第33話 神父モーラ
モーラ神父の異端審問が始まった。
奇妙すぎるほどに明るく語るモーラ神父に、不気味さを感じずにはいられない。
礼拝堂にゆらめく灯りを受けて、壁に影を伸ばしている壁のように大柄な異端審問官のゼロスト。その正面に立つは不気味に明るく、全ての指に指輪がきらめているモーラ神父。
ゼロストが重い声で、墓場にマンドラゴラが群生していたことや悪魔が繰り返して出現していることなどをカルド神父に確認しながら、モーラ神父に追及していく。
「ゼロスト神父、それは天使様の導きなのです」
「貴様、墓場の手入れも満足にせず、悪魔を放っていても導きと言うのか?」
「そうです、アンデッドを殲滅するために必要な事と天使様が言っておられます」
何を聞かれても天使としか答えないモーラ、周囲にはモーラ神父の教会に所属する墓守達もいるが、彼らは口を開かず、うなづく事もなく静かに立っている。明らかにおかしいモーラ神父の言動を聞いていれば、驚く、戸惑う、呆れるなど、何かの動きがありそうな物だがそのような動きもない。
リッカはゼロストの追及がされるなか礼拝堂全体の魔素の流れを把握しつつ、妙な動きが無いかに注意を払っているとカルド神父が小声で話しかけてくる。
「明らかにおかしいよね」
「正直不気味ですよ、墓守達も何の動きもない」
「そうだよね、モーラ神父の指輪もさ、悪魔が持っていたやつに似てるし」
こそこそと話をしているとモーラ神父がひと際大きな声で朗々と語り始める。
「憎むべきアンデットを消し去るために、天使様がおっしゃったのです。アンデッドを集めて互いを食わせればいいと、悪魔もあつまるから一緒に倒してしまえと」
「貴様! だからといって死者も墓も放置していい理由にはならん!」
ゼロスト神父も大声で否定する。
アンデッドを即殲滅を掲げる過激派と呼ばれる人達もいるが、モーラ神父の言っている事は明らかに死者への冒涜である。アンデッドの中にはなりたくてアンデッドになった存在ばかりではない、中にはなりたくないのにアンデッドになってしまった人もいる。
モーラ神父の互いを食わせるという発想は、アンデッドの害、無害に関係なく殲滅する過激派でも受け入れられない思想といえる。
「アンデッドを消し去ることこそ我らが悲願、それを否定するというのですか?」
「悪魔も出現しているのだぞ! アンデッドも即殲滅するのは、死後も生前の想いにとらわれて苦しむ時間を止めるためだ!」
「悪魔? 悪魔ではありません! 天使様です」
モーラ神父が悪魔ではないと言った瞬間に、全ての指につけられている指輪が僅かに光った。
「モーラ神父の指輪が光りました。狂信の魔術でしょう」
「ありがとうリッカ君!」
「狂信だと? 報告に出処不明の指輪があったと書いてあったな」
「狂信とは失礼な、天使様の信仰の指輪ですよ、私が人々におすそ分けしておりました」
言葉の選び方はともかく、狂信の指輪をばらまいていたことを認めたモーラ神父。
それを話していても、モーラ神父の周りにいる墓守達は変わらずに動かない。
ゼロストが悪魔を放置した事などを怒気をはらんだ声で詰め寄るが、モーラは不気味な明るい声で天使と訂正する。
リッカが周辺に注意を向けると窓に赤い影が映っている事に気が付く。
「カルド神父、窓に影が、悪魔かもしれません」
「リッカ君、走って」
カルド神父の小声の指示を聞いて、リッカは窓に向かって走る。
走りながらシャカンという小気味良い音を立ててショートソードを抜き、左の手で窓を勢いよく開け放つ。そこには赤い体と、真っ黒に落ち込んだ目、ねじれた角を持つ、悪魔がいた。
リッカが悪魔は即殲滅の原則にしたがい、ショートソードを突きこむとあっさりと悪魔に刺さった。
「え?」
「ケッケ」
悪魔は刺された事を気にする様子もなく、両手を合わせて魔素を集め始める。
リッカはショートソードを抜こうとするが、悪魔の腹の中で引っかかっているかのように抜けない。ねじって突きこもうとしても、それも動かない。
悪魔の両手の間には、リッカを何度も吹き飛ばして怪我を与えてくれた黒い球体の魔術が出現している。
「あっ、まずい!」
「ケッケケ、ケー!」
悪魔が魔術を放つと、リッカは水の上を石が跳ねるかのように、吹き飛ばされる。床には擦れた跡を付けながら、ガランガランと音を立て椅子を吹き飛ばしながら、最後は壁に打ち付けられてベチャリと床に落とされる。
「おお天使様!」
「リッカ君!」
「おのれ異端者め! モーラよ覚悟しろ!」
ゼロストが叫ぶと悪魔に向かって走り込む、ケッケと笑う悪魔からは黒い球体が撃ち出されるが、ハエでも払うかのように振られたゼロストの手で軽々と弾き飛ばされていく。
「ケ?」
「フン!!」
悪魔の腹に刺さったままのショートソードをゼロストが掴む、そのまま勢いよく振り上げて、床に叩きつけた。
「クキャあ!」
苦悶の表情を浮かべる悪魔だったが、ゼロストはさらに悪魔をショートソードごと勢いよく踏みつけた。
振り下ろされたゼロストの足は、さながらバトルハンマーの振り下ろしと大差ない。グチャりと潰れされた悪魔は足の下で灰のようになって崩れてしまい、ひしゃげたショートソードだけがそこに残された。
「天使様になんという事を! 許しません!」
「それはこちらのセリフだ!」
モーラが叫ぶと、それまでに立っているだけだった墓守達が懐からナイフを抜き、もう一方の手には魔術媒体の短い杖を構える。
「悪魔崇拝を確認、殲滅するぞ!」
「了解!」
ゼロストが連れてきた護衛達も剣を抜く。
街の中のしずかな教会だったが、悪魔に支配されていた。隣の家では何も知らない住民が穏やかに過ごしているのだろう。平和を守るための戦いが始まったのだ。
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