第44話 カルアと墓地
墓地を巡るは2人と1人、生きていながらアンデッドの近くに行く墓守2人と、死んでいるのに生者と共に過ごす幽霊が1人。
すでに日が暮れて当たりは夜の闇に包まれている。
人通りがある街中を抜け、誰もいない墓地の入口に立つのは、灰色の服装の上に黒いローブを纏う墓守の2人。1人は寝ぐせが残った少しぼんやりとした男、もう1人はふわふわとした金色の髪が印象に残る女性。墓守のリッカと新人のカルアの2人がそこにいる。
そして、その間には普通の人には見えない、死んでいるのに自由に動く幽霊のスペックが立っている。
「うぅぅ、こんなのってぇ」
「どしたの? 怖くなったの?」
「そうじゃありませんわ」
金髪のカルアは今にも泣きそうな顔になっている。
「だって、すれ違う人皆が、どんどん離れて行くんですのよ」
「あぁ、墓守は縁起悪いし、ゾンビとかとやり合ってたら伝染病の危険もありますからね、みんな露骨に避けるんですよ」
「貴族なんだから、一般人は勝手に離れるからいっしょだろ?」
「あんなに冷たい目を向けられる事はありませんでしたわ!」
目の端に涙を溜めながら必死に訴えるが、日光の元では暮らさないとも言える墓守の生活は吸血鬼やゾンビのような生活と言っても過言ではない。生きているのに太陽の元を歩かず、人が近寄らない時間に墓場を歩き、アンデッド達に相対するのが仕事だからだ。正体の分からない不気味な物を人は怖がるので、街の人々の反応も分からないではない。
リッカも最初の頃は街の人達の反応にずいぶん辛い思いをしたが、慣れとは怖い物で最近は意識しなくなっていた。
「人には見えない物を見て、アンデッドに会いに行く事が墓守ですからね、怖がられるのは仕方ありません、別にカルアさんが嫌われている訳ではありませんよ」
「それは、そうですけど……」
「だんなも、しょっちゅう気にして落ち込んでるからな、気にしないでいいんじゃない?」
「やっぱりそうでしたか」
「スペック、ハッキリ言わないでよ」
幽霊を見て、声を聞くための波長も合わせられるようになった。拳で幽霊を払う事もやってのけていたカルアの才能だったが、普段は珍しい事が出来るという程度の見られ方しかしてこなかったはずだ。墓守の服装をしたとたん奇異の目を向けられた、父にコルフィ家の仕事に向いていないとハッキリ言われた事も合わさって、自分が嫌われ者になったという感覚につながってしまった。
浮かない顔だが、小さなランタンに火を灯しているので、落ち込みながらも墓守の仕事はキチンとこなそうとしている様子がうかがえる。
「帰りは誰にも合わない時間ですから、安心してください」
「人に会わなくてホッとするなんて、自分がアンデッドみたいです」
真っ暗闇で足元は所々ぬかるんでいたり、木の根や草で盛り上がっていたりと昼は特に気にする事なく歩けていても、明かりが手元にしかない夜となれば素早く歩く事も難しい。
スタスタと歩くリッカの後ろから、躓きそうになったり、ぬかるみに足をとられそうになったりしながらカルアがついてくる。
いつもはリッカのすぐ近くに立っているスペックも、カルアにペースを合わせて後ろからゆっくりついてくる。
「歩きにくいです」
「ほんとだよ、こんなとこよくスタスタ歩けるよな」
「スペックは足場とか関係ないでしょ、カルアさんカンテラから目を離して暗闇に目を慣らすんです。灯りを見ちゃうと暗いとこ見えにくくなりますよ」
「あ、だんなそっち魔素濃くなってる」
「ありがと、スペック」
ほとんど真っ暗と言える墓地の中を小走りと言えるほどの速度でリッカは進む、スペックが差した場所は確かに他の場所よりも魔素の濃度が濃くなっている。あまりに魔素が溜まってしまうと、悪意を持ったアンデッドが魔素を吸収したり、寄ってきてしまう。
アンデッドになってからも人間性というのは現れるようで、悪意の無いアンデッドは積極的に魔素を取り込まないが、悪意がある者ほど貪欲に魔素を取り込んで行く。時にその取り込み方は他のアンデッドを食うようにしたり、生きている人間を襲ったりと乱暴になることも珍しくない。
リッカはしゃがんで、地面に手をかざすと、周囲の魔素を操って濃度を下げて行く。
「あっと、これは抜いとかないとね」
「ま、待ってください、そんなに早く歩けません」
足元の草を掴むと、思いっきり引っ張る。リッカの手で地面から引きずり出された草の根は不気味にも人間の形をしており、空気を切り裂くような大きな叫び声をあげる。
「ギィイヤァアアアア!!」
「キャァー!!」
叫び声に驚いたのか、カルアは尻もちをついてしまい。片足はぬかるみに突っ込んでしまった。
「なんですか! 今の叫び声」
「すみません、驚かせてしまいましたか、マンドラゴラを見つけたらこうやって抜いとくのも仕事なんです」
「言って下さい! 怖いじゃないですか!」
「いや、ほんとうすみません」
「だんな、お客さんだぜ」
足を滑らせながらも立ち上がったカルアのすぐ後ろで急速に魔素が集り、人の形を取り始める。
スペックのように靄のような体ではなく、リッカ達にしてみればハッキリと見て取れる女性の顔が現れる。体も出てくるかと思ったが、現れたのは顔だけ。目は真っ赤に染まり、口元には滴る血のような物が見える。
「カルアさん構えて!」
「え?」
生首と言える顔が飛び回り始めると、周囲にある石が不気味に震え出す。
魔素の波長を通して伝わってくるのは怒りの感情、この首だけのアンデッドは怒りの念に取りつかれてこの世に無理やりに残っている事が嫌でもわかってしまう。
飛び回った顔がピタリと動きを止める。周囲の石がさらに大きく震え、頬を裂き耳元まで口になったかのような大きな口が頭を横に割ったかのように開かれる。
「アあ、アぁぁあ!!」
「お嬢ちゃん! 石がくるぞ!」
裂けた口からは雄たけびとも言える叫び声、喉から絞り出したようなしゃがれた声があたりに響き渡る。その瞬間周りで震えていた石がカルアの顔に向かって飛びかかってくる。
「はっ!」
カルアは上半身を大きく倒すと、先ほどまで顔があった所を通って石があさっての方へ飛んでいく。
一歩大きく生首の方へ踏み込むと、体を捻って拳を打ち出すと女性の顔の中心をカルアの腕が撃ち抜く。相手は幽霊なので、殴られたということで吹き飛んだりしないが、女性の顔は靄に包まれたかのようにぼんやりと姿を変える。
腕を戻して、反対の手も使って生首を掴むと、魔素を操作して生首を作っている魔素を散らしていく。一瞬で現れた時とは逆に、紅茶に入れられた砂糖のように生首の幽霊は消え去っていく。
「ふぅ、リッカさん、石投げられたので消してよかったんですよね」
「あー、はい、大丈夫です」
「マンドラゴラを引き抜く時には一声かけてください、怖いんですから!」
「はい、気を付けます」
「絶対、今の生首のほうが怖いだろ」
新人墓守の多くは、敵意を持ったアンデッドと初めて相対した時には恐怖と戸惑いで上手く動けなくなる事が多い。カルアのように攻撃を避けるどころか、相手を魔素に還す所まで出来ないことがほとんど。ゼロストが見どころがあると推薦するのも頷ける。
「絶対言ってください!!」
「はい!」
「今日の墓場はお嬢ちゃんが一番うるさいかな?」
「いうなよスペック」
「うるさいとは何ですか!? お嬢ちゃん呼びもやめなさい!」
「はいはい、悪かったねお嬢ちゃん」
「また呼びましたわね!」
墓守2人と幽霊1人は他に誰もいない真っ暗な墓地の奥へと足を進める。怯える事なく、大きな声で話しながら歩く。
今日の見回りはまだ始まったばかり、墓守が歩きアンデッドが動き回る夜の時間はまだまだ長い。
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