第31話 出陣
クーラと一緒に教会に来たリッカ、慌ただしく異端審問に向かうための準備が進められている。普段の平和な教会とは大きく変わり、人々が用意のために走り回っている。
クーラの案内で教会に来ると、いつもは門の前で構えている教会の門番が武具の手入れをしており、治療を担当しているクーラの診察室の周りには医療用品を詰めた箱が積み上げられている。
受付には明かりとなる松明やランタン、清めの酒や簡易の医療用品など、冒険者が使うような用品が積み上げられ、1人1つまでと張り紙が貼られており、その前で装備に加えている人が何人かいる。
いつもの穏やかな雰囲気の教会とはうって変わり、殺伐とした雰囲気が漂っている。
「じゃあリッカさん、私は診察室で待機していますから、できれば来ないでくださいね」
「はい、怪我しないように気をつけます」
クーラは診察室に小走りで向かう、手を振ってクーラを迎える女性たちがおり、慌ただしく木箱を診察室に出し入れしている。
「なんか、戦争でも始めそうな用意だな」
ボソッと独り言のようにつぶやいてしまう。物資の中には先日の草刈りの時の設営に使った物などもあるのだが、それにしても物資が多い。
リッカも受付前に行って、ランタン持ってみるが『教会の物品、必ず返却』と1つ1つにかきこまれているため、返却の必要がない松明や医療用品を選んで受け取っていく。
「やぁ、リッカ君」
「カルド神父、お疲れ様です」
「クーラちゃんから聞いたね」
「ええ、聞いています」
ここでは具体的に役割について確認しない、役割について話をしたのであれば、周囲にもそれが伝わってしまう。裏切者、内偵、悪魔が姿を隠して潜んでいるかもしれない、もしも敵方の存在があれば今日の作戦がばれてしまう。『聞いたね』『聞いた』で伝わっている事の確認のみ行う。
異端審問官とは現地、つまりモーラ神父の教会前で落ち合う事になっているためここには居ない。カルド神父が審問官と打ち合わせはしているが、そこには同等以上の教会の関係者が同席しており、打ち合わせに使われた場所も数か所使われているため、敵方からの調査が及ばないように工夫されている。
「じゃ、出発の時に声をかけるからよろしく」
「はい、わかりました」
カルド神父もバタバタと走っていってしまう。
リッカが回りを見渡すと、先輩墓守のコラーは大きな傘を用意をして壁にもたれかかっており、相棒の白いカラスは肩に止まっている。
その隣では床に座り込んだ、墓守のパニシュが相棒の犬のバカルラムをなでている。
リッカがスッと手を上げると、2人も手を上げて返してくれる。コラーが近くに来るように手招きをしており、周りがバタバタと動きまわっている中、墓守の周りだけは静かな時間が流れているように感じられる。
「やぁリッカ、私ら墓守は家で準備してきているのだから、ゆっくりしてな」
「先輩、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
コラーは真っ白な皮膚をしており、日光にあたると肌がただれてしまう、いつもは日没が近い時間に墓守の仕事に行くが、まだ日があるうちに外に出ているという事は珍しい。
「私たちは夜が似合う、出発まではのんびりしようじゃないか」
「カァ―」
相棒の白いカラスもそうだとばかりに声をあげている。リッカもコラーに習って、壁によりかかる。黒いローブに入っている清めの酒や、腰につけているショートソードの金具が壁に当たって、カチャリと音を立てる。
「そうですよ、アンデッドや悪魔が出るまでは出番ないですから」
「確かに、そうなんですけど、なんか落ち着かなくて」
「カッカッ、リッカはここの所、怪我ばかりしてたからな」
悪魔に吹き飛ばされて骨にヒビが入ったし、今回の異端審問に踏み切った理由も、モーラ神父の教会が管理する墓地で、リッカがアンデッドの大群と悪魔に襲われていることが大きい。
「コラーさん、指輪の事覚えてます?」
「ああ、墓場で見つかったり、リッカを襲った悪魔が身に着けていた奴だ」
「魔素をため込んだり、狂信の魔術がかかっていたり、普通は一般人が持ってない奴ですよね」
まだ出発まで時間があるので、カルア・コルフィも狂信の指輪と思われる物を身に着けていた事を伝える。コラーは、以前コルフィ家が管理していた屋敷でみつかった、人形に宿った幽霊をリッカと一緒に埋葬しているが、パニシュはその話はここで初めて聞いた。
「やっぱりなんか、奇妙な感じしますよね」
「貴族の間にも指輪が出回っているかもしれんな」
「指輪を身に着けた悪魔も、モーラ神父の墓場で見つけましたから、指輪の出処もわかるかもしれません」
「先輩、モーラ神父が黒だと思ってませんか?」
「状況証拠はそろってるから、何かあると思ってるよ」
草刈りの時にはモーラ神父も、教会所属の墓守も姿を現さないばかりか、マンドラゴラがいくつもあり、自爆する特別種までいた。悪魔とアンデッドには襲われており、怪我まで負わされている。これで何もないと考える人間はいない。
指輪を作った目的か、大量のアンデッドの理由か、悪魔を呼び出した存在か、いまだに姿を現していないモーラ神父達が何かを知っている事は間違いない。
リッカ達は平和な夜と、平和な街を守るため、墓地ではなくモーラ神父の教会へ向かう。
「みなさん、出発の時間です。事前にお伝えしている段取りで進めます」
カルド神父の声が教会全体に響き渡る。
「街の方々の平和を乱さないよう、私たちは影になり、恐怖を排除する事が役目です。今回の異端審問も同じ教会の仲間を疑う辛いものです」
ざわざわとしていた教会の中がだんだんと静まり、皆の視線は演説をするカルド神父に向けられていく。
「ですが、もし平和を乱す行いを私たちの仲間がしているのであれば、それを止めるのも私たちの役目です。みなさんの街の人々の平和を守る活動に感謝します。行きましょう!」
カルド神父が声をあげて、片手を大きく上げる。
周囲の人々がパチパチと手を叩きはじめるとその拍手の波が広がっていき、教会にいたほとんどの人が拍手をしていた。
世界には人々に害を与える魔物や悪魔、アンデッドがはびこっている。この街にある危うげな平和を守るために、1人、また1人と与えられた役割を果たすために夕暮れの街に向かって歩いて行く。
「さて、私たちも行こうか」
「先輩いきましょう」
「そうですね、行きましょう」
リッカ達墓守も、夕暮れの街に歩きだしていった。
引っ越しも落ち着きまして、作業再開しております。
今後ともよろしくお願いします。