第59話 屋台
墓守達は禁欲期間で人がまばらな街へと向かう。
普段は店に入ると嫌がられる事もある墓守だが、この期間は貴重なお客の1人として歓迎される事も多い。
リッカとカルアは夜の街を歩いていた。禁欲期間でもあり街を歩く人はまばら、墓守を見ても普段ほどの白い目は向けられてはいない。
「人が少ないと過ごしやすいですね」
「カッカ、この時期は人が出歩かないからね、私らも気にせず歩ける」
「クァー」
2人の前を歩くコラーとその肩につかまってる相棒の白いカラスも機嫌がよさそうに感じられる。
「お店もお客さん少ないから、この服装でも嫌がられませんからね」
「だんなも気にするからな、そういうとこ」
「この時期じゃないとワシもあの店には行けんよ、混むから他の客にも迷惑になる」
軽い足取りで人の少ない街を歩いて行くと、台車に簡素な屋根を取り付けて、近くの道に組み立て式のテーブルや椅子を並べている屋台が目に入ってくる。
普段は仕事を終えた職人や街に帰ってきた冒険者でワイワイとしているが、今日は開店休業と思えるほど客が少ない。コラーはそのうちの一軒の前で立ち止まる。
「ここだ、おーい! 墓守3人と幽霊1人、白カラスもいるがいいかい?」
「あいよ! 好きなとこ座ってくれ」
煙草をふかしていた、太っていて頭の輝きがまぶしい親父が笑顔で立ち上がる。
ピグマンのバルやボル達に比べると一回り小さく、人間としては十分に大きな体を持っているが、親父の威勢のいい声とまぶしい笑顔が威圧感を感じさせない。
「悪霊連れてこなけりゃ普段から来ても歓迎するぜ! さ、何にする?」
黒い石に白い塗料で書かれたメニューを持ってくるが、そこに書いてあるのは野菜の名前ばかり。
酒のメニューも持っては来るが、そこは禁欲期間と心得ているのか、見えにくい場所に置いている。
「カッカ、それでも来れんよ、他の店と客に嫌がられるわ。飯はまず適当に持ってきてくれ」
「あいよ! 飲み物はどうする酒かい?」
「分かって聞いとるじゃろ? ハーブ水を人数分、こいつにはちょっとだけ肉やってくれ」
「カラスは禁欲期間ないな、ちょっと待っててくれよ!」
食事のメニューだけをテーブルの近くに置いて、店の親父は調理場へ大股で歩いて行く。
リッカが酒のメニューに視線を送っていたが、そこそこ上質の酒の名前が並んでいた。手元にある食事のメニューについても聞きなれない名前が並んでいる。
しかも料理の名前ではなくイモとか素材の名前だけが並んでいる。
「あの私、こういう所初めてなんですが、料理名が無い物なんですか?」
「お嬢ちゃん世間知らずだな」
「僕も初めてですよ、料理名書いてないの」
「だんなも!?」
笑顔のコラーは静かにリッカ達のやり取りを見ている。自分の子供達でも見ているような優しい視線。
周りをキョロキョロと見回すカルア、メニューに興味津々のリッカ、2人が屋台の事を知らないのに驚くスペック、それを穏やかに眺めるコラー、平和な空間がそこには出来上がっていた。
「はいよ! 腹減ってるだろ? まずはこれでも摘まんでてくれ」
空腹の墓守達の前に、カリカリに揚げられたイモやチップスの盛り合わせが置かれる。
粗塩が振りかけられており、油と共にキラキラと輝いている。
「あの、取り皿とか、食器は?」
「手づかみだぜ嬢ちゃん」
「え!? そんなお行儀が悪い!」
「あっ、これは美味しい」
手慣れた様子で手づかみで食べているコラーとリッカを交互に見ながらおずおずと手を伸ばす。
「クッキーは手で良いのに、これはだめなんですか?」
「お菓子はいいですけど、これは食事でしょう? あっ美味しい」
「カッカ、慣れよ慣れ、こんな世界もあるんだってことだ」
親父が笑顔で料理を運んでくる。大皿の上には色々な野菜が串に刺さっていて、カラリと揚がっている。ロウソクの灯りが、表面の油をテラテラと輝かせている。
人によっては油が強すぎて食欲が失せるのかもしれないが、禁欲期間で修業もこなしている空腹の墓守達にとっては美しく、食欲をそそる見た目になっている。
「どんどん足すからな、いっぱい食ってくれ!」
ハーブを入れて香りを移した水が入ったゴブレットが4つテーブルに置かれる。
小さな皿に生肉や臓物などが乗せられた小皿もテーブルに置かれる。コラーの肩にとまっていた白いカラスもテーブルについて小皿の肉をつつきはじめる。
コラーはテーブルに置かれたゴブレットを配っていく。
「一個はお前さんのもんだ」
「飲めないけど、嬉しいもんだね」
スペックの前にも水が入ったゴブレットが置かれる。
軽く乾杯をするかのようにゴブレットを掲げ、それぞれが口に含んでいく。爽やかな香りが乗ったハーブ水の微かな甘さ、微かな苦さの後に清涼感が口から喉や鼻へと広がっていく。
「美味しいですね!」
「ここは美味いんだ、貴族の酒や食事とはまた違うからな」
カルアとコラーが話している中、リッカは油が絡んでいる串を手に取る。
よく見ると素揚げではなく、何かをまぶしてから油に入れられているようで、茶色の衣をまとっており、丁寧に仕込みがされているように見える。
リッカが手とった串はクロタマゴと言われる野菜が刺さっている。表面が真っ黒なのに中は真っ白、知らなければ表面の色から食べられないと勘違いしそうな野菜だ。
「頂きます」
口に入れて歯を立てると、さくりとした心地良い歯ごたえがある。スポンジのような実はみずみずしく、歯を立てるとスープがあふれ出す。
油で揚げられているので、あふれるスープは沸騰していると勘違いする程に熱く、リッカの口の中を焼きながら、油と実の旨みを余すところなく伝えていく。
「ん~!!」
「カッカッ! 熱いから気を付けないとな」
「うちの料理は出来たてだからな!」
口元を抑えて悶えるリッカをコラーと店主は笑って眺めている。
あまりの熱さにハーブ水をあおると、熱さと油を洗い流し、口の中には野菜の旨みが残り、鼻へと爽やかな香りが抜けて行く。
「熱い! でも美味しい!」
「だんな、火傷してない?」
次々と大皿に追加されている串の先には、白い団子のようなもの、穴が沢山空いたイモ、赤や緑の様々な野菜が次々と盛られていく。どれもリッカが口にしたクロタマゴと同じく、茶色の衣をベールのように纏いそれぞれの色を透かして見せている。
熱さと旨さに口の中を焼かれたリッカを見たためか、カルアは白い団子のような具材の串を手に取ると息を吹きかけてよく冷ましてから口に入れる。
「お嬢ちゃん、順応が早いな」
料理に息を吹きかけるというマナー違反をしながら、カルアも具材を口に含む。ほろほろとほどけるように団子は崩れて、旨みが凝縮されている事が舌から脳へと快感と共に伝わってくる。
「美味しい! でもお肉入ってません?」
「入ってないぜ! それはダマシって具だ。豆とかの粉を濃い野菜スープで練ってあるんだよ」
ダマシは肉を使っていないのに、肉や魚を使ったかと思わせるほどの濃厚な旨さを持っている。
教会の教えを厳格に守ると酒も肉も魚も口にできない、そんな人たちにも肉のような濃厚な味わいを提供したいという思いから、生まれた具がダマシだ。とはいっても本当の肉ではなく、肉に比べるとずっとさっぱりしているので、女性にも人気が高い。
リッカとカルアは次々と串を手に取って、熱さとそれぞれの持つ味を楽しむ。コラーも好みの具に手を伸ばす。
「美味しいです」
「美味しいですわ」
「変わらず、美味いな。おーい、ハーブ水追加してくれ」
「あいよ! まだまだあるからな」
スペックは食事を楽しむ3人を減らないグラスの奥から眺めていた。
人には見えない幽霊だが、そこには4人目の人として確かに存在している。その表情は人には見えなくとも穏やかな笑顔を見せていたに違いない。
串揚げを食べたいなぁ。
クロタマゴはナス、穴の開いたイモはレンコン、ダマシはがんもどき(みたいなやつ)。