第62話 空き家
今日の墓守の仕事は街中。アンデッドはすぐ近くにいる。
アンデッドの全てが、生ある物を憎み目に映る全てを傷つける訳ではない。
人が寄り付かず、幽霊や黒い想いが集まる不吉な場所へと足を進めるのが墓守だが、今日の行先は少し違っていた。
街の人達が家へ帰る時間より少し早い頃、住宅街のど真ん中とも言える場所にリッカとカルアは立っていた。もちろん、普通の人の目には映らない幽霊のスペックも一緒にいる。
「ここだね」
「なんか、普通の家ですわね」
「普通の場所に出るから困るんだよな、アンデッドってさ」
「スペックみたいに、そんなに困らないのもいるけどね」
普通の民家の前に立っているが、ここは街中によくある貸家だった所で今は空き家になっている。
前の住人が亡くなって次の貸し手に渡したいのだが、ここに入った人が大体怪我をして帰ってくるので、貸し手を探すどころか片付けもできないでいる。
「さて、行きましょう。お邪魔します」
木製のドアの鍵を開けて、誰もいない家へ挨拶をしながら入っていく。
夕方になり外は明るいが、家の中には明かりが無く、全ての窓が閉められたままだ。ホコリが舞い、湿ったような粘ついた空気が肌に触れる。よく使っていたであろう食器は流し台の横にまとめられており、かつての住人の名残を感じさせる。
「生活感があるのに、誰もここに帰ってこないんですね」
「そうだぜ嬢ちゃん、突然死んだ時はこうなるんだ」
「家族がいるときは片付けてもらえるんだけどね」
しおりが挟まった本、無造作に立て掛けられた箒、支払いの証明をする伝票札など、日常生活で見かける物ばかり目に入ってくる。
リッカは部屋を見回して、伝票札を手に取って調べて行く。
「暮らしていたのは女性1人だったらしいけど……」
「ん? それにしちゃあ家は広いし、物も多いな 食器も2組出しっぱなしだぜ」
「え? この家って何人かで住む大きさなんですか? こんなに小さいのに?」
「お嬢ちゃん、お貴族様が出てるぜ」
貴族の家からすれば確かに小さいが、台所と居間が分かれており、2階にも部屋があるのは一般の市民からすれば家族で住む家の大きさだ。夫婦と子供が同じ部屋、居間で祖父母が暮らすなら5~6人は暮らせる大きさの家になる。
少し収入が大き目な若い夫婦が将来を見越してこのサイズの家を借りたりすることもあるが、リッカにしてみると、女性の一人暮らしだったという実状とは少し合わない印象がある。
「まだ幽霊の気配も感じないし、2階も見なきゃいけないから骨がおれそう」
「2階は私が見てきますわ、幽霊見つけたら魔素に還せばいいんですよね」
「あの、話できるなら、話して下さいね」
カルアが腕を回しながら階段を登っていく所に声をかける。カルアも法術により幽霊と波長を合わせる事がスムーズにできるようになっていきているので、以前のように問答無用で殴り飛ばす事もないだろう。
リッカは棚に収められている木箱を出してきて中を確認する。色々と見て回っているのはアンデッドの痕跡や未練を探るための手がかりを探しているのだが、媒体にこもるアンデッドを探すためでもある。
「あ、酒瓶出てきた」
「だんな、持って帰っちゃだめだぜ」
「そんなことしないよ。でもこれ、女性が1人で飲むような酒じゃないよ」
リッカが見つけた酒瓶は、ドワーフの酒とも言われるアルコールの濃度が高くて上等なお酒。そのまま飲んで喉の焼け付くような感覚も一緒に楽しむ物なので、男性の人気が高く、女性の人気は全くと言っていいほどに無い酒だ。
棚の上段には、ペアのゴブレットなども木箱に入ったまま展示するように置かれている。
「婚約者が居たのかな?」
そんなこと口に出した時、建物全体が揺れるような振動と大きな家具が倒れたような音が響き渡る。
それと同時に室内の魔素が2階へと流れるように一気に動く。
幽霊が姿を現すときの兆候だが、少し登場が派手すぎる。こういう時のアンデッドは悪霊化している事が多く、リッカには嫌な予感が沸き上がってくる。
「だんな!」
「スペック、行くよ!」
階段を駆け上がっていくその間も、物が落ちたり割れたりするような音が2階から聞こえてくる。
2階に上がるとすぐにドアがあり、カルアが開けたのか中の様子が見えている。コートなどをかけておくスタンドや、ベッド脇のテーブルなどは倒れて転がっており、空中には本やランプなどが飛び回っている。
「リッカさん!」
頭に向かって飛んでくるランプを上半身を捻って避けつつも、カルアは部屋の中を見回している。飛んでくる物に邪魔されて、幽霊の姿を捕らえられないでいる。
リッカも部屋に飛び込むと同時に周辺の魔素に波長を合わせる。耳元をカルアにぶつかりそうだったランプが掠めていく。倒れていた椅子まで浮かび上がって、リッカに向かって飛びかかってきた。
「あっぶな! あだ!」
「だんな、とろいな~」
大きく飛び退いて椅子を避けた所に、これまた飛び回っていた本が後頭部を叩く。
本程度なら気にしている余裕はないので、痛みを無視して波長合わせを続ける。カルアの方にさっきリッカに飛びかかっていた椅子だけでなく、テーブルまで浮かび上がっている。
「見えましたわ!」
テーブルを持ち上げるように立ち上がっている黒い靄が目に映ってくる。
幽霊が物に触れる時に使うのは魔素そのもの、軽い物なら手に触れずとも動かす事ができるが、重い物になってくると本体となる体で直接持ち上げるようにしないと動かす事ができない。
それでも、部屋の物をいくつも飛び回らせながら、テーブルまで持ち上げるというのはかなり濃厚な魔素がこの幽霊の体を作っている。
「僕も見つけた! カルアさん! その幽霊は『還して』下さい」
「分かりましたわ!!」
リッカの声を聞いたカルアは、身をかがめて飛んでくるテーブルの下をくぐるようにかわし、幽霊に走りよる。
走ってきた体に急ブレーキをかけ、その勢いを余すところなく右腕に届け、まっすぐに拳を突き出す。拳が幽霊の体に触れたとたん体を作る魔素が風に飛ぶホコリのように散らされる。
「だんなと違ってうまいなー」
「軽口叩いてないで周り見て! 僕は媒体を押さえる!」
カルアは腕を引き戻す体の回転を逃さず、薙ぎ払うように足を振り上げる。散らされて再び集まろうとしていた魔素はカルアの足で再び散らされていく。
その後も幽霊の腕や足にも拳や蹴りを叩き込んで行く。魔素が散っていくたびに部屋を飛び回るランプや本が床に落ち、テーブルなどもその動きを止めて行く。
「やりましたわ!」
部屋が地震の後かと思うほどに散らかっている中でカルアがまぶしい笑顔を見せている。
「そんなわけないでしょ」
「カルアさん、見つけましたよ」
リッカは1つの指輪を手のひらの上に乗せている。その指輪は銀一色になっており、細工も無ければ宝石などもはめ込まれていない。それでも内側には小さい紋章が彫られており、調べればどこで作られた物かも分かりそうなデザインになっている。
「その指輪、なんですの?」
「カルアさんが払った魔素の一部がこれに流れていたんです。これが媒体ですね」
「私に『還して』と言ったのは?」
「人を傷つける力を奪って、媒体を見つけるためですね」
「嬢ちゃん、殴ってすっきりって解決はだめだぜ」
渋い顔をするカルアだったが、ここからが墓守の仕事の本領でもあるのだ。
この部屋に居た幽霊が悪霊なのか、何かの想いからリッカ達を攻撃したのか、それを見極める仕事が始まるのだ。
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