第40話 新人
墓守の日常は墓地を歩く事、死を過ぎたにも関わらず世界に留まるアンデッドと共に過ごす事。生きているのに死者と交わるこの仕事、好んでやる奴はなかなかいない。
灰色の上下の上に黒いローブを纏う男が1人、街の人々からは縁起が悪いと言われる墓守が夜明けの街を歩いている。傍らにはだれもいないが、見える人には白や黒の靄のような人型が見えているだろう。
死という誰も逃れられず、人が「かつて人だった存在」に変わってしまう通過点、生きていながらもそれに近い墓守のリッカ、死んでいながらも生きているかのような、人型幽霊の相棒スペック、そんないびつな2人が顔を出したばかりの太陽に照らされて歩いている。
「なぁ、だんな」
「どうしたのスペック?」
「教会行くんだよな?」
「そうだよ、今日は教会に行くよ」
「俺、退治されない?」
「多分大丈夫、でも離れないでよ、離れたら安全は保障できないから」
墓守は相棒と呼ばれるパートナーを付ける必要があるが、それは動物だったり、奴隷だったり、神父となるために勉強をしている見習いだったりする。
幽霊、つまりアンデッドを相方にしてはいけないというルールは無いが、死を超えてしまったアンデッドに対処する墓守が、そのアンデッドを相方にするという事は無い。
何事にも例外があるように、ここにアンデッドを相棒にする変わり者がいた。教会にはアンデッド過激派と呼ばれるアンデッドを見つけたら即殲滅とすることを良しとする派閥もいる。彼らを刺激しないように、リッカが教会に行くときにスペックは留守番しているのだが、今日は珍しくスペックも呼び出されている。
「だんなに憑いていてもいい?」
「それこそ討伐対象だからね。横に立って、歩くペースも合わせてよ」
「分かったよ、着いていきますよ」
教会の前に到着すると、入口にいる職員が声をかけてくる。
「リッカさん、おはようございます」
「あ、おはようございます」
「スペックさんも一緒ですね、こちらからどうぞ」
「ありがとうございます」
「へー、これなら色々会わなくて済むな」
「過激派に関わると面倒ですからね、大会議室へお願いします」
メインの入口ではなく、横にある荷物などを出し入れする入口に案内される。普段は正面から入るが今日はスペックがいるためか、脇から案内される。
階段を上り、2階にある大会議室に入ると早朝にも関わらず、大きな円卓に何人もの人が座っていた。
教会の責任者でもあるカルド神父、先日のモーラ神父の教会への異端審問に来たゼロスト、先輩墓守のコラーと相棒の白いカラス、新人墓守のパニシュと相棒の退魔の遠吠えを使う犬のバカルラム、そして膨らんだお腹が目立つ土地管理の貴族ブラグ・コルフィとその娘、アンデッドを殴り飛ばすカルア・コルフィという異色の顔ぶれがそろっていた。
「リッカ君、遅刻だよ」
「え!? あっと、その、申し訳ありません、リッカード・アル・タンクエンと相棒のスペック参りました」
「冗談だ、気にするな。聞けば詳細をまだ伝えていなかったとの話だからな、まずは座れ」
何があるのか分からず、戸惑いながらも開いている椅子に座る。スペックも戸惑いながらリッカの脇に立つ。
リッカが席についたのを確認してからゼロストが口を開く。
「改めて説明するが、先日のモーラ神父の所の墓守達の話だ。奴ら墓守の必須とも言える法術がほとんど使えなかったのだ」
「それで、墓の管理が必要になったんだけど、基本的にうちがやる事になったんだよ」
「カッカ、仕事が倍になったな」
「無論、このゼロストも護衛達としばらくは墓地の対処にも入る。ゆくゆくはカルド神父がこことモーラの教会の両方をまとめて管理してもらおうと思っているがな」
「人手が足りないから、新人を入れて業務に馴染むまでゼロストさんの世話になるつもり」
ここまでは、理解できる話だ、異端審問にまで踏み切ったキッカケもモーラ神父の教会が管理する墓地がリッカの管理する墓地の隣だったこと、悪魔の対処をしたのもリッカだったのでモーラ神父の管轄だったこと、モーラが悪魔化した対応もカルド神父が関わっていた。
カルド神父がモーラ神父の教会を吸収する形にすれば、事情を知った人で囲えるため対応も非常にスムーズになる。
だが、すでにギリギリの人数で管理していた墓地の規模が大きくなる事は人手不足に直結する。ゼロストも協力してくれるが、それは永久にではない。
どうしても人材の追加が必要になるが、法術も使えて身体的にも精神的にもそこそこの強さが求められ、人から嫌われる墓守をやりたがる人は滅多にいない。
「すみません、その新人について私から発言を」
おずおずといった形で話し始めたのはブラグ・コルフィ、貴族にしては物腰が柔らかく、高価とされている頭を簡単に下げてくれるほど腰が低い。これでも土地という権威に直結する案件を管理する上位の貴族なのだが、そんな要素は微塵も感じさせない。
「うちの娘のカルアですが、もともとおてんばな所が強く、今回のモーラ神父に関しても不気味な指輪を持っていたと噂が立ち私も困っております」
「へー、貴族の噂ってねちっこいからな、大変だな」
「こら! スペック静かに!」
「いえいえ、おっしゃる通りです。元々が勝ち気な性格なのもあってスムーズに行かない所に、噂が立ってしまい、仕事をするのは正直難しくなった所ですから」
本当に困ったという顔でブラグ・コルフィは話している。その隣では金色のふわふわとした髪を持つカルアが下を向いて座っている。
「貴族でも教会の仕事になれば身分は関係ありません、むしろ『貴族の身分を捨ててまで世のために身を捧げた』と高い評価になるくらいです」
「それで、話を聞いてみたらカルアさん、法術の才能が強くありそうじゃない?」
「うむ、先日に型を見せてもらったが、センスは悪くないぞ」
「カッカ、リッカより強いらしいしな」
「先輩、頑張ってください」
円卓にいる皆の視線がリッカに集まる。
「え? なに?」
戸惑うリッカにカルド神父が笑顔で語り掛ける。
「墓守、リッカード・アル・タンクエン、ぷふっ」
「おっちゃん笑ってるじゃん」
ブラグ・コルフィは戸惑っているのか視線をカルド神父とリッカに交互に向けつつ合間に娘のカルアを見ている。
「貴族、カルア・コルフィを神父見習いとして、墓守の相棒とすることを命じる」
「よ、よろしくおねがいいたしまう!」
緊張したのかうわずって、言葉を噛んでしまったカルアの甲高い声がカルド神父の声に続いて会議室に響く。
「はいぃ!?」
「え! 俺を殴ったカルアの嬢ちゃんと仕事すんの!?」
「説明とかもあるだろうし、資質の見極めとかもあるから、後でリッカ君の家にカルアさん行くからねよろしく」
「ちょっと聞いてませんよ!」
「リッカさん、私と仕事するの嫌なんですか!?」
「そうじゃありませんよ!」
戸惑うリッカとスペック、笑いをこらえながら話をするカルド神父、戸惑うブラグ・コルフィに涙目のカルア、会議室は大きな声に包まれている。
「カッカ、今日は平和だのう」
「ほんとですね、僕にも後輩ができたかぁ」
「バウ!」
珍しい幽霊の相棒に加えて、珍しい女性の墓守は戸惑いと大声に包まれた会議室で今日生まれたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
章立てにするという機能、使ってみようかなと思ってみたりしている今日この頃。