第3話 酒飲み
墓守の仕事は多い、墓地の見回りだけではなく、幽霊の噂や話を聞いたらその真偽を確かめに行く事もその仕事。
時には墓地に、時には町の暗がりに、時には廃墟に、墓守は人が近寄らない場所にこそ向かう。
夜が明けそうになり、これから朝を迎える時間。もう少しすれば太陽も山から顔を出すようになる。朝のピンと張りつめたような涼しさを感じながら、墓守は繁華街の外れに向かう。途中、生ごみが捨てられている所や暗がりの水たまりなどに清めの酒をかけながら歩いて行く。
清めの酒は法術を乗せる媒体に使うが、そのままでも酒として殺菌作用があるので、病気の予防にもなる。
「まだ仕事をするのかい」
「いや、あと一か所で終わりにするよ、清めの酒は残っても勿体ないから使っているだけ」
「こないだ、清めの酒飲んでなかった?」
「今日は飲んで帰るから、持って帰らない」
スペックと雑談をしながら早朝の町を歩く、まだ町は眠っており、遅くまで開いている店もすでにしまっており、極々僅かにある夜通し開けている店がある。馴染みの店があり、そこに向かって歩を進めている。心なしか、早足になっているようにも感じられる。
目的の店は、リッカが思った通りに明かりがついているが、外のテーブルで飲んでいる大柄な人が目に入ってくる。大き目に作ってある椅子には窮屈そうに座り、テーブルに合わせて背中を丸めているくらい。
大柄な人は近づくにつれて人間ではないことが明らかになっていく。ピンク色の肌、前を向いた鼻と頭の上に小さく主張する耳で顔はまさに豚のようだ、指は3本に分かれていて、人間の爪の代わりに蹄のようになっている種族、ピグマンである。
「ついたよ、スペック、今日の最後の仕事だよ」
「だんな、ただ飲みに来ただけじゃないの?」
リッカは仕事の帰りにこの朝までやっている酒場で飲んで帰ることがある。普通の酒場や夜店は夕方から深夜にかかるまでが営業時間なので、大体の店の主はこの時間は家に帰っていることが多い。
墓守や酒場の主がお酒を楽しめるのはこういった朝までやっている限られた店になる。慣れた手つきで手を上げて店員に来店したことを伝えながら、ピグマンの向かいに座る。
「バルさん、お久しぶりです」
「おう、墓守じゃねえか、みんな酔いつぶれちまってな一杯つきあえや」
店の中にはバルにつき合わされたのか酔いつぶれている人々が見える。リッカが注文しようと店頭に掲げられている手書きのメニューを見ているとバルそっくりのピグマンが店の奥から出てくる。
「おう、墓守じゃねえか、最近の奴らは酒が弱いからな、寝かせてきたとこよ。もう少し飲みたいから付き合えよ」
「やっぱり、ボルさんもいたんですか、問い合わせてもらった件もありますし、飲みながらでいいですか?」
ボルと呼ばれたバルと鏡写しのような巨体も同じテーブルに座る。この酒の場では砕けて話しているが、普段は会話する事も恐れ多いと感じる人もいるほどの存在がこの二人。
門のような巨大な盾を両手に備える鉄板のボル、城の大黒柱ほどもあるメイスを振りまわす鉄柱のバル、どちらも二つ名がある双子のピグマンである。今日は二人とも手ぶらだが、その存在感は十分に主張している。
二人は戦士ギルドの重役であり、老人と言える年齢に差し掛かっているにも関わらず、自らが討伐の現場に出ていくことも多い。今でもその辺の冒険者程度なら、武装していても素手で簡単に倒せるくらいの強さは保っている。
「ビール樽2とゴブレット1つな」
「もうビールねえよ!割り酒にしてくれ!つまみは残ってるの全部出すからカンベンしてくれよ」
売り上げが良くてうれしいのか、酒もつまみも在庫が切れて臨時の仕入れに徹夜明けで向かう事になって悲しいのか、店主の叫ぶような返答が帰ってきた。
バルとボルが来ている時にはギルド職員や登録してある冒険者達も一緒に来ている。大食の上に大酒飲みの団体、この一団が来るとき店にある物は食いつくしの飲み尽くしになっているのはいつものこと。
「ビールって樽で頼むもんじゃないだろ」
「スペック、それは正解だよ。やっぱり割り酒しか残ってないか」
割り酒とは、酒精の塊と言えるほどまで濃くした酒であるが、ドワーフ達がまずいと判断したできそこないの酒から酒精だけを抜いて集めた物、味も香りも色々混ざり合って一本一本味が違う粗悪品だが、保存も効くので町中の酒場では安酒の代表になっている。
料理は冒険者ギルドの面々が食べ尽くしたに近い状態になっており、塩漬け野菜と干し肉、割り酒と割り用のお茶や水がテーブルに並んだ。リッカは割り酒を温かいお茶で割って飲むつもりだ。
「それで、バルさん、ボルさんからの問い合わせでしたけど、最近亡くなった人でしたよね、多分特定できましたよ」
「おう、この店の常連のじいさんだけどな、開店してからすぐに来て、サッと飲んで食ってから帰ってくんだわ」
「おう、それがぱったり来なくなったんだわ、もしかしたらくたばっちまったかもって思ってな」
最近中央通りの近くの区画で亡くなった元食堂経営のおじいさんが共同墓地に埋葬された。その人がここの常連のおじいさんに間違いない、来なくなった時期、外見の特徴など全て一致している。この店には散歩と夕食を兼ねてきていたのだろう。
「ああ、やっぱりくたばっちまったか」
「ああ、しかたねえな」
リッカは目を閉じて周囲のマナを探る、カウンターの端の厨房の入口近く、何とか2人分の席を作った所に微かに魔素が集中している。
もし、そこにいるならば幽霊とも呼べないくらいの存在だろう。法術の使い手のリッカですら、いるかもしれないという微かな感覚程度。
「たぶん、今もそこにいますよ」
カウンターの端を指さしてからリッカは伝えたが、バルとボルの二人のピグマンにとっては確信に至る事だったらしい。そのおじいさんが必ず座る席、リッカが指を指した、まさにそこだったようだ。
バルはゴブレットに割り酒とお茶を混ぜて入れて、ボルは塩漬け野菜を小皿にキレイに盛り付け始めた。ボルはバルから割り酒のゴブレットを受け取ると、塩漬け野菜と一緒にカウンターの端に置いて店主に声をかけた。
「これ、じいさんの分な」
「やっぱり亡くなったんか、あの席から色々注文つけててな、小言のうるせぇじいさんだったが、あのじいさんの小言で俺の腕もあがったからな」
店の奥ではしみじみとした雰囲気でボルさんと店主が話している。常連とその店主、ここでしかない酒がつなぐ絆があったのだろう。
「バルさん、それ私の分の割り酒なんですけど」
「おう墓守よ、また頼めや」
笑顔でさらっと答えるバルだったが、しみじみとした雰囲気に声をかけるような無粋をリッカもバルもしない、酒は話が終わるまでお預けとなった。
「だんな、飲むなってことじゃない?」
「スペックうるさい」
ようやく話もひと段落したのか、ボルさんが新しいゴブレットを持ってきてくれた。この店のゴブレットは焼き物を使っており、木製や鋳物の入れ物で飲むよりも酒が旨いと感じるらしい。
この二人は、ビールはいかに豪快に飲むかで味が良くも悪くもなると言っている。話のじいさんはこんな二人にも旨い飲み方を提案していたらしい。
「おう、あのじいさん『そのガタイなら、樽の蓋板を割ってそのまま飲めるだろ』って俺らに言ってな」
「おう、すっかり樽注文の常連よ、店主はビールのサイズに樽っての追加してくれたしな」
「メニューの樽は二人しか注文してないでしょ」
「「おう!わかってんじゃねぇか!」」
バルとボルは楽しそうに話している。スペックも楽しそうにしており話が盛り上がっている。スペックの声は法術の使い手や、死者の声を聴く独特のセンスを持つ人にしか聞こえないはず。
「バルさん、ボルさん、スペック見えてるんですか?」
「「何言ってる?墓守、お前しかいないだろ?」」
「あっれー?俺は?話に入れてないの?」
酔っ払いにとっては声が聞こえて姿が見えなくても気にならないらしい。多分だが、バルとボルにはスペックの声は届いている。
翌日以降、開店から最初の客が来るまではカウンターの端に少しの酒とつまみが置かれるようになった。店主は新作料理と酒の相性を見てるんだと言っているが、常連はみんな知っている、酒と飯が好きなじいさんの分なのだと。
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