第50話 朝食と練習
カルアを休みにさせて、墓守の仕事をこなしてきたリッカ。
食事をしてベッドに倒れ込みたかったが、今日はそれはできなかった。
相棒のスペックが居るとはいえ、街中の幽霊が出たという証言の場所の調査、そしていつもの墓地の見回りこれらを済ませて家に帰ってきた所。普段なら食事をとって、お気に入りの割り酒を引っかけてベッドに倒れ込むだけなのだが今日は違っていた。
「リッカさん、球体の作り方をもう一度見て下さい」
「カルアさん今日はお休みにしましたよね?」
「食事とか一瞬でも気を抜くと散っちゃうんです! これでは修業期間失敗になってしまいます! コルフィ家の名を背負う以上、脱落は許されないんです!」
リッカが家に帰ると、ふわふわの金髪をボサボサにして目に涙を溜めたカルアがそこにいた。
教会に所属している人は定期的に修業期間と言われる生活に制限をかけて自分自身を高めたり、日常に感謝をするという風習がある。
今回の修業期間は法術を使う者達は技量向上のためにそれぞれが魔素の球体を作り、それを維持したまま生活するという内容になっている。ある程度の技量があれば大した苦労はないが、カルアは自分の感覚だけでこれまで法術を使ってきている。
拳でアンデッドを叩き潰すという高度な事をやっているのに、基本とも言う魔素の操作は素人と大差ない。
「ご飯食べて、寝たいんですが……」
「だんな、教えてあげたら? 俺は寝るけどさ」
「スペックは寝れないでしょ、わかりましたよ、食事しながらでいいですか?」
「かまいません! お願いします!」
カルアが思いつめたような表情をこちらに向けてくる。
法術を十分に習得していない者は無理にこの修行をこなさなくても良いが、ある程度以上の法術が使えると思われているカルアなので、この修行が出来ないとは言えないというのが、カルアがコルフィ家という貴族の肩書があるからなのだ。
貴族の世界はいかにスキを見せないかと言う事も必要、最初の修行をこなせないという事があれば汚点になってしまう。
「じゃあ、まず小さめに魔素の固まりを作ってみてください」
「こ、こうですか?」
リッカがそういった後に肩の辺りには魔素が集まって、こぶしくらいの大きさのキレイな灰色の球体が浮かびあがってくる。法術が使えなければこの球体は見えないが、少しでも法術が使える者からすれば、不思議な球体が浮いている事がわかる。よくよく見ると球体の中は強い風に霧が吹き飛ばされるように灰色の靄が動いている事が分かる。
対してカルアの魔素は右手の上に歪んだ球体が姿を現している。リッカの球体に比べたら、中は色々な方向から同時に風が吹いているようにグチャグチャになっている。
「それだと、魔素の流れがごちゃごちゃです、一定に流れるように」
「はい!」
声をかけられたカルアは魔素を操作しようとするが、歪んだ球体がぐにゃぐにゃと姿を変えながら、大きくなったり、小さくなったりしており、中の魔素の流れはさらにゴッチャゴチャになっている。
必死になっているカルアの様子を見ながら、リッカは少し固くなってきたパンに香草が入った油を垂らしてかまどに火を入れてあぶっている。
「カルアさん強ければいいってもんじゃないんです。強すぎたら焦げるし、弱すぎたら焼けません」
「はい!」
「コップに水をそそぐのも、勢い良すぎたらこぼれます。程よい力ってのがあるんです」
油に火が入った時のしっとりとした空気に乗って、香草の爽やかで刺激的な香りが周辺に漂ってきた所でお皿にパンを移す。
カルアにアドバイスをしながら、愛用のゴブレットに割り酒を入れてから水を注ぎ入れる。色のついた割り酒が注がれた水によって煙のように揺らめいて徐々に濃い茶色から透き通った茶色へと色合いを変えていく。
カルアの魔素の球体も歪な形から徐々に球体に姿を変えている。
「そうそう、いびつな所というのは、濃い所と薄い所があるからです。最初に上手く混ざってしまえばあとは簡単です」
「紅茶とお砂糖のような感じですね」
「そうですね、混ぜないと下に溜まってしまいます」
「お嬢ちゃん、そのイメージいいぜ」
カルアの手の中にある球体は歪ながらも、段々とキレイな球体になっていっている。
魔素は一定の形をとった方が扱いやすい。幽霊をはじめとしたアンデッドも顔なり、人の影のような形だったり、体や媒体を持ったりするのも『形』を取ったほうが安定するからだ、不安定な魔素はそよ風にすら流されて散って行ってしまう。
法術を使う者達は、この特性を活用してアンデッドが形作れないように魔素を徹底的に散らす事で、消し去っているのだが、逆の事をして魔素を集めて形作る事をすればアンデッドへ意図的に力を与えることもできる。
「いい感じですね」
「だんなより、法術も上手くなったりして」
「頂きます」
リッカは食欲をそそるパンに齧りつくと、ザクっと心地良い音を立てながら口の中に油の食べ応えと次の一口を早く食べたくなる香草の香りが口から鼻へと抜けてくる。
口に詰め込みたくなる衝動をグッとこらえながら、一口分のパンを歯ごたえを楽しみながらかみ砕いて行く。油は十分な熱さを保っており、口の中には焼きたてのパンの熱さも伝わってくる。
「うん、美味しい」
「リッカさん、人が真面目にやっているのに食事ですか?」
「食べながらでいいって言いましたよね?」
「本当に食べるなんて……」
「お腹空いているのですみませんね」
焼きたてのパンを楽しみながら、割り酒を流し込み熱さと一緒に飲み込む。香草の香りとお酒の香りが一緒に帰ってきて、心地よい後味と香りが口と鼻を撫でて行く。
「あの、リッカさん何を飲んで……」
「お酒ですよ」
「おお、お、お、お酒!?」
パンッと音を立ててカルアが持つ、魔素の球体がはじけ飛ぶ。
「あーあ、弾けちゃった」
「集中が乱れたんですね、お酒がなにか? はぶわぁ!」
はじけた瞬間にカルアの手がギュッと握られて、リッカの顔面に叩きこまれる。
サクサクというパンを食べる音とは明らかに違う、固くて重い物がぶつかる鈍い音が部屋に響き、同時にリッカが床に倒れる。
「おお、女と二人キリの時に、お、お酒なんて!!」
「おーい俺もいるよー」
「いった~、落ち着きましょうよ」
殴られて床に倒れたにも関わらず、リッカが浮かべた魔素の球体は変わらずにその姿を保っている。パンを齧り、ゴブレットを傾け、カルアに殴られたにも関わらず、安定して浮かび上がったままだ。
「とにかくお酒は止め、て、あれ? なんで魔素の球体乱れないんですか?」
「何時いかなる時でも冷静に平常心、魔素の操作の基本ですよ」
「感情を押し殺してもよくないし、まっすぐに出し過ぎても良くないんだよ。俺みたいに自然に生きるのがいいんだぜ」
「いや、スペック死んでるでしょ」
ぽかんと口を開けているカルアだったが、自然と笑顔を見せていた。リッカとスペックのやり取りが面白かったのか、殴り飛ばされても怒らないというリッカの心の広さに触れたからなのか、それは分からない。ただリッカの周囲に浮いている魔素の球体だけがリッカの心が乱れていない証明だった。
「とりあえず、お1つどうぞ」
「あ、はい」
カルアはリッカが作った香草の香りが心地よい焼きたてのパンをかじる。
「これは、確かに葡萄酒が欲しくなりますね、美味しいです」
「はい、そこで球体」
「え? あっはい」
ふわりとカルアの手の中に現れた球体は、先ほどよりも球体に近く、最初の歪さもなくなっている。
そのまま、カルアは再びパンを齧るが魔素の球体は揺れる事もなく、その場にとどまっている。
「ね、美味しいですよね」
「そうですね」
「嬢ちゃん、いい顔もできるじゃん」
穏やかな微笑みを浮かべながら、カルアはパンを齧っていた。
リッカとカルアが操る魔素の球体も揺れる事なく、その場に姿を現したままになっている。
追加更新ができませんでした。
体調を優先して回復に努めます。
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