第57話 死人のカラクリ
夜が明けたリッカ達は教会に寄った。昨夜の事を話すと今日の修行は免除となったが、カミュの所に排水路で見つけた宝石がはめられた金属を持っていくように言われた。
墓守の仕事は終わらない。
世間では禁欲期間とされ、この時期は肉や魚などは口にせず、甘い物をはじめ酒や煙草などの嗜好品は控える事が推奨されている。
冒険者や戦士、そして人間から遠いとされている種族の中には教会と縁が遠い者も多いので、全員が守るわけではないが、この時期は酒場は開店休業となり、甘味を扱う店は休業となる。
職人がいつも加えている煙草や煙管も片付けられて、煙草を嗜む人は干した果物を噛むなどして口元の寂しさを紛らわせているが、元々の渋い顔にイライラした感情が足されるので、やっぱりお客はすくなっている。
「よかったですね、今日は修行免除です」
「でも、帰れないんですね……」
街は禁欲期間であるためか昼間でもいつもより静かになっている。
墓守は禁欲期間は修行期間でもあるが、昨晩の仕事の内容を見てカルド神父から十分に修業していると判を押してもらっている。
「カルドのおっちゃんも人使いあらいよな」
リッカとカルア、そしてスペックはゴーレムの研究者であるカミュの所へと向かっている。
今日の修行が免除されるかわりに、排水路から引き上げた宝石付きの金属版を届けるように言われている。
陽は高く上り、墓守やアンデッドにとっては真夜中と大差ない時間になっている。
「日差しがまぶしくて、早く寝たいですわ」
「そうですね。でもカミュの事だから話長いんだろうなぁ、太陽がつらいよ」
「2人ともアンデッドみたいだな」
「昼間に歩きまわるアンデッドに言われたくないんだけどね」
浮かない顔で、背中を丸めて歩く墓守2人の後ろから1人だけ元気な幽霊が付いて来ている。
カミュがいる魔術研究所に到着すると、相変わらず重厚な作りの門の左右に今日は人間のように立っているドラゴンの彫像が並んでおり、腕組みをしてリッカ達を見下ろしている。
「おー! これもカッコいい!」
「また、変わってるよ……おーい! カミュ! 聞こえてるでしょ、開けて!」
並んでいるドラゴンの目が同時に光、腕組みを解くと門を一気に押し上げる。さらに顔の向きを正面に向け、門番が道を開けたような姿勢で静止する。
「「通るがよい」」
ドラゴン達が同時に渋い声で通行の許可を出す。魔術研究所の周りにいる多数のゴーレムたちも左右にパッと分かれて通り道を作る。
「やっぱり、悪趣味ですわ」
引きつった笑顔のカルアを連れて、研究所の中に入る。スペックはキョロキョロとゴーレムを見回して小躍りしている。黒い影のようなスペックの体なので、その表情までは読み取れないが、新しいオモチャを見つけた男の子のような顔をしているに違いない。
中は相変わらず散らかっており、薄汚れた白衣を引きずってボサボサ髪のカミュが姿をみせる。
「やぁ! 我が親友とその仲間達よ、よく来てくれた。話は伝書を飛ばしてもらったから聞いているよ、金属にはめ込まれた魔石をみつけたんだって? それはゴーレムの機構にも使われる物なのだが、それがハブゅ!!」
リッカはいきなり語り始めたカミュの顔面へ、光を失った宝石がはめ込まれている金属版を押し付ける。
「これが、排水路にあったんだ。宝石は壊しちゃったけど、分析よろしく。僕からすると嫌な予感しかしないから、急ぎでね」
顔に押し付けられた事を気にも止めずに、カミュは金属版を台の上に置いて、手近にあった工具を手に取ると、あっという間に分解してしまう。
宝石はポコッと気が抜ける音を立てて外れ、金属版も2枚に分けられている。金属版の中にはいくつもの細かい金属のパーツが取り付けられていて、ジャラジャラという音と共に台の上に並べられていく。
「ふむ、大体終わったぞ、親友。このサイズなら魔石のストックがあったな。少し待っていてくれ」
取り付けられていた宝石にそっくりな魔石を持ってきたカミュは、いくつかのパーツを取り換えながら元の形に戻していく。
長方形の板に魔石がはめられた状態になると、リッカがナイフを突き立てる前のように紫色の光を放っていた。
「おー、元に戻ったんだ」
「幽霊、出てきませんわよね?」
「それはないな、これは魔素を吸着する機能があるだけだ。排水路にあったと言っていたな、なら水に溶けて流れて行ってしまう魔素を拾い集めて、そのついでに負の感情まで巻き込んだんだろう」
カミュは魔石を外す。外した瞬間に魔石に宿っていた紫色の光は失われ、明るい紫色から暗い紫へと色を変えている。
「あとは、この親友が壊した宝石だが魔石に違いない、一般的なタイプではなさそうだからこれは調べておく、結果は後日また教会に手紙でも出すとしよう。ただ、不吉な結果が出るとしか思えないんだがな」
「わかった。じゃ、今日の僕らの仕事は終わりだね、カルアさん帰りましょう」
「やっと終わりですのね、今日は疲れましたわ」
ふっと肩の力を抜いたカルアは玄関の方に向かって歩いて行く、昨日からずっと寝ないで仕事をしているのだ、そろそろ疲労も強くなってきている頃のはずだが、それを感じさせない強さがある。
荒っぽい性格をしていたと言っても貴族のお嬢様、徹夜なぞ初めての事だったに違いない。
「ねぇスペック、お嬢ちゃんって呼ぶのどっかで直してあげてね」
「ああ、そうだな、だんなと親友さんの話も集中切らさずに聞いてたからな、生きてた頃の俺だったら寝てるぜ」
お嬢ちゃん扱いが終わりになる日は近いのかもしれない。
カルアが1人の法術使いとして独り立ちするのか、悪魔付きと言われた噂が消えた頃に貴族の社会に戻るのか、それはまだ分からない。
「そうだ、カミュ?」
「なんだ、親友?」
「結果は聞きにくるから、ゴーレムに届けさせるのはやめて、絶対やめてね」
「残念だ、玄関に居たドラゴンタイプに神輿でも担がせて届けようと思っていたのに」
カミュに釘を刺す事が出来ただけで、徹夜明けの雑用を引き受けた価値があった。リッカ達を心からそう思っていた。
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