第45話 治療院の研修
新人の墓守には覚える事が沢山ある。
墓地を歩く事ばかりが墓守の役割ではない。
カルアが墓地の見回りに出てから、2日が過ぎた。
墓守は墓地に出るアンデッドの対応ばかりではなく、埋葬などの立ち合いや、墓参りに来る人がいなくなった墓を共同の慰霊墓へ移すなども役割になる。
必然的にゾンビやスケルトンに幽霊など、街中にも関わらずアンデッドと戦う事も多い。
「こうして、こうですか?」
「いでで! カルアさん、もうちょっと優しく」
つまり、手傷を負う事も多いため、応急処置などの技術が必要になる。
さらに、ゾンビや腐肉を餌にする小動物や鳥などが媒介する伝染病の予防なども必要となるため、医療の知識も大まかに知っていないといけない。
今日はリッカが練習台となり、教会の治療院でカルアへの研修を行っている。
「あー!! 締まってる! カルアさん血が止まるから緩めて!」
「え!? こうですか?」
「あー!」
リッカの左手は見事に包帯が巻かれて、腕が動かないようにピッタリと布で吊るされている。
反対の腕はグッチャグチャに包帯が巻かれており、強く締められていたり、ゆるゆるだったりとお世辞にも上手いとは言えない巻き方になっており、カルアが力を込める度に治療院の中にリッカの悲鳴が響き渡っている。
いうまでもないが、ピッタリと巻かれた方はお手本で治療院のメガネの女性クーラが巻いた物。グッチャグチャの方は今カルアが苦戦しながら巻いている。貴族のお嬢様として過ごしてきたカルアにとっては、包帯を手に取る事も初めてだっただろう。
「カルアさん、一度巻きなおしましょう」
「えぇ、ほどきますわね、あれ? えっと? どうやってほどくんです?」
リッカとカルアが座っている椅子の所にカツカツと靴音を響かせながら、クーラが近づいてくるがその目はキッと吊り上がっていて、怒っている事は明確。
「リッカさん、こんなに包帯をゴッチャゴチャにしたら意味ないです。お手本は出しましたが、教えるのはあなたなので、無駄にならないように!」
「はい、すみません」
「そっちの新人さんも、現場だと包帯1本でも貴重なんですよ! 真面目にやってください!」
「そんな、や、やってますわ! 私は今日初めてなのですよ! 上手く行かないのは仕方ないでしょう!!」
「ちょ、カルアさん!」
リッカに対しては優しい口調な事も多いクーラだが、仕事となると様子は大きく変わる。流れる血や体に空いた穴、魔術で受けた重症でも顔色1つ変えずに冷静に治療を施していく。それも仕事と健康な体に戻ってほしいという切なる願いがクーラに鉄のような心と冷え切ったような冷静さをもたらせている。
ここまで怒っているクーラは珍しいようで、治療院の他の職員もちらちらとこちらをうかがっている程だ。
「初めてでもひどすぎます! こっちは緩すぎ、こっちは締め過ぎ、巻いている意味がありません」
「緩い方締めればいいですわ! えい!」
「あー!! 待って、締まってる!!」
「違います! 貸してみなさい、え? どうやれば巻くだけなのに外れなくなるんですか!」
「知りませんわよ! この包帯が悪いのではなくって?」
「何ですって!」
二人とも感情が高まっているようだが、それでもクーラは包帯の巻き方を見せて、それにならってカルアも包帯を巻いていく。
「あの、ちょっと落ち着きませんか? 指先がシビ……」
「黙っててください!」
「喋らないでください!」
「あ、はい、すみません」
研修として予定していた時間が過ぎる頃には、ミイラ男のようになったリッカを挟んで、息を切らせたカルアとクーラが立っていた。
動けなくなっているリッカがおずおずと言った形で口を開く。
「あのカルアさん、そろそろ次の予定の時間なので神父の所行ってください。受付の階段上がったところに会議室ありますから、そこへお願いします」
「はぁ、はぁ、わかりましたわ。あの片付けは?」
「やっときますから」
少し悲しそうに視線を下に向けたあと、真面目な表情で顔を上げる。貴族の礼の習慣もあるのか、カルアは丁寧に一礼してから退室すると、クーラも落ち着いたのか表情がいつもの穏やかな様子に戻っている。
「これだけがんじがらめなら、切った方が早いですね。ねぇ、リキュさんハサミ持ってきて」
「え? 切っちゃっていいんですか?」
リキュと呼ばれた女性がはーいと明るく返事をしながら、ハサミを2本持ってくる。
1本をクーラに渡すと、2人がかりでリッカを捕らえている包帯を切っていく。
「ええ、使い古しの包帯ですからね、練習でも本物と思ってやらないと意味ありませんから」
「そーですねー、出張とかお出かけ中はー、包帯1本でも貴重ですからー」
ハキハキ喋るクーラとは対照的に、語尾を伸ばしながらしゃべるリキュは身長が小さく、ふくよかな体つきの女性。陽の当たり方によってはオレンジ色に見える髪をしているが、異種族の血も入っているからこのような色をしているらしい。肌もわずかだが柑橘類を思わせる色が乗っている。
クーラは治療院の中では上から数えた方が早いくらいの序列にいる。それだけの経験と治療の腕があるということだ、リキュはクーラからすると後輩にあたるが、治療の技術はなかなかの物を持っている。
「しかし、稀に見るへたっぷりでしたね、巻くだけでなんで外れなくなるんでしょう?」
「まぁ、貴族ですから」
「へー、貴族の女性で墓守をやろうなんて、それも珍しい事ですわね」
「あらー、クーラさんが怒っているのもー、珍しいですよー」
「そうですか? 結構怒られますよ」
「ちょっと! カミュさん! リッカさん!」
リッカが包帯から解放されると、リキュは切れ端とまだ使える長い部分とにササッと仕訳をしながら片付けをしてくれる。リッカもいつものローブを羽織って身支度を整える。
「お時間ありがとうございました」
「今度はもうちょっと練習してきてくださいね」
「そうですねー、教え子のへたっぴー、師匠の責任ですよー」
「はい、すみません」
リッカはペコペコと頭を下げながら退室する。
今更ながら、カルアの父のブラグ・コルフィが貴族とは思えないほど頭を下げていた理由が分かったような気がしていた。半ば丸投げに近い形でも師匠というような扱いになるリッカはカルアの行動に責任を持たなければならない。
法術の才能はあっても、勝ち気な性格で負けず嫌いの意地っ張り、そんな風に見えてしまうカルアだが、仕事に真面目に向き合う姿がある。今回もイライラしてはいるが、キチンと最後まで技術を習得しようと頑張ってはいた。
パタンと静かにドアが閉まった瞬間、クーラは無意志に肩の力をスッと抜いた。
「あらー、クーラさんが緊張してるなんてー」
「ばれました? あれは何とかしなきゃと焦ってました」
「確かにへたっぴーでしたねー、そーいえばー、クーラさん笑ったり怒ったり増えましたねー」
「え?」
「リッカさんかなー? 良い事ですよー、キリッとしたクーラさんもー、素敵ですけどねー」
「え? え? ちょっと?」
「嫉妬心かなー」
「違いますよ!」
治療院からはクスクスと笑う職員達の声が聞こえていた。
何とか更新できました。
活動報告でも触れましたが、少し改稿や章立てなどを考えております。
感想・評価・ブックマーク
励みになっております。
いつもありがとうございます。