼が今日も女性に声をかけていた。お店で女性と話していた。笑顔でネックレスや指輪を女性の体へ付けていた。など、彼の日常が事細かに綴られていたのだ、それも1日中へばりついてでもいないと分からない事までが詳細に書き綴られていた。
「え……なんですの……これ……」
「こういうこともあるんです。彼女は恋人もいたが、恋人が自分以外の女性と少しでも触れ合うのが許せなかったんですね」
「女性向けの細工物売ってれば、そりゃ女性に声かけるし、アクセサリも付けてやるわな」
「え? 悪い男に引っ掛かったのではなくて? え? 悪い女に引っ掛かったってこと?」
外は太陽も沈み、夜が訪れていた。家の中にも夜が持つ冷たさを纏った空気が街へ流れ込み、墓守やアンデッドには活動の時間を告げ、街の人々には眠りの時間が訪れようとしていた。
そんな安らぎの時間に頭を抱えて、右を向いたり、左を向いたり、カルアは混乱していた。
リッカとスペックはカルアが落ち着くまで静かにまっているのであった。
引っ越しが近づいてきている!
研修なども重なっていて、追加更新ができるかどうか……
金曜日の定期更新、頑張ります!