第58話 地道な修業
修業期間はまだ続く。
カミュに宝石のはまった金属板の分析を依頼した翌日もリッカ達は修行に励んでいた。
修業期間はまだ続く、禁欲期間もまだ続く。
禁欲期間は肉や魚などが食べられず、お酒や煙草などの嗜好品も控えるようになる。そこに墓守達をはじめとした教会の法術使い達は修行期間となり、魔素を球体にして長時間維持する操作の修行や、教会の教えの振り返り、アンデッドに対しての知識や対処術などを学んでいく。
「だんな、退屈だぜ」
「スペック黙ってて」
「カッカッ、これも仕事のうちだからな、頑張ってくれ」
太陽が沈み、夜の時間が訪れてすぐにコラーの講義が始まった。
法術の細かな技、微かに残った魔素から消えかかった意思をくみ上げる技術、周辺の魔素の操作ではなく支配とも言えるほどの強力な動かし方。
惜しむ事なく次々とその技術をリッカ達に伝えていく。リッカはスペックに向かい合わされて波長をピッタリと合わせる練習、カルアは直接触れないで魔素を操る練習、パニシュは基本の基本からのおさらいで昼間の修行に続いて魔素球を浮かべている。
「コラーさん、俺、まだこれなの?」
「カッカッ、パニシュよ、一度に操作する魔素増やさんとな、今日は酔うまでやってもらうぞ」
「バカルラム、俺がフラフラしてたら導いておくれよ」
「ワゥ!」
灰色の毛並みを持つパニシュの相棒、犬のバカルラムは励ますようにパニシュにすり寄っている。
パニシュは辛そうな顔で2個の魔素球を浮かべている。これが終わる頃には吐き気とふらつきのコンビに襲われている事だろう。
「ほれ、お嬢ちゃんはどうかな?」
「コラーさん分かって言ってますわね」
「カッカッ、バイオレットの煙管を黒焦げにしたんだろ? ちなみにワシも駆け出しの頃同じことをやったわ」
「え? どういう事ですか?」
「ナイショじゃ、ほれ乱れとるぞ」
「ああ!」
カルアはお香から立ち上る煙を、糸を紡ぐかのように動かして空中で自在に形を作る修行をしている。先ほどまでは美しい螺旋を描いていたが、コラーに指摘されたように螺旋は乱れて、マーブル模様を描き出している。
何とかしようと、魔素を操る力を強めるが、マーブル模様はますます複雑さを増すばかりだ。
「ああ! せっかく上手くいってましたのに!!」
「カッカッ、パニシュより法術の腕は上だから安心しろ」
「そ、そんなぁ」
「お前さんは、法術の習い始めが遅いだけの事だ」
パニシュは元冒険者という肩書で直接的な戦いをする上では墓守の中では間違いなくトップ。相棒のバカルラムの咆哮に法術を乗せて、周囲のアンデットを一気に散らせる技も持っている。
だが、バカルラムがいないと、法術の腕は墓守の中では間違いなく最下位になってしまう。涙目になりながら、基礎的なトレーニングをしているが、魔素球も涙のような形状に変わっている。コラーの言う通り、法術の修行が一番短いのがパニシュなのだ。
「あ、スペックここにホクロあるね」
「お、だんな正解」
「リッカもいい調子だな」
リッカは法術の中でも特に難しい、波長の完全同期の修行を進めている。コラーに言わせるとスペックはツンツン頭の髪型をしている、生意気に見える青年の姿に見えるそうだが、リッカにしてみれば黒と白が混ざった影が立体的になっているようにしか見えていない。
波長の隅々までピッタリと合わせる事でその姿が見えるのだが、これが凄まじく難しい。コラーの講義が始まってからずっと、スペックと向かい合わせに座り、スペックの特徴を徹底的に探る修行をしている。
「やっぱり、髪の毛は剥げているようにしかみえない」
「ひでぇな!! ちゃんとあるだろうが!」
「あっ! ホクロから毛が出てる」
「なんでそれが見えてんのに、髪の毛見えないんだよ!」
気軽に掛け合いをしながら修行を続けているリッカ、それにつき合わされているスペック。一方がアンデッドである事を忘れそうなほど、その掛け合いは軽やかだ。
ここにいるのは墓守ばかり、アンデッドに魔素の波長を合わせて声を聞き、その姿を目に入れる事ができる希少な技術の持ち主の集まり。ここでなければ、リッカは虚空に向かって一方的に話続ける奇妙な人であり、スペックは誰にも気が付かれる事なく掛け合いの相手をしているつもりの哀れな存在なのだ。
「仲いいですわよね」
「カッカ、ワシとこいつも仲が良いぞ」
コラーは肩に止まっている白いカラスを撫でると、カラスは心地よさそうにコラーの手にすり寄っている。
「さて、ワシもこいつも腹が減った。そろそろ切り上げて飯に行かんか?」
「あ、いいんですか? 行きます!」
「私も行きますわ」
「僕はパスします」
「カッカ、言うと思ったわい」
パニシュはコラーの誘いを断るが、これはいつもの事。パニシュは人混みやザワザワした場所を苦手としており、冒険者独特の街でワイワイやっている環境を避けるために墓守になったような男なのだ。
もちろん、相棒のバカルラムもその事は良く知っており、騒がしい所にいると心配そうにパニシュを見つめるようになる。
「バカルラムと帰って食事作りますよ」
「苦手な所に行く必要はないからな、ワシも昼に開いている店には行かん」
「すみませんね、性分なもんで」
「カッカ、ワシも人の事は言えんからな、さぁ今日は終わりだ。リッカと嬢ちゃんをオススメの店に案内してやろう」
パンパンと手を叩いて、今日の講義の終了の合図をする。
手を振りながら、バカルラムと帰っていくパニシュを見送るリッカは、今日の食事を楽しめる予感を強く感じて、頬を緩ませていた。
今週も追加更新ガンバリマス!!