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墓守は今日もアンデッドと共にある  作者: ピーター
第2章 墓守リッカと初めての弟子
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第61話 故郷

アンデッドにとっては夜が昼、光の下では魔素の体が保てない。

墓守にとっては夜が昼、闇と共に姿を現すアンデッドと共にあるために。

 街の人々が目覚め、夜通し墓地を巡り歩いた墓守が眠りの世界へ旅立つ朝焼けの時間。仕事を終えた墓守のリッカは夕食の用意をしていた。

 普通なら早めの朝食の時間とも言えるはずだが、眠りに付く前の食事を夕食というのなら、リッカにとっては太陽が顔を出す頃に食べる食事が夕食になるのだ。


「だんな、飲まないの?」


 相棒のスペックがリッカのお気に入りの割り酒の入った瓶を空中に浮かべる。

 法術の心得も才能もなければ酒瓶が空中を舞い踊る不気味な現象を目の当たりにしたことだろう。


「まだ禁欲期間だからね、落とす前に返してもらうよ」


 驚く事もなく空中を飛び回る瓶をひったくるようにして手にとり、棚にそっと戻していく。

 幽霊のスペックが不満を露わにした態度を取っているが、その表情も体の輪郭も黒や白の靄が集まったようにしか見えず、その態度や魔素を通して伝わってくる声にならない声を聴き取る事ができるのも法術の才能と技があっての事だ。


「で、だんな?」

「何?」

「破門されたってのに、なんで教会の仕事できるの?」

「解消してもらったからに決まってるでしょ」


 かまどの上に置かれた鍋、張られた水がブクブクと泡立ってきた所に、ざく切りにした野菜を放り込む。カサカサに乾燥して今にも塵になりそうな干しキノコなども一緒に入れて、ゆったりとかき混ぜる。

 空いた片手をテーブルに伸ばして固くなってきたパンを適当に手に取って、かまどの熱が伝わっている石の上に並べる。


「いや、破門って相当だぜ、罪の数が3つ以上の悪党でも教会に所属できるって聞いてるぜ」

「許可も資格も経験もなく、神父を語る大罪を犯したんだって」

「へー、そりゃ極悪人だ」


 スペックがお玉と水を入れた器をリッカに渡す。慣れた手つきで受け取ったリッカはそっと鍋に浮かんだ灰汁をすくい、器の水にお玉をくぐらせていく。

 濁っていたスープは黄金色を帯びて、リッカがお玉を鍋に入れる度に透き通っていく。


「スペックありがと」


 灰色に泡立つ濁った水が入った器をスペックに渡すと、かまどの横に設けられた流し台に捨てて、器で水をすくってはすすぐように流していく。

 鍋には黄金色をした透き通ったスープが、窓からお邪魔してきている朝日を反射してキラキラと輝いているている。


「で、だんな、そんなことしないだろ?」

「もちろんだよ、完全に言いがかりと誤解だったんだ」

「だろうね」


 少し黒っぽく焦げ始めたパンを皿にとり、スペックが洗った器に黄金色のスープを盛り付ける。

 禁欲期間なので干した肉なども使えないから、乾燥させたキノコなども使って作られたスープはこの時期のリッカの得意料理だ、少し奮発して植物の種からとった油を食べる直前に少しだけ垂らすと透き通ったスープに、これまた透き通った水玉模様が描かれ、花のような香りが立ち上る。


「僕が生まれたのは小さな村でね、北の国との境に近い所にあったんだよ」

「へー」


 サクサクと音を立てて、パンを齧りながらリッカは語る。


「神父様が1人いたんだけど、だいぶ高齢で、僕が色々お手伝いをしていたんだ」

「だんな、その頃から真面目だったんだな。スープの飲み方以外」


 音を立ててスープを啜り、再びパンを齧る。

 キノコから溶けだした旨み、植物油のコクと香り、舌へ鼻へと心地よい味わいが広がっていく中、香ばしいパンの香りと歯触りが彩を添える。

 美味しいと思いながらも、スペックに自分の過去を語る。


「神父様が亡くなった後、礼拝だけはしたいって人が多くて、礼拝の用意とか鍵の開け閉めとか、そういうの手伝ってたんだよ」

「自主的に?」

「大人とされる直前だったからね、村長とかと一緒にさ」


 パンを1つ食べ終えて、スープに残った具材をスプーンですくいとって口に運ぶ。適当に切った野菜だが、切り口から旨みを吸い込んでおり、1つ1つが自分の味とスープの味を一緒にリッカの口へ届ける。

 スープが具材から飛び出るが、火傷しない程度の温度におさまっており、ゆっくりと味を楽しむ事ができるが、語る事に気分が乗ってきたリッカは早めに飲み込むと食事ではなく言葉のために口を動かす。


「そんな手伝いしてたんだけど、新しく来た神父が、僕を神父の真似事していると騒ぎ立ててね。その場で破門状を作られたんだよ」

「ひでーなそれ、だんな可哀想」

「でしょ、狭い村だったから破門されたなんて言いふらされたら、暮らして行けなくなってね、両親共々村を出たの」


 皿にパンは1つ残っている、それに手を伸ばして、少しずつ齧る。


「両親も二人とも元冒険者だったから、冒険者ギルドに復帰してさ。僕は両親が仕事の時は孤児院に預けられてた」

「あそこの?」

「いいや、色んな街のね」


 コップに水を注ぎ、口を湿らせながらパンを齧る。固くなったパンだが、飽きない香ばしい香りがリッカの口と鼻を楽しませてくれる。


「なるほどね、流れ流れたリッカのだんな、この街にたどり着いて墓守となりましたってか」

「残念、成人してからは冒険者やって、その後で墓守になったの」

「え? 冒険者してたの? 戦士より弱くて、魔術師でもなくて、盗賊より不器用なのに? 向いてないぜ」

「スペック、ひどくない?」


 食事を終えたリッカは、食器を流し台に運ぶ。少し落ち込んだ気分を隠すようにして洗い物を始める。

 スペックの指摘は実際にその通りだった。力が強い訳でもない、取り立てて魔術の扱いが上手い訳ではなく、魔術の物品の修繕や鑑定も出来ず、盗賊ほど罠や貴金属に精通している訳でもない。

 法術に関しては昔から使えたが、アンデットや悪魔などと冒険中に遭遇することなど少ない。


「確かに、冒険者としては半端だったけど、だからこそコラーさんやカルド神父と縁があってね、破門解いてもらえるようになったのさ」

「それで、墓守になったの?」

「そういうこと、それが無かったらスペックとも会えなかったさ」

「へー、じゃあ、破門されてよかったんだな」

「破門は良くないけどね」


 洗い物を終えたリッカは、使い古して毛玉が付いているブカブカの寝間着に着替える。

 ローブや灰色の上下は適当に椅子に引っかけて、寝室のベッドへと飛び込む。


「ま、スペックと会えた事はよかったさ」

「そういってもらえると嬉しいね」

「これだけ意思がはっきりしていて、昼にも歩く変なアンデッドに出会えたからね」

「だんな、ひどくない?」


 窓からはまぶしい程に陽が差し込んでくる。爽やかな朝の香りも、墓守にとっては眠りへの誘い。

 太陽に背き、夜を歩く、アンデッドが出ない昼の世界は墓守にとっては心配の無い安らぎの夜に他ならない。

 すやすやと聞こえてくる相棒の寝息に心地よさを覚える幽霊がここにいる。

リアルが忙しい!

研修が! 宿題が!

社会人になったら宿題って無くなると思ってた自分がいます。

あるんやで、宿題。

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― 新着の感想 ―
[一言] 戦後、帰郷した元衛生兵の無免許医達の話しを思いだしました。
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