第30話 悪魔との戦いに向けて
今夜は悪魔の出現した原因を探るため、モーラ神父のいる教会に出向く事になったリッカ。これまでの経過から考えて、戦いになる可能性が高い。しかし避けては通れない、街の平和を守るため、死者に安らかに過ごすための夜を与えるため、墓守のリッカは今日も夜に備える。
昨日リッカの手元にカルド神父からの手紙が届けられた。モーラ神父の教会に異端審問官と共に、今日の夕方に向かうという内容。出発の時間には教会から迎えが来るとも記されており、いつ迎えが来てもいいように早めに準備をしなければならない。
前回の墓場の草刈りの時に悪魔が2体出現、特殊なマンドラゴラも確認され、大量の敵意を持ったアンデッドにも対処してきている。突然決まった上に細かい時間が伝えられていないが、こちらからの情報を少しでも相手に渡さないという考えであろう。
「だんな、まだ昼過ぎだぜ、もう着替えるの?」
「細かい段取りは教会からの迎えの人が教えてくれる。いつ来るか分からないから早めにね」
「へー」
「集合時間とか伏せてるのって大変な事態の時なんだよ。ろくでもない事が起こっているのは間違いないからね」
「ふーん」
「スペック機嫌悪い?」
プイとリッカに背中を向けてしまうスペック、どうやらお留守番になる事が不満らしい。
あれだけのアンデッドが出たのだから、スペックが一緒に居ては、パニシュと相棒の犬のバカルラムの咆哮に巻き込まれて散らされたり、間違えて清めの酒をぶっかけられてしまったり、現場が混乱する可能性が高い事が理由なのだが、スペックは納得していない。
リッカが着替えを進めながら、スペックに理由をもう一度説明していると、ドアをコンコンと叩く音が聞こえてくる
「はーい! 待って下さーい」
「あ、だんな、俺があけてくるよ」
「え? いや! スペック待って!」
スペックがドアを開ける。もし、一般人が墓守に用があってきたのであれば、勝手にドアが開いた心霊現象にしか見えない。
さらに、リッカは先日カミュから渡された女性の下着のように見える防具を身に着けている所だ、こんな姿を見られたくないのでスペックを止めるが、ためらいもなくドアを開けてしまう。
「こんにちは、リッカさん、迎えに……」
「お、クーラの姉ちゃん、だんな着替え中でさ」
スペックがこっちを向くが、ニヤリと笑っているように見える。
「クーラさん! あのこれは下着でなくてですね」
「リッカさん、気にしないでください、これまで大変でしたよね」
「え?」
「体は男でも、心が女性、そんな人もいるんです」
「え? え?」
「いいんですよ、女性の服を着ても、私は一緒に買いに行ってもいいですよ」
「あの、クーラさん違います。違いますよ! これは防具です!」
リッカが必死になって説明をしてるが、クーラはとても優しい表情でそれを聴いている。スペックの表情は良く分からないが、間違いなくニヤニヤとしているはずだ。
「なんてね」
「なんてな」
「へ?」
「その防具の事、私聞いてますから知ってますよ」
「俺もクーラの姉ちゃんが来るって知ってたぜ」
慌てていたリッカはズボンだけはサッと身に着けると、椅子にへたりこむように座る。
「スペックさんから、ちょっといたずらしようって言われまして」
「手紙持ってきたのがクーラの姉ちゃんだったからな、その防具の事話しておいたぜ」
「着替えのタイミングは?」
「多分だんなは昼飯食ったら着替えるから、このぐらいに来てって言っといた」
「さすが、相棒だな」
「リッカさん、ちょっと試してみていいですか?」
クーラはリッカの腹に手を当てると思いっきり押し込んできた。いつもの診察の時にはこれで激痛が走るが、今日はそれほど痛みを感じない。
いつの間にかスペックが扉の支え木を持って後ろに立っていて、思いっきり背中に振り下ろしてきた。ボフンという音が部屋に響く。
「おぉ、結構本気でやったんだけどな」
「結構びっくりしたよ、ちょっと痛かった」
「姉ちゃん、これで安心したか?」
「ええ、スペックさんありがとうございます」
リッカは灰色の上下に黒のローブまで纏うと、いつもの墓守の服装になる。
「私、結構心配してたんですよ、いつもボロボロになっていたんで」
「すみません、確かによくお世話になってました」
その後、クーラからは段取りの説明をされる。
リッカは異端審問官とカルド神父と一緒に正面から入り、モーラ神父をはじめとする教会の責任者に詰問する間の護衛に抜擢された。教会の警備兵や異端審問官の護衛も来るが、相手がもし悪魔だった場合真っ先に攻撃を受ける場所になっていた。
他の墓守の2人は裏に回り、教会の警備兵と一緒に待機、不意打ちや逃走の防止をするとともに、正面から入ったカルド神父達に何かあった場合、救出に向かう役割。
モーラ神父に関係する責任者の名前は全員あげてあるため、それを1人1人尋問しつつ、教会内の部屋や設備、資料などを全て見直すという。
「徹夜ですね、これ」
「そうですね、開始時間は教会の門が閉まる日没と同時に行きます」
「街の人達に気が付かれないためですよね」
「え? 悪い事してんだから、ばらしちゃっていいんじゃないの?」
「騒ぎにしたら心配するでしょ。黒だとしても、働いている人や祈りに来ている人に罪はないからさ、できるだけ事は小さくするの」
「難しいもんなんだなぁ」
リッカは黒いローブを翻すようにして立ち上がると、少し歩いたり、跳ねたりして装備の状態を確認する。
新品になっているショートソードも数回抜いたり戻したりを繰り返し、ローブのポケットから魔法媒体や清めの酒を抜き出す動きも実際にやってみる。
「結構カッコいいですよね」
「あ、どうもありがとうございます」
「さぁ、行きましょうか」
クーラと共に教会へ向かうリッカ、太陽はまだ空高く輝いているが、これが沈む頃には悪魔の正体を探る戦いが始まるのだ。
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