第46話 探し物
悪魔になった神父モーラがばら撒いた指輪は全て回収されたわけではない。今でも街のあちこちに残っているかもしれない。
いつもは日が沈む頃に灰色の上下と黒のローブを身に纏い、夕焼けに照らされながら墓場へと向かうが、今日はいつもの縁起が悪い墓守の服はキレイに洗われて、風に吹かれている。
寝間着姿のリッカは服をしまってある棚をガサゴソとひっかきまわしている。
「どこしまったっけかなぁ」
「だんな、何探してんの?」
「ドブ掃除とかに使う作業服、どこしまったっけ?」
「しばらく使わないからって下の箱にいれてたよな」
スペックの言う通りに箱を引っ張り出してみると、革を張り合わせて作ったズボンが出てきた。普通のズボンと違うのは胸元まで布があり、つま先まで布に覆われてズボンと靴を一緒にしたかのような作りになっている。
これを履いていれば、腰くらいまで水に浸かっても濡れる事はない。沼地や水路で仕事をするときには便利だが、日常生活では滅多に使わない。
「さすが、スペック母さん」
「だれが母さんだよ、そんなもん引っ張り出してきて何するの?」
「探し物するんだよ」
コンコンとドアをノックする音がしたと思ったら、玄関のドアが音を立て開き、太陽の光とともに金髪をまとめ上げたカルアが入ってくる。
カルアも墓守の服装ではなくリッカが引っ張り出してきたような、靴と一体化したようなズボンに使い古した手袋の上にいつもの黒いローブを身に着けている。
「おはようございます。こんな服装初めてしましたわ」
「すみません、こんな下働きみたいな仕事で」
「これも墓守の仕事なんですよね、なら構いません」
「おー、嬢ちゃん根性あるなぁ、お高くとまった貴族様とは思えないわ」
「貴族っぽくなくて悪かったですわね」
「じゃあ行きましょうか」
リッカは黒いローブを羽織って、庭にある物置から棒の先にカゴや塵取りのような金具が付いた道具を取り出して肩に担ぎ、反対の手には水の入った大きな水筒を持って真昼間の明るい道を歩いて行く。
商店街を抜け、リッカの家がある所とは別の地区の住宅街に入る。街中に張り巡らされた水路の中でも排水を流すお世辞にもキレイとは言えない水路にかかる橋に着くと足を止める。生活用の水路にしては大きく流れる水は濁っていてハッキリ言って汚い。
「こ、ここですか?」
「そうです。この小さな橋の上に幽霊が現れては『指輪』と言いながら水の中に入っていくそうなんです」
「でも、なんでドブさらいを?」
「『指輪』だからです。モーラ神父がばら撒いた指輪がありましたよね? しばらく放っておけば魔素に還る事も多い幽霊が何度も現れているから、まだ指輪が残っているのかもと教会は疑っているんので、わざわざ調査に来たんです」
「こんな汚いなんて思わなかったですわ……」
カルアのイメージではそこまで汚い所とは思わなかったのだろう。
濁った水の中にリッカが棒の先に付いたカゴを沈めて、グリグリと動かしてから引き上げると、真っ黒な泥の中に色々なゴミが混ざった物が引き上がってくる。ベチャリと道の端に落とすと、中から泥と同じ色のスライムが飛び出して川に飛び込むように逃げて行く。
「キャー!! スライム!! こんな川の中なんて探せるわけないですわよ!」
カルアは落とした泥の固まりから逃げるように飛び退いている。驚いたのか、スライムを見て気分が悪くなったのか、怒りを宿した瞳のわりに顔色が悪い。
怒っているというよりも、困惑が見て取れる声色で、探せない探せないと繰り返している。
「やっぱり根性ないじゃん」
「カルアさん、これも仕事なので……」
「うっ……」
貴族だったといっても教会の仕事をするようになれば、こうした汚れ仕事も当然回ってくる。貴族の立場では触れるどころか視界にも入らないような仕事も、信仰と人々のためにこなす姿があるからこそ、人々から評価されるようになる。
目の端に涙をためたカルアはリッカを見つめており『やりたくない』と言葉にしないでもハッキリわかるメッセージを送ってくる。
「はぁ、じゃあ、カルアさんこの棒で水の中のゴミをここに引き上げて下さい、水路に入るのと、ゴミの中から探すのは僕がやりますから」
「ううっ、そ、それくらいなら」
「スペックは橋を見張っててね、幽霊でたら教えて」
「はいよー」
カルアが顔をしかめて、棒から伝わってくる泥やゴミの不快な感触に耐えながら川底の泥やゴミを引き上げていく。リッカは泥に塗れたゴミをより分けて目的の指輪を探していく。
何度も泥とゴミをすくい上げて選り分けて行くが、出てくるのは欠けた食器や瓶、折れた木片など本当にゴミしか出てこない。そこそこに人通りもあるため、行き交う人達からは労いの言葉もかけられる。黒いローブは邪魔になるので、脱いで道の端に置いてあるので墓守がドブ掃除をしているとは誰も思わない。
太陽も山に姿を隠し始めて辺りが赤く染まってきても、指輪は見つからない。
「みつかりませんわね」
「まぁ、小さい物だから流されちゃったかなぁ」
「あっ、だんな! あそこ!」
スペックが声を出すと橋の真ん中に魔素が集まってきている感覚をリッカもカルアも感じ取る事ができる。魔素としてはかなり薄く、時々通り過ぎる人が触れただけでも乱れてまき散らされてしまう。ぶつかった人も少しは感触があるのかもしれないが、気にも止めていないくらいなので、幽霊としては『薄い』現れ方と言える。
「指輪……」
言葉を交わすような意思はないが、指輪を探しているということはしっかりと伝わってくる。
女性と思われる幽霊はその手を川に向かって伸ばし、橋の根元に近い辺りを指す。指輪と幽霊は呟くように何度も何度も言いながら、手を水に向かって突き出し続けている。
「リッカさん! あそこに沈んでいるのでは!?」
「探しましょう!」
カルアがカゴ付きの棒を沈めて幽霊が示している場所を探る。リッカも腰まで濁った水に浸かり、水中から泥をカルアの器具に足で押し込むように入れて引き上げていく。
夕焼けに染まっていた空はどんどん暗くなり、世界は夜を迎えていた。
「もう、暗くて見えませんわ」
「あった……」
「え?」
幽霊は指輪と呟きながら川を指さし続けていたが『あった』と一言入った後に溶けるように消えてしまった。
「だんなー! あったって言って消えたよー!」
「分かったー! くみ上げた泥を洗って指輪探してー!」
カルアが水筒を取り出して泥に水をかけて洗い流していく。最初にあった嫌悪感はだいぶ薄れているのか、バシャバシャと水をかけながら泥を洗い流し、火の魔法媒体で照らしながら探していく。
「ありましたわー!」
顔に飛んだ泥も気にせずに、見つけた指輪を高く掲げる。最初の嫌悪感をどこに投げ捨てたのか、カルアは笑顔を見せている。
「へー、やっぱり根性あるじゃん」
「そりゃね『見どころある墓守』だからさ」
あったあったと何度も言いながらはしゃぐカルアに、川から上がってきたリッカとスペックは暖かな視線を向けていた。
遅くなりました。
できるだけ頑張って執筆レベルを上げて行きたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。