第47話 返却
指輪を見つけたリッカ達は、悪魔の指輪ではない事を教会のカルド神父に直接見てもらっていた。
指輪を見つけたリッカとカルアは教会に報告に来ていた。川底から見つけた指輪は銀色のリングで宝石や文様などは刻まれていない、とてもシンプルな形状をしている。
街中にばら撒かれた悪魔の指輪は魔術がかかってるが、この指輪からは魔術の気配は感じられない。それでも念のため確認が必要というのが教会の方針。会議室の机を挟んでリッカとカルアの向かい側ではカルド神父が指輪を手に取り、熱心に調べている。
「なんの変哲もない、ただの指輪ですわね」
「僕もそう思います」
「うん、魔術の気配もないよね」
カルド神父がコトリと指輪を机に置く。
「問題なしだね、それで、どうしよっかコレ」
「持ち主の女幽霊さん調べますよ、家族がいるならお返しします。カルアさんにも良い実戦になりますからね」
「はいよー、それじゃ任せた」
カルド神父は忙しそうに退室する。これから朝の祈りの時間になるので焦っている様子を隠そうともせず、ドアも半開きのまま、バタバタと礼拝堂に走っていく。
「あんな、落ち着きなくて大丈夫なんですか?」
「あれでも人望あるんですよ、さて、返却の許可ももらったので今日行きましょう」
「え? これからですか?」
カルアは悲しそうな目でリッカを見ている。すでに夜通し墓地を歩きまわってアンデットと関わっているのだ、体も心も十分に疲れているので暖かい布団があるベッドに倒れ込みたいと顔に書いてある。
「もちろん、今日の夕方です。今は帰って寝ましょう」
「そうですね、そうしましょう!」
リッカとカルアも教会の前で分かれて、朝の涼しい風の中を太陽の光に照らされながら歩いて行く。太陽が大地に姿を隠すまでが、墓守にとっては眠りにつける夜の時間になる。
まだ生活のリズムが合わせ切れていないカルアは、深夜に目覚めてしまった落ち着かなさと、爽やかな朝に目を覚ましたような気分がごちゃまぜになった気分で家に帰っていった。
◇
街の人々はそれぞれの仕事に打ち込み、街中には活気があふれる。太陽の日差しが降り注ぐ中、墓守は窓を閉めて布団に潜り込み一時の安らぎを得る。
人々が仕事を終えて、家路に着くころに墓守は目を覚まし、灰色の上下と黒いローブを身に纏う。酒場や宿屋を営む人達は店を開け、冒険者や酒と食事を求める人々を迎え入れる。そんな人達が行き交う中を墓場や幽霊達が過ごす暗闇に足を向けて行くのが墓守だ。
「やっぱり、嫌な物を見る目を向けられるのは慣れません」
「そういうもんですからね」
「アンデッドって縁起悪いからね、それと仲良くしてる墓守も同じように見られるもんさ」
「スペックが言うとなかなか複雑なセリフだよね」
墓守のリッカとカルア、相棒のスペックは先日指輪を見つけた街中の川に来ていた。
カルド神父に普通の指輪であると確認をしてもらったので、今日はこの指輪を持ち主の家族に帰すのが目的だ。
川の近くで話をする墓守2人へ街の人達は怪しい物を見る目を向けながら通り過ぎていく。
「それで、どうやって持ち主の家を探すんですか?」
「本人に聞きます、さっそくやりますよ」
リッカはローブのポケットから指輪を取り出し、手のひらに乗せると周辺の魔素を集めて行く。
最初は周囲の魔素が動いているだけだったが、徐々に魔素が靄のようになり、少しずつ人のような形を取っていく。
目を凝らさないと見えない程、薄い靄が集まったり離れたりしながら、腕と足、そして胴体と頭へと影のように姿を現していく。
「指輪、あった」
不意にリッカとカルアへ声が届く。
幽霊が姿を現して、その意思を示せるようになった瞬間だ、以前は声を聞くための波長を合わせるのに苦労したカルアだったが、幽霊の声と同時にそっちへ視線を向けているのだからハッキリと聞き取れるほどに波長を合わせる事ができていた。
「こんばんは、この指輪ですね」
「指輪……」
「よかったですわね」
「えっと、すみませんが名前とお宅を教えて頂けますか? 指輪お届けしますよ」
「私と、ターキーの……」
リッカが手のひらの上に置いていた指輪がふわりと浮き、幽霊の左手の所を上がったり下がったりしている。幽霊は指などは曖昧な形になっているのでハッキリとしていないが、指にはめているように見えなくもない。
幽霊は指輪を付けたまま、ゆっくりと歩きはじめる。周りの人から見れば、指輪が宙に浮いているように見えるはずだが、近くを墓守が歩いているのであれば、また縁起が悪い事をしていると思われるだけで、騒ぎになる事はない。
「さ、カルアさん一緒に行きましょう」
「え? ついていくんですか?」
「指輪、ご家族がいれば直接返しましょう、ターキーって名前も出ましたからね」
ふわふわと歩く幽霊についていく墓守2人ともう1人の幽霊のスペック。不気味な一団が住宅街を進んでいく。
辺りは日が落ちた後の濃い青の世界から、黒と闇が支配する夜の時間になった頃、指輪を持った幽霊はピタッと足を止める。その目の前には小さな家の玄関があった。
幽霊は玄関のドアに手をかけた途端、煙が風に吹き飛ばされるように消えてしまう。指輪も幽霊が消えると同時に地面に引き寄せられるが、リッカがそっと手をだして受け止める。
「よっと、落とす所だった。帰ってこれてホッとしちゃったのかな?」
「リッカさん、なんで消えるって分かったんですか?」
「こういう幽霊って『帰れた』とかそういう事で満足して魔素に還ったりすることもあるんですよ、ただの経験というか慣れってやつです」
リッカはドアを叩きながら声をかける。
「すみませーん、教会から来ました。ターキーさんはいらっしゃいますか?」
「はーい、どなたですか?」
若い男性の声がするとドアが開かれ、筋肉質で健康的な男性が顔を出す。
「え? 墓守? なんの用ですか?」
「突然すみません、ターキーさんのお宅はこちらでよろしいですか?」
「ええ、私がそうですが、なんですか?」
「これを」
リッカがそっと指輪を見せる。
近くの生活排水が流れる川から見つかった事を伝え、幽霊とはハッキリ言わず魔素を辿ってきたらここについたという話をする。
若い男性は、ゆっくりと指輪を手に取ると、寂しそうな笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます。これは亡くなった私の妻が持っていた物です。結婚したあと、大きな病気になって、あの川の所で指輪落としてしまったんです。病気で痩せてしまっていて、指まで細くなってしまっていたんですね」
「そうでしたか、失礼ですが亡くなられたのはいつの事でしょう? お墓へ指輪が見つかった事をお伝えいたします」
「もう7年になります、お墓へは私が直接行きますから、お気になさらず。ありがとうございました」
「え! そ、そうですか7年もでしたか、私たちはこれで失礼いたします」
リッカは丁寧にお辞儀をしてから玄関のドアを閉めて、夜の道を歩きはじめる。
「だんな、どうしたの驚いてたみたいだけど」
スペックが声をかけるが、リッカは口元を隠すように手を置いて、考え事をしながらあるいている。
スタスタと早足で歩き、指輪が見つかった川の所まで戻ってくると、目を閉じて周辺の魔素を探っていく。ゆっくりと食事をする人でも食べ終われる程の時間が過ぎた頃にゆっくりと目を開ける。
リッカはナイフを抜きながら、川にかかる橋に近づき、石の隙間にナイフを入れてゴリゴリと動かし始める。
「さっきから何しているんですか?」
「そうだぜ、だんな教えてくれよ」
「あった! 媒体も持たない幽霊が死後7年も意識を持てるほどの魔素は保てない。必ず何かあるとおもったんだ」
リッカは引き抜いてきたナイフの上には紫色に輝く小さな水晶が乗っていた。
見方によってはキレイだが、今日は月の明かりも薄いほどの暗い夜。それにも関わらず、水晶は光っていた、つまり紫色の光を自ら放っていた事に他ならない。
「これは?」
「おそらくですが魔素を集める石です。指輪を媒体にして、家の中にいる幽霊なら何十年とそこに居る事もありますが、例え媒体があっても野外で流れる水の中に媒体が落ちてしまえば、幽霊はあっという間に散っていくものです」
「つまり、どういうこと?」
「仕事増えたってこと」
リッカは不気味に光る水晶を、布でくるむとポケットにしまいこんだ。何とも言えない嫌な予感を感じながら、再び夜の街を歩き始めた。
遅くなりました。
なんとか上げられました、ちょっと忙しいのが落ち着かない。
今後もボチボチ頑張っていきます。
『楽しく続ける』『エターナルしない』を目標にがんばります。