第32話 異端審問を始めよ
モーラ神父の教会に到着したリッカ達、すでに異端審問官の護衛によって教会は封鎖されていた。
太陽が大地にその姿を隠す頃、日没から夜に変わるまでのほんの僅か、世界が紺色に染まる時間。リッカ達はモーラ神父の教会の前にいた。
カルド神父の教会に比べると、少し小さく、扉などの立て付けもよくよく見ると歪んでいるようにも見える。窓ガラスも暗くて良く分からないが、一部は掃除が行き届いていないようにも感じられる。
普段は入口が閉められる時間帯だが、今日は衛兵のように武装した異端審問官の護衛達が入口の前に立っており、関係者以外の立ち入りが禁止されている。通行人も気になって視線を向けてくるが、教会に権威がある人が来ている場合も同様なので、騒ぎになったりはしていない。
「リッカ君」
「はい、なんでしょう」
普段は軽い調子のカルド神父だが今日の声には軽やかさがない。同じ立場である神父を糾弾するため心が痛むばかりか、悪魔とも戦う可能性がある。街の平和の事も考えると心中は穏やかではない。
「私と審問官が話をするから、周囲の警戒をお願いね」
「分かりました」
秘密とは言葉や仕草の端に出る物、話の内容よりも言い方1つ、視線1つに正体の欠片が混ざっている。それを見つけるためには全ての集中を会話に注ぎ込む必要があるため、どうしてもスキが出来てしまう。
当然、護衛達もいるから、リッカが注意を向けるべき相手はアンデッドや悪魔に限られている訳だが、これらに専門的に対処できるのがリッカしかいない状況になるため気は抜けない。
カルド神父とリッカが入口に近づくと護衛達もサッと道を開けてくれる。
「お疲れ様です。ゼロストさんは先に入っています」
「ゼロスト!? ゼロスト・ログ・パーワー師ですか!?」
「リッカ君、驚かないように」
通称、聖騎士のゼロスト、戦乱の神父ゼロストなどいくつもの二つ名でよばれている。
人間でありながら、ピグマンよりも大きな体を持ち、無尽蔵とも言える体力と筋力を兼ね備えている。さらに法術まで使う事ができる。リッカも直接の面識はないが、大きな式典などでその姿を何度か見た事があるほどの有名人であり、教会の中でも権力を持っている。
こんな所にまで、出てきているというのは今回の件がよほどの重要事項と教会の上部では考えられているらしい。
「すみませんでした」
「いえお気になさらず、ゼロストさんは責任者を礼拝堂に集めておられます」
「さ、行こうかリッカ君」
教会の廊下を進むとすぐに礼拝堂に着く、壁や床は板張りになっており窓ガラスもはめられているが、柱の周りや窓枠にはホコリが残っている所もあり、手入れは行き届いていない。
いくつも置かれているロウソクやランタンに火がつけられて、暗闇が押しのけられており、何人もの姿が浮かび上がるように照らし出されている。
「神父カルド、参りました」
「墓守、リッカード・アル・タンクエン参りました」
何人もの人の中で目に付くのは、壁とも言える程に縦にも横にも大きい人影。そして、それとは対照的に身長こそ近いが、ヒモのように細い人影が見える。
細い人影からの声はこの場に似つかわしくないと言えるほど、弾んだ明るく高い声で言葉が返ってくる。
「おやおや、お客様は歓迎いたしますよ、わが教会へようこそ」
とてもこれから審問を受けるとは思えない、明るく弾んだ声がモーラ神父の声が響き渡る。
「モーラ殿、これから審問を始めるのですぞ?」
響くような、重く、怒りすらも感じられる声がその返答をする。それは異端審問官こと、戦乱の神父ゼロストの物に間違いない。
周辺にいる、モーラ神父の教会の墓守や重役たちは何も言わずに立ったまま動くような様子がない、壁に映し出された影がロウソクやランタンの火にわずかに揺らいでいるだけだ。
「わかっております、何を誤解されているのか、私には天使様がついておりますゆえ」
「天使だと?」
ゼロスト神父が疑念を抱く、わざわざ天使など大げさな表現をするのは、疑いを深めるだけになる。
何もないのであれば、堂々として、投げかけられた疑問にだけ答えればいいはずなのだが、モーラ神父はどんどんと語っていく。
「ええ、天使ですとも、アンデッドを効率よく還す方法を教えて頂いたのです」
「では報告のカルド神父も到着したのだ、天使とやらも含めて審問を始めよう」
マンドラゴラが大量に放置されていた事や、大量のアンデッドが出現した事が記された報告書に基づいて審問が始まる。
リッカは周辺に気を配り、カルド神父は時折ゼロストからの確認や質問に答えながらも、その視線はモーラ神父をはじめ教会の関係者に注がれている。
カルド神父も、リッカも、そしてゼロストもモーラ神父の明るすぎる声と、その十指にはめられている指輪がきらめいている事に不気味さを感じずにはいられなかった。
次回、状況を大きく動かすつもりでおります。
読んでいただきありがとうございます。