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墓守は今日もアンデッドと共にある  作者: ピーター
第1章 墓守リッカと悪魔の指輪
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第4話 朝食は夕食

 仕事を終えた墓守は朝日と共に家路に着く。人々が一日の活力を得るための朝食の時間、墓守にとっては仕事を終えて眠る前の安らぎの食事の時間。

「あー、つかれた、お腹も減った」


 今は朝、街のお店は看板を掲げ、宿屋は一夜の平穏に身を浸した旅人を見送る時間。露天で朝食を食べている冒険者の姿もある。墓守にとっては仕事を済ませて、教会への報告を終えて帰り道となる時間。仕事や旅立ちに向かう人々とは反対に一日の疲労を身に宿して戻ってくる時間。


 通りにはまばらではあるが、人も歩いている。墓守の姿を見つけると道を譲るかのように避けている。墓守は日ごろから不死者に触れ、死に触れているため不吉とされ触らぬように離れていくのだ。


 確かにアンデッドは疫病の原因にもなるため、仕事帰りの墓守は不吉というだけではなく、実際に汚いということもある。朝から縁起が悪い物を見たと鋭い視線も時々感じる。


「慣れたけど、今日はゾンビにも腐肉漁りにも会ってないから、縁起も悪くないし汚れてもないんだけどね」


 小声で愚痴を言いってみるが、人々は少し離れているので聞こえてはいない。買い物をして帰りたいとも思うが、店員は良い思いはしないだろう。空腹で疲れもピークだが教会の関係者であり、仕事服なので、せめて背筋は伸ばして家まで戻る。


「あーつかれた!」


 玄関に入った瞬間に文句なのか、帰った挨拶なのか、普段よりも大きな声が出る。机の上に置かれた本が風に吹かれたようにページひらりひらりとめくられている。明るい声が聞こえると不気味な黒い靄が部屋に現れて人の形を作り、椅子に座って本を読んでいるような姿になっていく。


 人の形を取ったとて、法術の使い手か、幽霊を見れるセンスが無いと気が付かないが、墓守のリッカにははっきりと見える、相棒のスペックだ。


「だんな、おかえり。仕事来てるぜ」


 不気味な見た目とは違い、穏やかな声が聞こえてくる。声と共に投げ渡してきた札を受け取って溜息を一つ着くと解決済と書かれた箱へ放り込む。


「町中で坂道を上がっていったリンゴがあったって、場所は孤児院の近く。またスペックでしょ、こないだは何だっけ? カボチャだったかな」


 人の姿の靄は空気に溶けるようにスッと消えていく。おそらくは図星だったようで気まずくなって消えたのだろう。魔素の体で作った人のような姿をやめただけで、そこにいるのはまるわかりだが、気づかないふりをして仕事用の黒い服を洗濯行きと書かれたカゴに放り込む。


 寝間着にもしている普段着に着替えると、玄関のすぐ近くにあるかまどに向かう。枯れ枝と薪を放り込んで、火の魔法の媒体を使って火をつける。普段はそんな仕事道具を使わずに火をつけるのだが、面倒になっているらしい。


「お腹すいたし眠いし、まとめて作るか」


 台所の隅に野菜がいくつか置いてあり、木の皮や大きな葉っぱなども壁にぶら下げてある。ジャガイモと玉ねぎに少し萎れた大きな葉っぱも手に取ってくる。


 ジャガイモを大きな葉っぱに包むとバシャっと水をかける。葉っぱに包まれたジャガイモと茶色い皮のついたままの玉ねぎをかまどの中へ放り込む。


 いつの間にか横に来ていたスペックが茶化してくる。


「だんな、何してんの? 食べ物で遊んじゃいけないんだぜ」

「いいんだよ、家はかまど一つだから、まとめて作るのに工夫が居るんだよ」


 鍋に水を入れると、半端に残っていた野菜や骨付き干し肉の骨や筋など人によっては捨ててしまうような部分を放り込んで煮立たせていく。見回りの途中で空き地からとってきた黄色い花のつぼみもよく洗って、塩と一緒にぐつぐつと音を立ててきた鍋に入れる。


 あっという間に鍋は灰汁だらけになり、食欲を無くすような色の泡をすくいとっていく。


「その鍋、どうするの? 悪魔でも呼ぶの?」

「美味しい物を作ってんだよ」


 いつの間にか黒い靄の姿で台所に来ていたスペックが声をかけてくる。とりあえず、報告に上がった事の反省は終わったらしい。人目につくようなことはやめてほしいけれど、スペックなりに理由もあったのかもしれない。


 かまどの中を鉄の棒でつついて真っ黒になったジャガイモと玉ねぎを取り出す。パッと見た所、真っ黒焦げで明らかに焼き過ぎと言える。


「やっぱり真っ黒じゃん、もったいない」

「スペックなら熱くないでしょ、ジャガイモ掴んでみてよ」

「えー、真っ黒じゃん、汚れるからやだよ」

「いや体ないから汚れないって」


 スペックがブツブツ言いながら、ジャガイモを掴むと真っ黒になっていた部分がするりと剥けて、少し黄色がかかったホクホクとおいしそうな姿が湯気とともに現れる。驚いたのか黒い靄の姿が少し震えたように見えた。


 続いて玉ねぎにも手をかけると、茶色から真っ黒に姿を変えた皮が割れるように外れ、透明感のある白い玉ねぎがこれも湯気とともに現れる。


「ね、おいしそうでしょ」

「皮だけ焦がすのか、なるほどね」


 リッカは鍋から、骨や筋、固い繊維だけの野菜くずなどを取り出して捨てて、鍋ごとテーブルに運んでいる。スペックに剥いてもらったジャガイモと玉ねぎもお皿にとって、乾燥させた香草をまぜてある塩を軽く振ってテーブルに置く。


 ニコニコと棚からビンを取り出してくるが、中身は割り酒。色々な酒から酒精を集めた割り酒だが、これはリッカの好きな穀物の酒を中心に集めてあるお気に入りの一本。コップに半分ほど注ぐと、レモン1つ絞って水も入れて1杯を仕上げる。


「おー! 黒魔術から急に美味そうになった、でも朝から酒?」

「いやあの、仕事してきたから、これ夕飯」

「この墓守、だめな気がする」


 肉と野菜のうまみが濃縮されたスープは、わずかな煮込み時間とは思えないほどのトロミがつき濃く仕上がっている。スープとして飲むには味も旨みも濃すぎるように感じるが、スープの味が口に残っている時にホクホクとしたジャガイモを口に入れると、程よくスープの味がジャガイモに乗っかり、ジャガイモの甘さがより感じられる。


 割り酒を口へ流し込み、酒と一緒にスープの熱を胃袋へ落として、まだ湯気がたっている玉ねぎに手を付ける。何層にも重なっている玉ねぎの一番外側がするりと取れて、口に入れるとシャキっとした音と共に火傷しそうなほどの玉ねぎの汁が口の中に飛び出してくる。


「あっち!」


 火傷をしたか心配になるほどの温度だが、このシャキっとした歯ごたえと玉ねぎの旨さを同時に味わうには丸焼きが一番いい。煮込みにした旨さは好きだがトロトロの触感が嫌い、生の歯ごたえは好きだが辛味が強い、丸焼きにすれば良いとこ取りで味わう事ができる。


 ハフハフと口を開け閉めしながらコップに手を伸ばして、グイッとあおる。


「ふう」


 酒で口をさましたが、熱さの余韻は残っている。もう一口分玉ねぎを取ると軽く息を吹きかけて冷ましてから口へ入れる。


 スープも一緒に口に入れて、口の中で玉ねぎとスープの味がまとまっていく過程も一緒に楽しむ。


「だんな、旨そうだけど行儀わるいぜ、口に何か残っている時に次入れちゃだめだぜ。一緒に食べるなら、スープにつけてから食べるようするのが行儀だよ」


 シャキシャキと口から玉ねぎを噛む音を出している墓守にスペックが声をかける。忠告を気にせずに、スープの残りをズズッと飲んでジャガイモの最後のひとかけらを口にいれる。


「スープを飲むときには音を出さないように」

「いいんだよ、だれもいないから」


 残った玉ねぎに香草入りの塩をもう一振りしてかじりながら答える。


 少し大きめに最後の一口をほおばって、残った割り酒もグイと飲み干す。食器をテーブルに残したまま、台所で水を口に含んでうがいをすると寝室に向かう。


「片付けは? 手抜きはだめだぜ」

「わかりましたよ、スペック母さん」


 テーブルの食器をまとめて、かまどの灰をまぶしてから汚れをサッと流して水につける。小走りで寝室に行ってベッドに飛び込んで、窓から差し込む日の光を遮るように毛布をかぶる。


「うんうん、それでいいのよって、だれが母さんだよ!」


 空に太陽が昇れば眠り、沈む頃に起きてくる。墓守にとってこの太陽が輝く時間は深夜に当たる。


 アンデッドもこの時間にはなかなか出てこない。墓守にとっては太陽が昇るときこそ夢の世界に旅立つ事のできる安らぎの時間なのだ。


「だんな、ありがとな、おかげで俺は寂しくないぜ」

「すー、すー」


 ベッドからはすやすやと穏やかな寝息が聞こえてきた。スペックは眠りに落ちたリッカを起こさないようにそっと窓を閉める。


 部屋は窓から漏れる僅かな光に優しく照らされていた。

 読んで頂きありがとうございます。

 楽しんでいただけたのなら嬉しく思います。

 次の話もよろしくお願いします。

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