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墓守は今日もアンデッドと共にある  作者: ピーター
第2章 墓守リッカと初めての弟子
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第43話 カルアの初日

 魔術や体術、法術など墓守に必要な技術を試していくリッカ、貴族にも関わらず体術などではリッカを上回る才能を見せつけてくれた。

 何も分からない新人を連れて行くリッカは用意のため、普段よりも少し早く目を覚ました。

 太陽は大地に近づいてきているが、辺りを赤く染めるまでには至っていない。街中で商いをする人達は客が途切れるこの時間に談笑を楽しんだり、遅めの昼食を食べたりしている。

 夜を歩き、太陽が空にある頃に眠りにつく墓守達はまだ夢の中にいるはずだが、リッカは珍しくこの時間にベッドからもぞもぞと起きだしてくる。


「ん? だんな起きたの? 夕方には早いよ」

「う~ん、今日は早いんだよ、ふぁあ、眠い」


 寝ぐせが付いて、あちこちピョンピョンと跳ねている髪の毛を抑え、反対の手で目をこすりながら立ち上がる。スペックが窓を開けてくれるが、差し込んでくる光は部屋の中を照らし、部屋の床の転がる酒瓶など目に入れたくない物まで照らし出してくれる。


「ま、まぶしい。窓閉めてよ」

「光で苦しむなんてアンデッドか、吸血鬼みたいだな」

「アンデッドはスペックでしょ、ローブとか出しといてよ」

「はいは~い」


 目をこすっていた手で顔を覆いながら、台所に行く。

 かまどに火を入れて、昨日の残った根野菜のスープを温め、少し固くなり始めたパンをフライパンに並べて焼き始める。

 水を桶に汲むとバシャバシャと顔を洗い、少し伸びてきた髭を剃る。濡らした手で髪を整えるが、抑えた手を離すと寝ぐせがヒュっと起きあがってアピールを続けている。


「そのうち落ち着くでしょ、ご飯ご飯」


 スープは程よく温まってきて、パンの表面もきつね色に変わって香ばしい香りが広がってきた。

 ササッと盛り付けて、テーブルに運ぶとすぐに食べ始める。サクッ心地よいパンをかじる音と、ズズッと音を立ててスープをすすっているとスペックがローブをはじめとした墓守の服を持ってくる。


「だんな、スープは音出しちゃダメだって」

「スペックの母さんは厳しいなぁ」

「だれが母さんだよ!」


 食器を流しに置くと、寝間着を脱ぎ捨てて灰色の上下と黒のローブを纏う。ローブにある沢山のポケットに清めの酒や魔術媒体、愛用のナイフなどがキチンと納まっている事を確認すると、ショートソードを腰に差して動きを邪魔しないか確認する。

 一通りの装備が終わるとコンコンとドアをノックする音が聞こえてくる。スペックがドアを開けているが、幽霊が見えない人からはドアが勝手に開くという不気味な体験をすることになるが、この時間に来る人物には心当たりは1人しかいないので、リッカも特に注意などはしない。

 リッカはスペックへ向かって軽く手を上げてから、新人墓守となったカルアを迎え入れる。


「こんにちは、いえ、こんばんはかしら?」

「おはようでもいいですよ。墓守の時間では今は日も落ちていない朝ですからね」


 灰色の体の動きを邪魔しないドレスのような服装の上に黒のローブを纏っているカルアが、夕日を浴びて玄関に立っている。その手には白い手袋をはめており、ドレスの腰の部分には太いベルトが巻かれていて、短剣や清めの酒などが吊るされている。

 女性の墓守はそもそも少ないので、正式な装備は無い、動きやすさや葬式などにも出るという見た目の事も考えてこのような服装に落ち着いたといったところか、腰のベルトさえ外せば、葬儀に並んでいても違和感はなさそうだ。


「昨日は泣いてしまったり、殴ってしまったりと失礼しました、改めてよろしくお願いします」

「あっ、はい、こちらこそよろしくおねがいします」

「なぁだんな、やっぱり別人みたいだよな、乱暴なとこは残ってるけど態度が違うよな」

「聞こえてますわよ」

「え!?」


 ギュッと拳を握る音がカルアの両手から聞こえてくる。

 魔素の波長をスペックに合わせていたようで、スペックはそれに気が付かずに軽口を叩いていた。逃げ足が速いというべきか、スペックはピュッと家の奥に走っていってしまった。


「スペックがすみません、いっつも余計な事を言って」

「いえ、本当に怒っていたわけではありません、以前はアンデッドを見るとすぐに滅さないといけないという思いが非常に強くて…… 今は、そうでもないんですけど」

「狂信の魔術が強くかかっていましたからね」


 悪魔を天使と言い、自らも悪魔と姿をかえたモーラ神父が、狂信や魔素を集める作用を持つ指輪を流通させていたのは間違いないが、指輪をばら撒いた目的や悪魔崇拝を始めた理由が分からない。その背後に何かある事は間違いないが、モーラの教会からはまだ有力な情報はまだ見つかっていない。

 カルアの持っていた指輪にも狂信の魔術がかけられており、アンデットに対して必要以上に敵対心をもっていた。元々の性格もあったのかもしれないが、先日からの様子をみると、いつもイライラしていたのも魔術の影響だったとも感じられるほど。


「ではカルアさん、元々アンデッドが見えたりしているので、法術の基本だけ確認しておきましょう」

「昨日はやらなかったことですよね」

「ええ」


 リッカは片方の手のひらを上に向けると、手の上に魔素を周辺からかき集めて球体を作る。

 法術を全く使えない人からみると何も起こっていないが、法術を使える人からは、リッカの手のひらの上には白い靄のような魔素が集まり、コップに液体を注いだ時のように揺れている。


「これを散らしてみてください」

「はい」


 カルアが拳を突き出そうとする構えをとる。脇を締めて、じっとリッカの手の上に視線を向ける。


「えっと、触れないでやってみてもらえます?」

「え? そんなことできるんですか?」

「あー、じゃあ、触れていいです」


 ヒュっと風を切る音がして、カルアの拳がリッカの集めた白い魔素を撃ち抜く。煙が空に溶けるように白い魔素は一瞬散ったが、すぐにリッカの手の上に再び集まり球体を作るように動きはじめる。


「あれ?」

「カルアさん、波長を合わせたりするのは得意ですが、魔素の操作はパンチで散らせるほうに特化しちゃっているんですね」

「幽霊はこれで、散っていったと思っていましたが、こうやって集まって戻ってしまうんですね」

「そうです。昨日散ったスペックの腕、元に戻っていたでしょ、少し魔素を集めるのは手伝いましたが、こんな風に戻ってくるんです、よく見ていて下さい」


 リッカは白い魔素に向かって、反対の手から法術をかける。片方の手は魔素を集め、反対の手では魔素を散らす法術を同時にかけると、白い魔素は集まりながらも上の部分は煙が上がるかのようにして周囲に溶けて行く。


「魔素そのものを動かすんです。一度散った魔素も良く見ると濃い所と薄い所がありますから、その濃い所が無くなるように丁寧に散らせばもどってきません」

「こうですか」


 再びカルアのパンチが白い魔素を撃ち抜く、さきほどのように手を引かずにそこにとどめて、法術で集まらないように飛び散った魔素を散らしていく。最後に手のひらを周りの空気を撫でるかのように動かすとリッカの手には魔素が集まってくる事がなくなった。


「そうです、これが散らし方です」

「アンデットを見つけては、こうやって散らしていくんですね、分かりました!」

「散らしません、墓地に着いたらうちの教会のやり方お伝えしますから、行きましょう」

「え?」


 軽く溜息をつくと夕焼けに染まる街へとリッカとカルアが歩きはじめる。その後ろからは人には見えない幽霊のスペックが後を追う。

 墓守の朝は太陽が沈み、月が昇る事に始まる。また一人、昼の住人から死者に近い夜の住人が増えた瞬間、それを見ていた者は墓守と幽霊以外にはだれもいない。

本年度もよろしくお願いします。

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