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墓守は今日もアンデッドと共にある  作者: ピーター
第2章 墓守リッカと初めての弟子
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第55話 薄汚れた水から

無数の唇の覆われた幽霊、払って魔素に散らせたはずなのに、再び現れた。消される事のない負の感情の固まり、救われる事はなく苦しみを叫び続ける無数の唇は、呪詛をまき散らしながらも、救いを求めるかのようであった。

 音もなく水路に続く階段を、大量の唇に全身を覆われた幽霊があがってくる。

 リッカは喉に向かって込み上がってくる胃の中身を無理やり押さえつけながら、清めの酒の瓶を両手に構える。

 普通に法術を使っただけでは幽霊の魔素は動かなかった。大量に浮かぶ唇の1つ1つがこの周辺から集まった生霊の固まり、一度払ってしまえば戻ってくる事はほとんどない。リッカはこの疑問の答えを探すが、吐き気と目の前の幽霊にも注意を払っていることもあり、思考に集中できない。


「うっぷ」

「コロシテヤル」


 階段をあがりきった幽霊は地面を滑るようにしてリッカに手を伸ばしてくる。

 ゆったりした動きから、近寄ってくる時だけは風のようにはやい。見えていたとしたら腰を抜かしそうな程の異形な姿を瞬きをせずに見つめ、幽霊の手に浮かんだ唇がリッカに触れるかという所まで堪える。


「はっ!」

「アァァ!!」


 手についている唇が震えて叫ぶ、波長が合っていると負の感情が流れ込んできてしまうため、波長をずらしながらギリギリまで引き付けて、体を捻るようにして幽霊の手を避ける。

 目のすぐ横を通ったと思うと、唇が大きく開き、リッカの顔のあった場所をかみ砕くようにしてガチリと閉じる。手のひらや腕についている唇も同じようにガチガチと歯を打ち鳴らす。リッカの中に不気味に思う気持ちが沸き上がるが、冷静なまま両手の清めの酒を辺りにまき散らす。

 当然自分にもかかり、目にかからないようにあげていた髪も酒に濡れて、目の前に垂れ下がる。


「うっぷ、もう限界、つらいのは終わりだからね! さようならだ!」

「コロシテヤル! コロ、シ……」

「アァァ! ァ! アァ……ァ……」

「イッショ! イ、ショ……」


 周囲の魔素を清めの酒の力を借りて一気に散らす。

 音はしないが、布団を叩いた時のホコリのように幽霊の体が魔素に還り辺りに散っていく。風も強くないのにも関わらす、リッカの法術で風に吹き飛ばされるように幽霊の体が世界へと還る。

 無数の唇の放っていた叫び、呪詛の言葉、悲しみ、憎しみの声は聞こえなくなった。

 

「はぁはぁ、うっぷ!」


 リッカは一息つくまでもなく、階段をかけおりて川沿いにしゃがみ込む。背後でドアが開く音がするが、それどころではなくドアが開いた事にすら気が付かない。


「だんな~! お湯だぞ~ってやっぱり吐いてるじゃん」

「もう終わったんですか?」


 お湯と雑巾のはいった桶を持ったカルアの隣からスペックが声をかけ、カルアも除霊が終わったと持っているのか、特に警戒する様子もなく外に出てくる。


「うっぷ、はぁはぁ、まだ!」

「え!?」

「え? そうなの?」


 リッカが叫ぶと同時に水路の真ん中から全身に唇を浮かべた幽霊が立ち上がってくる。

 それに気が付いたカルアは桶をスペックに投げ付けるように渡して、清めの酒とナイフを抜いて構える。


「おおっと!」

「うっぷ、払っても払ってもあそこに戻るんです。スペック! 一瞬引き付けて!」

「リッカさん私は!?」

「下がって! 清めの酒を用意しててください」


 スペックは桶のお湯がこぼれないようにそっと、足元に置くと代わりに転がっている石を手に持つようにして浮かび上がらせている。

 一方カルアは浮かない顔をして、清めの酒とナイフを構えたままドアの前に立って中から人が出てこないようにする。


「……やっぱり、まだまだですのね」

「そりゃあ、まだまださ、お嬢ちゃんだからね」


 浮かび上がらせた石はスペックと同じような黒い魔素に包まれていく。体の無いスペックは振りかぶったりする必要は無いのだが、わざわざ片足を大きく上げてから振り下ろし、反動をつけるようにして黒い魔素に包まれた石を投げつける。

 無数の唇をカタカタと音が鳴るかのように震わせながら、リッカに近づいていた幽霊に吸い込まれるように石が飛んでいく。


「アアァ!」

「コロス、コロシテヤル!」


 標的をリッカからスペックに向けたのか、走るようにスペックに向かって行く。

 悪霊と呼ばれるアンデッドは周囲にある魔素を貪欲に取り込む、時には同じアンデッドすらも取り込み、ゾンビなどの実体のあるアンデッドならばその体を奪い取ることすらやってのける。

 スペックを食えると判断したのか、リッカの横を通り過ぎてスペックに滑るように近づき、掴みかかっていくが、狭い水路脇の道にも関わらず、スペックは体をねじったり、飛び跳ねたりして幽霊の腕をかわしている。


「おっと! よっ! だんな~、どれくらい稼げばいい!? おわぁ! アブねぇ!」

「ごめんスペック! 見つけるまで頑張って! うっぷ」


 リッカは水路に飛び込むと、幽霊の出てきた辺りの水底に手を突っ込んで手探りで幽霊に関係する何かを探し始める。

 排水が流れている水路なので、水底は粘り気のある土とも砂ともつかない物に覆われている。指先から伝わってくる気色の悪い感覚を無視して、水底を探り続ける。


「おわ! だんな! こいつやばいって!」


 スペックの声がリッカとカルアに届く、リッカが顔を上げると、幽霊の腕が増えており蜘蛛のようなシルエットになっている。

 唇の数もさらに増えており、おぞましい姿へと変わっていた。


「おかしい、あんなに急に育つ事はない。 スペック、頑張って!!」

「だぁぁ! 無茶いうなって!!」


 器用に体をねじったり、転がるように動いたり、一瞬霧のように体を変えたりと、次々に繰り出される腕を全てかわしていく。


「私も!!」

「嬢ちゃんダメだ! 嬢ちゃんだと『入られ』ちまう!」


 この唇の幽霊は、娼婦の館に来た女性達の嘆きの固まりだ。今日、リッカとカルアが払ってきた生霊になりかけの想いが払いきれずに残ったものだ。女達の想いなので、男性であるリッカよりも女性のカルアの方が同調しやすい。

 こうした思いの固まりは厄介だ、一度入られるとその感情に支配されてしまう。墓場にも自分の感情を押し付けてくる生首のような幽霊がいるが、ここにいるのはそれが寄せ集まったような悪霊に他ならない。

 スペックの叫ぶような声を聞いて、カルアは唇をかみしめながらドアの前に戻る。


「あった!」


 声をあげたリッカは水音を立てて、顔まで水につけて両手を水底に付けて手に触れた板状の物を引き上げる。

 ザバっと水音を立てて、手にした金属版に紫色の宝石のような物がはめ込まれてプレートを持って水路の階段を駆け上がる。

 全身に生臭い臭いが染みついているが、それを気にしている余裕などない。


「カルアさん! これに清めの酒をかけて下さい! 早く!」

「は、はい!」


 呼びかけの声に驚いたのか、焦りながら清めの酒の瓶を逆さにして、バシャバシャとリッカの持つプレートに酒をかけていく。


「はっ!」


 リッカはナイフを抜いて気合を入れるかのように息を吐き、ナイフを宝石に突き立てる。

 乾いた枝が折れるような音がすると、宝石は黒ずんでいき、濃いくすんだ紫色にその色を変える。


「うっぷ、もう一回!」


 リッカは濡れたローブから最後の1本になった清めの酒を取り出して、ローブを脱ぎ捨てる。

 腕も唇の数もふやしてスペックに襲いかかる幽霊に向かってもつれる足を強引に抑えながら、走って距離を詰める。


「オオオォオ!」

「コロシテヤル!」

「スペック合わせて!」

「はいよ!」


 大きく腕を振って、清めの酒を撒き散らずようにして幽霊の全身にかける。

 それと同時に大きく叫ぶ。


「オン! はっ!」


 先ほどまでは音もせずに散った幽霊が、パンと手を叩いたような音を立てて霧散する。

 リッカが操って世界に魔素を還すのとは別に、スペックが幽霊に押し付けた魔素を体を霧のように変える要領で幽霊の体ごと散らせたのだ。

 2つの力で無理やりに散らされた魔素は風船が割れるように世界を一瞬だけ押し広げ、そして消えて行く。

 

「う、スペック、カルアさん、後頼みます……」


 法術の使い過ぎによる『酔い』がピークに達したようで、リッカは倒れ込む。うっぷうっぷと吐きそうになりながら、地面に抱き着くような姿勢をとっている。


「しまらねぇなぁ」

「終わりましたの?」

「多分な、でもだんなは何ひろってきたんだ?」

「分かりません、でも、不吉な物なのは間違いないですわ」


 水路からは何事もなかったかのように水が流れる音が聞こえている。

 負の感情を纏った幽霊が再び現れる事はなく、静かな夜の風が通り抜けていった。

読んで頂きありがとうございます。

何か、まだまだ文章力が付かない、もっと面白く書けそうなのに!

頑張れ自分!


楽しめる物がかけるようにこれからもガンバリマス。

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