第38話 いつもの酒場
飲み会が始まる。
これまで怪我や仕事のために禁酒が続いていたリッカだったが、今日は解禁されてお酒を楽しむ事ができる。
いつもの酒場にやってきたリッカとスペックだが、常連のピグマンのバルとボル、そしてその2人と同じくらいの巨体を持つゼロストは遠くからでも良く目立つ。もっとも、あれだけの巨体が3体分は店内の席で狭すぎるのだろう。
言われるままに同じテーブルに着くが、座っても見上げる程の巨体が並んでいるので圧迫感がすごい。
「おう! ビールたのむわ!」
「おう! 樽で4つな」
「樽で3つとゴブレット1つで!」
「で、このデカイおっさん誰なんだよ?」
リッカは失礼な軽口をたたき続けるスペックの頭を押さえつけるが、ゼロストは豪快に笑っている。
バルとボルはなぜゼロストが笑っているか分からない様子だが、そこに何かいるという事は感じ取っているらしい。
不思議そうにしている2人を見てゼロストが、ゆっくりと両手を合わせて行く。
「なんだ、2人とも見えとらんのか、ほれ」
両手を合わせてテーブルについている見えない存在の魔素と周辺の魔素の波長を合わせて行く。リッカが空中を押さえつけているようにしていた所に黒や白の靄を混ぜたような人型が浮かび上がってくる。
「おう、なんだお前は?」
「おう、墓守がたまに生意気な事言ってたのはお前だったのか?」
「俺の事はやっぱり見えてなかったのね!?」
「相方のスペックです。生意気な奴ですみません」
リッカがスペックの頭を持ってペコペコとお辞儀をさせる。
「異端審問が出来る高位の神父、ゼロスト師と戦士ギルドの役員の鉄柱のバルさんに鉄板のボルさんだよ、失礼な口聞いちゃだめだってば」
「おわぁ! だんな待って! 世界が回るぅ!」
そんなスペックとリッカを見て3人は大きく笑っている。
荒っぽい奴らを束ねるような仕事をしているバルとボルに加えて、あちこちを旅してきたゼロストは言葉使い程度の小さい事では腹を立てたりはしない。これがギルドの中や教会の中であれば、周囲への示しということで少しくらい小言も言うだろうが、ここは酒の席、そんな無粋な事は気にしない。
マスターがよろめきながら、3樽も注文されたビールを運んできて、テーブルに並べて行く。リッカの前にはゴブレットの他に塩漬けされた野菜や、焼いた肉なども出てくる。
「つまみはこいつらが山盛り注文してるから、とりあえず摘まんでてくれや」
「おう、マスターありがとな」
「おう、墓守よ酒の時は無礼でかまわんぜ」
「お前は飲まんのか?」
「幽霊だぜ、飲んだり食ったりは出来ないもんだぜ」
飲まない食わない、アンデッドはそうとは限らない。時として飢えや渇きを感じるアンデッドもいる。自我が薄ければ時に人間すらも食おうとして襲ってくる奴らもいる。
「アンデッドを相方にした変わり者がいると聞いたが、お前だったか」
「墓守の時点で変わり者ですからね」
「でっかいおっさんも樽でビール飲むの?」
「スペック!」
豪快に笑いながら、樽に飲み口を付けていく3人。乾杯はゴブレットが砕けそうな勢いで樽を突き出してくるものだから、リッカは思わず手を引いてしまう。鈍い音を立てて樽同士がぶつかった後は、水門に水が吸い込まれるようにビールが胃の中に納まっていく。リッカもゴブレットを一息に飲み干しており、十分酒豪の飲み方だが、規格外が3人もいれば普通の飲み方に見えてしまう。
「ぷっはー! 久しぶりだから旨い! マスターもう一杯!」
「さて、リッカードよいくつか聞きたいがいいか?」
「はい? なんでしょう」
「悪魔の魔法で壁に叩きつけられただろ? なんで平気だったんだ?」
墓守とは言えども街の周辺から辺境の地まで旅する冒険者や、戦士ギルドに所属している傭兵達に比べたら身体能力が頑強さでは劣る。どちらかというと小柄なリッカが悪魔の攻撃を耐えられた事にゼロストは疑問に思っているようだ。
リッカがカミュが作った防具の事を話しだすと、バルとボルも乗ってきて口をはさんでくる。二人かかりで攻撃してもリッカが痛がったくらいで済んだ事を知ると、リッカが先日の戦いの間に何度も立ち上がってこれた事に納得できたようだ。
「おう、女の下着みたいなんだけどな、見た目以上に頑丈だぜ」
「今度見せてもらいたいものだな、衝撃の魔法媒体も気になるな、開発者を今度紹介してくれ」
「もちろん紹介しますよ、変わり者ですけどね」
「しばらくは調査と後処理でこの地区におるからな、カルドの所に紹介状を用意しておいてくれ」
話をしながらゼロストは樽からビールを口へと流し込む。樽の底を天に向けたのでもう残っていないようだ。
「おう、いい飲みっぷりじゃねぇか」
「おう、マスター! 樽4つ追加な!」
店の中から、マスターがビールが切れたと叫ぶ声が聞こえてくる。代わりの割り酒のボトルなどをガチャガチャと出してきている音もその後を追って響いてくる。
スペックがリッカにこっそりと飲んだ酒がどこに消えているのかとコソコソと話してくるが、ゼロストの法術で波長を合わされているのでこのテーブルにはハッキリと聞こえている。
「酒は腹にきまってるじゃねぇか」
「お前、いっつも隠れてたんだな、今度からは顔出せや」
「そんなわけじゃないんだけど、俺、幽霊だぜ」
ピグマンに顔を近づけられて、珍しくタジタジしているスペックだが、どこか楽しそうにしている。教会の関係者以外と話が出来るのは幽霊のスペックにしてみれば貴重な機会だからかもしれない。ギルドに顔を出せとまで言われて、全身の靄のような魔素の色を白黒と変えている。
「ところでリッカ―ド、お前、魔術媒体と法術を同時に使っていたな」
「ええ、器用と良く言われます」
「誰に習った?」
「あの、独学です。冒険者をやろうとしてたんですが、魔術でも体術でも劣っていたので、色々試しているうちに出来るようになりました」
「魔術はともかく、法術はもう少し磨いた方がいいな、そうすれば異端審問の実戦に出られるよう推薦してやってもいいぞ」
過去にリッカは冒険者になろうとしていたが、身体面ではリッカよりも素早い人、力強い人が沢山いた。魔術面でも追いつけないレベルの人がゴロゴロしていた。その中でもなんとかやっていくために、法術も魔術も使い、調理や目利きなどのサポートの技術まで様々に手を出してきた。
その結果、1人で色々な事をする墓守の仕事をこなすために必要な技術がそろったのだが、今更前線に出る機会をもらえるというのはリッカにとって嬉しいが、皮肉にも感じる事だった。
「だめだぜ、デカイおっちゃん」
「ん? なぜだ?」
「だんながいなくなっちゃ、俺の居場所も無くなっちまうからな」
「そうか、それなら誘えんな」
話に入ってきたスペックの言葉を聞いたゼロストは微笑んでいる。バルとボルは変わらず豪快に酒を飲んで笑っている。
この世に居場所もないアンデッドは珍しくない、生前の想いがあっても人々からは不気味に思われ、悪霊かと恐れられる存在になった者たち。だが、少なくともスペックはリッカの隣で救われている。
アンデッドである以上、スペックにもこの世に残した想いがある。それを晴らすまでは魔素として世界に還る事はできない。彼が満たされて自ら世界に還るのか、人を襲うアンデッドに成り果てるのか、それはまだ分からない。
「マスター、割り酒おかわり!」
「死に近い生者と共にある死人か、面白いかもしれんな」
「デカイおっちゃん、何か言った?」
「いや、独り言だ、こっちにも割り酒をくれ」
「スペック、せめて名前と敬称で呼んでよ」
豪快な人達に囲まれた酒の時間はまだまだ続く、先の不安よりも今の穏やかさにリッカとスペックはその身と心を預けていた。
明日からはまた墓守の仕事が待っているのだ。
ゼロストとバル&ボルの繋がりについては次で語ります。