第60話 帰り道
しっかりと食事を済ませた墓守達は幸せな気持ちで帰路につく。
様々な素材が串に刺されて揚げられた料理を堪能し、ハーブ水をあおる。口の中に残った油や素材の風味を洗い流し、爽やかな香りが口から宙に飛んでいく。
「ごちそうさまでした」
「大変、美味しゅうございました」
「勘定を頼む、今日も旨かった」
「クァー」
それぞれが食事を終えて、食材に感謝の祈りのポーズをとる。コラーの肩にとまる白カラスも一声鳴いた後は、嘴と目を閉じて黙祷をささげるような姿勢を取っている。
「あいよ! コラーさん、今日の分で会計ピッタリだぜ」
「カッカ、だいぶ負けてくれたようだな、甘えさせてもらうとするか」
「まいど、また来てくれよな」
リッカが自分達の分を払おうとして財布と取り出すと、コラーが手でそれを静止する。
店主はテーブルに残った食器の片づけを始め、コラーは席を立ってローブを纏う。
「今日はワシ、いや店主のおごりだ」
「いいんですか? あ、その、ごちそうさまです」
「え? お金いらないんですか?」
リッカとカルアも席を立つ。コラーは相棒の白カラスを肩にとまらせると、スタスタと歩きはじめる。
コラーを追うように、リッカとカルア、スペックは歩きだす。
普段は墓場や街の暗がりなど、縁起が悪い場所ばかり選んで歩く墓守だが、今日は街の中心とも言える道を歩いて行く。禁欲期間で人通りは少ない、これが普段ならば多くの人からの冷たい視線にさらされていただろう。
「旨かっただろ?」
「クアー」
不意にコラーが感想を尋ねる。相棒のカラスも得意そうというか、満足そうな声をあげている。
禁欲期間なので、仕込まれたは良いが客に出されないままになりそうな、良い肉をたらふく食べたからか機嫌も良さそうだ。
「美味しかったです」
「僕もこの店は初めてしりましたよ、今度は1人でもいきます」
「カッカッカ、そりゃよかった。あの店主は昔はどうしようもない奴だったんだがな、嫁もらって子供できてから真面目になったんだ」
太陽を浴びると肌が焼けただれるコラーは知り合いや友人は少ない。太陽を気にせず外に出られる時間の大半は墓守の仕事をしているのだから、誰かと会ってのんびり語り合うという時間が持てないのだ。
「借金もあってな、ワシが借金肩代わりしてやるから、料金分飲み食いさせろと言ったら喜んで引き受けおったわ。それから週に1度は通っとる」
「だから、私たちも無料に?」
「カッカ! 嫁に『利子付けて返しなさい』と言われてたようでな、ワシが全額飲み食いした後も無料にしてくれておったわ。今日までだったようだがな」
コラーは相棒を撫でつつ、笑いながら話を続ける。
「たまたまだったがな、縁が出来たんだろ。最初は墓守と毛嫌いされたが今では良き理解者というやつだ」
「そんな話を聞くと、安らぎますわ」
「そうそう、だんなも嬢ちゃんも人に避けられるの怖がってまぁ」
「カッカ、ワシもまだ慣れんわ」
スペックの声を余さず拾う墓守達、誰にも聞こえぬ声を聞き、誰にも見えぬ姿を見る。
精霊や天使、神ではなく。死を越えて、それでも生に縋りつく亡者たちの声を拾う墓守は生ある街の人々からは嫌われる存在。
「ワシらは、人の最後の友となる。死を乗り越えるための葬儀にも関わる。死んだあとも死にきれなかった者の友となるのもワシらの勤めよ」
「ありがたいことだぜ、俺もだんなが居なかったら、ずっと独りぼっちだっただろうからよ」
「悪霊だったら問答無用で魔素に還してるけどね」
コラーはピタリと足を止めると、振り返る。
肩にとまっている白いカラスは羽をたたみ、顔を上げている。
「ワシとこいつも世間にはなじめなかった弾かれ者よ。これからも仲良くしてやってくれ、こいつはお嬢ちゃんもリッカも気に入ってるみたいだしな」
「クアァー!」
「それじゃ、ワシはこっちだからな」
真面目な口調で語ったコラーに合わせて、一声大きくカラスが鳴く。
手を振りながら、分かれ道をスタスタと歩いて行く。リッカとカルアも一声かけて手を上げつつ見送ると、暗闇に溶けるようにコラーは暗い夜道に消えて行く。
「さて、一応夜中になりますから、送りますね」
「ありがとうございます。男女二人だからと妙な事考えないでくださいませ」
「嬢ちゃん、俺もいるし。だんなにそんな度胸ないから安全だぜ」
クスクスと笑うカルアと共に夜道を歩く。空は星が瞬き、雲に隠れた月が顔を出して辺りを優しく照らし始める。
人通りの少ない、昼間は多くの店が並ぶ商店街を抜け、子供が遊んでいただろう広場や公園を通り過ぎて貴族の屋敷が立ち並ぶ区画を歩く。
時々人が歩いていた街も貴族区画に入ると道には誰もいない。玄関の横に護衛の手練れとも言える人が立っている家や施設もあるが、道を歩く人はとても少ない。
「弾かれ者、私もそうですわね」
不意にカルアは呟く。歩く速度は遅くなり、顔に手を当てている。
「貴族の社会に馴染めず、口より先に手が出る娘、それが私ですもの。今もこうして夜中に男と2人で歩く恥知らず」
「嬢ちゃん、俺もいるって」
「スペックさんは見えませんもの」
リッカは歩く速度はあまり変えず、歩きながら答える。
「墓守は神聖な存在です。そこに女性も男性もありませんから、お気になさらず」
「そう言われても……」
「スペックみたいに誰にも気づかれない哀れなアンデッド、彼らと共にいられるのは私たちだけです。それに……」
言い淀みならがらも、リッカは次の言葉を口にする。そこには思い切って言ってしまったという勢いもあった。
「それに?」
「僕は一度破門されていますから、弾かれ者は同じですよ」
「え? 破門? 破門ってなんですの?」
「え? だんな墓守やっていいの?」
破門という言葉の重さを理解できない2人に苦笑いしか浮かべられないリッカであった。
過去偏はやりません!!
投稿、もう少し頑張りますし、登場人物紹介もやります。
頑張りますよ~
誤字脱字報告、ありがとうございます。
ブックマークや評価など励みになっております!!