番外のお話し その2 ある日の頼み
気が付くと広場に立っている、孤独な幽霊は墓守と出会った。それでも孤独な時間は終わらない。
今日も日が暮れる。空は青とオレンジに染まり、白い雲も夕日に赤く照らされている。
昼から夜に姿を変えようとしている世界に合わせて、人々もまた動いていく。昼に開けていた店は閉店の準備を始め、冒険者達を迎え入れる宿や酒場はいそいそとドアを開けて看板を出している。
広場で遊ぶ子供達も夜の気配を感じ、1人また1人と家に帰っていく。
「あはは!」
「まてまてー」
中には遊びに夢中で夜の足音に気が付かない子供が2人。
夜の広場には誰にも見えず、誰にも声が届かない哀れな存在がいると言う事も知らずに、遊びの時間の終わりを迎えず走り回っている子供達。その背中に誰にも見えない手が伸びる。
「ヒッ! なんかゾクッとした」
「どうしたの? あっ、もう夕方だ」
「あっ! 今日お手伝いの日だ!」
「忘れてた、帰らなきゃ!」
誰にも見えない手はこの広場にいるアンデッド、肉体を持たない幽霊だ。
その体に触れると体内の魔素が乱され、ゾクリとした気味悪い感覚に襲われる。力の強い悪霊にもなれば、魔素が乱されるのではなく奪われる。最悪肉体そのものを奪いとられる事すらあるが、ここにいる幽霊はそんな事はしない。
「転ぶなよー」
子供達の背中に向かって声をかける。せめて心配する気持ちの欠片だけでも届いてほしいと願いながら。その声は誰にも聞こえないはずだった。そして、その姿も誰にも見えないはずだった。
「今日も子供達の見回りかい?」
「だんな、のぞきとは趣味が悪いぜ」
幽霊に声をかけたのは、灰色の上下に黒のローブという縁起の悪い服装をした墓守が立っていた。
人には聞こえない声を聞き、人には見えない幽霊の姿を見る。生きているのにアンデッドという死に近く、太陽の下ではなく草木も眠る夜を歩く存在。
趣味が悪いなどと言っているが、その声には喜びが乗っていたが、墓守には表情までは伝わらない。幽霊を視えると言っても、黒や白の靄が人型に集まっているようにしか見えていない。アンデッドはアンデッドでしかない、生きているように見えたとしても姿や心のあちこちは欠けている。
「君がいい幽霊か悪い幽霊かわかんないからね、あの子たちがお母さんに怒られないからいい事したのかな」
「親はいねーよ、あいつらそこの孤児院の子供だ」
「ん? 悪い事言っちゃった?」
「いいや、怒られないって所は合ってるよ。俺もだんなが来てくれたおかげで今夜は退屈せずに済むわ」
幽霊は気が付くと夕方にこの広場にいる。太陽が昇る明け方になると眠るように記憶が無くなり、またこの広場に立っている。
子供達がいる時間は眺めていればいい、孤児院に帰った後も近くで声や生活の音が聞こえていればそれでいい。でも、みんなが寝静まった後はずっと1人寂しく、明け方に自分の意識が消えるまで、退屈な時間を過ごさなければならなかった。
「君が悪い幽霊じゃないってのは良く分かったよ」
「別に守護霊ってわけじゃねぇけどな、ただの暇つぶしさ」
「じゃあ、暇つぶしに子供達の守護霊になってやってくれない?」
「はぁ?」
墓守を仕事にする人間は変わり者が多い。縁起が悪いと人に嫌われ、人が働く昼に眠り、人が眠る夜に起き、誰も近寄らない不気味な場所や墓場を歩く。人に見えない声を聞き、人に視えない物を見る。
だが、この幽霊に話しかけてきている墓守はさらに変わり者だと幽霊は感じる。話し相手になるくらいは墓守の仕事だが、頼み事をしてきている。墓守の仕事をよく知らないこの幽霊でも、アンデッドに頼み事をするという事が異常な事だとは理解できていた。
「この広場の前の道、少し行くと大通りにぶつかってるでしょ」
「ん? あぁ、そうだな」
「その交差点の所で、子供が巻き込まれている事故が、ここ10日間で4回も起きてる。見ていた人の証言だと、子供が急に突き飛ばされたみたいに道に飛び出して……」
「それを追いかけた親が、子供もろとも丁度来た馬車に跳ねられる」
「そうそう、って何で知ってるの?」
「この広場に来る子供とか、周りの大人が話してたぜ」
墓守は1つ息を吐くとローブから水筒を取り出して一口含んで喉を潤す。そして、幽霊の目があると思われる所へ真剣な表情と目を向ける。
「狙いが良すぎるし、さっき歩いて来たら周辺の魔素が妙だった。僕はアンデッドが原因だと思ってる」
「ちょっ! 俺じゃないぜ!」
「もちろんわかってるよ。事故は全部夕方、日が沈む寸前くらいに起きてる。僕だとあの大通りにずっといると目立つから、しばらく見張りをしてもらって原因を探してほしい」
「え、いや、それくらい、いいけどよ」
「ありがとう! 頼むよ!」
墓守は笑顔で幽霊を追いかけるときの注意点を幽霊に語る。
悪霊は、攻撃してきたり体の魔素を奪ったりと害を与えるから、見つけても離れている事。現れる時は周辺の魔素に動きがあるが、慣れない内は急に現れて、急に消えたように見えるから、消えたように見えた場所を把握してほしいということ。
くれぐれも取り込まれる事だけは避けるようにと念を押して何度も墓守は幽霊に語った。
「厄介事は得意なんでね、付き合ってやるよ」
「前職は冒険者とか?」
「あ? あぁ、そんなとこだ」
墓守は手を振って帰っていく。その姿を見ていた街の人は変な物を見る目を墓守に向けている。それも仕方ない、墓守が手を振っている相手は人ではなく、街の人の目には映らないのだから。
幽霊は墓守を見送った後、誰にも聞こえない声でポツリと呟く。
「へへ、幽霊に予定があるなんて変な話だ、でも、嬉しいもんだな」
空が明るくなり始める頃に誰にも見えない体と、その意識は溶けるように消えていった。
すみません、活動報告でもあげましたがバタバタが落ち着いておりません。
26日(月)までにもう一度更新したいと思います。
予定ある方、感染症に気を付けて出かけて下さいね。
何かする前後に消毒を、基本的な対策が最大の効果を発揮しますからね。