第39話 戻ってきた日常
墓守が墓守たる時間、リッカとスペックは墓場を歩いていた。墓守の任務をこなすために、人々が眠る時間によるに人が歩かない墓場へと向かうのだった。
墓守が生きる時間は夜になる。人々が眠ってる間には墓地に出向き、かつて人であったアンデッド達と語らう。人に害を与えないアンデッドはそのままに、人に恨みを持つアンデッドには法術を用いて存在を散らせて魔素に還していく。
死んでいるのに死にきれない存在に関わる、生きているのに死に近い存在。
「今日は仕事が多くないかな?」
「えーっと、突っ立っているだけの幽霊、墓から出てきたゾンビに『悲しいわぁ』って言っている生首に」
墓守のリッカの隣では、白や黒の靄が集まって人形のような形をとっているアンデッドのスペックが指折り今日の仕事の内容を振り返っている。
「だんなに石を投げつけて、たんこぶをプレゼントした悪霊も入れてっと、7人くらいのアンデットに会ってるよね」
「今日は報告もあるから大変なのに、ほんと疲れる、あっまただ」
リッカの体を奪おうとしたのか、顔に飛びついてきた幽霊を掴んで魔素に還した後、何事もなかったかのようにたんこぶを撫でながら、死者達が眠る墓地の見回りを続ける。
普段なら片手で数えられるくらいのアンデッドに相対し、たまに悪霊と言われるアンデッドを退治して魔素に還していくということがいつもの仕事内容になる。今日に関してはいつもより明らかに多い。
悪魔化したモーラ神父の対処も終え、ようやく普段の仕事に戻ったがこれでは疲労が癒える暇もない。あと、1時間もすれば夜明けになるので、さっさと報告を済ませて寝たいという思いがリッカの心を支配していく。
「なぁ、だんな、あのゼロストさんってでっかいおっちゃんと、バルボルのおっちゃんコンビって知り合いなの?」
「みんな、お偉いさんなんだから、もうちょっと言い方考えてくれないかな」
そんなリッカの心を見透かしたのか、少しでも気分を変えるためかスペックは雑談を振ってくる。誰もいない夜の墓場、いるのは言葉も通じぬアンデッドばかり、そんな中でハッキリと意思を持った存在と話が出来る事は心を落ち着けるためにもとても重要と言える。
もっとも、その会話している存在もアンデッドで、一般人にはその声もうめき声にしか聞こえないのだが、墓守達にとってはスペックほどハッキリと意思があれば通常の会話となんら変わることはない。
「こないだの飲み会で聞いたんだけど、昔からの知り合いみたい」
「戦士繋がり?」
「いや、たまたま仕事先で会って、協力関係になってから意気投合したらしいんだ。まぁ、バルさんとボルさんは戦士出身だし、ゼロスト師は魔術関係の出身だから、出会う機会は少ないよね」
「え!? あのでっかいおっさん魔術なの?」
「みんなそう言うし、『聖騎士』とか『巨人』とか戦士の異名は沢山あるけれども、あの人は法術と魔術がメインだよ」
「だんなと違って、戦いも法術も魔術も全部できるんだな」
「合ってるけど、なんかイラッとする言い方するね、ってまただ」
リッカが指を指した先には、真っ白な靄が墓石を覆っている。
先週に埋葬されたばかりの遺体が眠っている。まだまだ新しいお墓が不気味な靄の中に見え隠れしている。法術をかじった程度の技量なら怯えて逃げたくもなる所に近づいていく。
靄は墓石の近くから湧き出ては、砂地に水がしみこむように大地に消えている。リッカは墓石に手を当てて意識を集中する。
「だんな、なんかわかった?」
「うん、ほっといていい」
これはアンデッドにならずに世界に還っている事の証明、つまり放っておいていい事なのだ。
人に限らず生きている者は全て多かれ少なかれ体に魔素を持っている。それが死んだ時に体から溶け出て世界に存在する魔素の流れに還っていく。肉体は土に、持っていた魔素は世界の流れに還る事が自然の流れだが、時に魔素だけが先に還ってしまう事がある。その時には白い靄のように法術使いの目には映る。
もっとも、人に害を与えにくいアンデッドの発生にもこの靄は似たような姿で見られるので、このような現象を見つけたら、アンデッド化するのか調査するのも墓守の役目になる。
「いつもの仕事に帰ってきたって感じがするよね」
「最近は悪魔と戦ってるか、怪我して寝てるか、装備の修理代で泣いてるかだったからな」
「修理代に関してはまだ引きずってるけどね、大赤字だから」
「だんなけちだな、冒険者は装備をケチると早死にするぜ」
「冒険者じゃないんだけどなぁ」
そうこうしているうちに、空が夜の黒から、日の出前の藍色に変わり始めた。
太陽の光があれば魔素が動き回ってしまうため、アンデッド達はその体を保ちにくくなる。墓守とアンデッドが動き回る時間の終焉の予告がはじまった。
「そろそろ切り上げてもいいかな」
「おや、いつもならもうちょっと見回りするのに、サボりかな?」
「違うよ! 今日は報告もあるでしょ、カルド神父が伝えたい事もあるって言ってたし」
今日は多数のアンデッドとも相対したためか、いつものローブにも汚れが多い。
さすがにこのまま朝のお祈りに来る人々も来る教会には行けないので、面倒だが一度着替えてから教会に行こうとリッカは考えていた。当然スペックもそれを分かった上で、冗談を言いたかったのだろう。
「そういえば、新人来るとか言ってたっけ?」
「え? なんでスぺック知ってるの?」
「カルドのおっちゃんから教えてもらった」
「どこで教わったか、知りたいけど怖いからやめとく」
リッカとスペックは並んで、白んできている空の下を街に向かって歩いていった。
読んでいただきありがとうございます。
年度末になり、仕事もバタバタとしてまいりました。
皆さまも体調などお気を付けください。