第26話 本の出処
幽霊が媒体にしている本の処遇についての仕事が舞い込んできた墓守のリッカ、珍しく昼の街を歩き、依頼人の元へと出向く。
頭はつるつる、髭がもじゃもじゃの年をとったおじさん幽霊が、深夜に出てくる昼間は開かない不気味な本。平然と小脇に抱えて、灰色の上下に黒のローブを纏った墓守のリッカが昼の街を歩く。
街を行きかう人々は墓守の姿を見つけると、大きく距離をとって歩いている。道にはそこそこに人がいるが、墓守の周りは両手を広げても誰にも当たらない、嫌な物を見たという視線を除けば快適なスペースが確保されている。
「だんな、昼間に仕事は珍しいよな、どこ行くの?」
「魔術研究所だよ、カルド神父に聞いたら、この本はそこから持ち込まれたんだって」
幽霊の姿を確認してから、教会の報告に行ったら現地調査までカルド神父から指示されてしまったのだ。アンデッドの姿を確認して、害が無いなら昼間の教会の職員が今後の処遇を持ち主と相談するが、今回はリッカがやる事になってしまった。
「よっぽど、買い物の代金を押し付けた事に怒ったんだな。全部押し付けられるとは思わなかった。」
「だんな、心当たりは?」
「実は装備品関係を全部急ぎにしたから、割増し料金になってる事が原因かな」
「そりゃあ怒るわ」
「着いたよ、スペック」
住宅地から少し離れると身長よりも腕一本分ほどの高さの石壁が現れる。これが2重になっている先に2階建ての大きな建物がある。これが魔術研究所であり、万が一に事故が起こった時でも、2重の石壁が周囲への被害を防いでくれる作りになっている。
「どっから入るの?」
「この反対側に門がある」
「この壁くらいなら超えられるよね、近道しようぜ」
「それやると、ゴーレムに襲われるよ」
壁と壁の間と研究所の建物周りには警備のゴーレムが徘徊している。リッカが幽霊の出る屋敷で相対したリビングアーマーのようなものではなく、ここの研究所で作られた最新型が実験や実用性のテストも兼ねて配置されているので、無理やり壁を超える事そのものが自殺行為になっている。
仕方なく壁をグルリと大回りして門のところまで行く、貴族の邸宅の入口にあるような門ではなく、城壁にでも取り付けられてるような、大砲の1発2発では動かないほどの金属の固まりのような門が見えてくる。門の左右には見上げるほど巨大なフルプレートアーマーがオブジェのように置かれている
「スペック、あのフルプレートアーマーもゴーレムだよ」
「うわぁ、でけえ! すげえ!」
スペックが楽しそうな声をあげている。男の子は魔術やゴーレムみたいな物が好きな物だが、それは大人になっても変わらない。貴族の家でも護衛用にリビングアーマーなどを買った時に一番はしゃぐのが息子、その次が父親になる。
リッカも魔術研究所の門を通る事は楽しみの1つになる。威厳すら感じる大きなゴーレムと、ゴーレムが守る門。そして、新型のゴーレムや新しい魔法の媒体、心が躍る物がこの研究所には詰まっている。
「やあ、我が親友、門を開けるから入口まで来ておくれ」
「久しぶり、今日は仕事で来たよ」
「うわぁ! 喋った!」
男性だが甲高い声がゴーレムから響いてくる。おそらく声を飛ばす魔法媒体が何か入っているのだろう。
フルプレートアーマーが動きだして、門に手をかける。門は開くのではなく持ち上げて開けるように作られており、奥からガコンと留め具を外すような音が聞こえると、フルプレートアーマーが門を一気に持ち上げる。
「うおおぉ! カッコいい!!」
「スペック落ち着いて、でも確かにカッコいいよね」
「うんうん、親友よ分かってくれるか、このフルプレートゴーレムの偉大さと、この荘厳な装い! ここにいるだけで、悪だくみをする矮小な心根すらも打ち砕く存在感!」
「そっちも落ち着こうか」
門をくぐるとすぐに庭になっていて、魔法研究所の建物が見える。石壁からは20歩ほどの距離があって、そこを畑にしていたり、通路が設けられている。そこを金属の球体が転がっていたり、銀色の蜂のような物が飛び交っていたりしている。
「スペック、これ全部ゴーレムだよ」
「おおぉ!! すげぇ!!」
「分かってくれるか親友よ!!」
「で、だんな、さっきから響いているこの声は誰だい?」
「ところで親友よ、雑音が混ざるんだが誰かいるのかい?」
すごいすごい言っているスペックを引っ張り、ゴーレムの魅力を語り続ける声を聞きながら魔法研究所のドアに手をかける。
研究所は外のゴツイ石壁と違って、こちらは真っ白な砂を固めたような優しい色合いの建物に、白いとも言えるような木の板で作られた優しい木目のドアが付けられている。貴族の別荘とでも言われても納得が出来そうなほどの美しさすらある。
ドアを開けると、身長が低くて体も細い。目の下にはクマがあり、黒と茶色が混ざったような髪の毛はボサボサになっている。お世辞にもキレイとは言えない姿の男が立っている。
「やあ、親友ようやく会えたね」
「久しぶりだねカミュ」
「こんちわ」
「なるほど! 君が雑音の理由か! うんうん、確か相棒のアンデッドだったね、名前はえ~っと忘れてしまったよ。しかし幽霊とは不思議な存在を連れてきてくれたものだ」
カミュと呼ばれた男は高らかにかつ、早口に話続けている。その言葉は止まる事がなく、次々と口から飛び出してくる。
「だんな、なにこいつ、俺が見えてるみたいだけど」
「変わり物だけど、腐れ縁の良い奴だよ」
「親友よ、それはひどい言い方だな、そもそも君とは共に法術を学んだ仲じゃないか! さらに初対面の幽霊にこいつ呼ばわりされる理由はないぞ、カミュ・カイルゼという立派な名前があるのだ!」
「それで今日の要件なんだけど、ねえカミュ、聞いてる?」
自分の話をひたすらに続けているカミュは、この研究所の主席とも言える研究者をしている。ここでは魔法の媒体にするアイテムの開発や製造方法の確立、ゴーレムの製造や開発研究などが行われており、カミュはゴーレムの開発を担当している。
「カミュ? ちょっと黙ろうか?」
「おぉ、珍しい、だんなが怒った」
「うん? おお! すまない、要件を無視していたね、久しぶりに親友に会えてうれしくてね」
「これなんだけど」
リッカは持ってきた本を取り出して、カミュに見せる。
「それは間違いなく私が教会に持って行った本だね、倉庫から出てきたのだけれど、開く事もできなかったのだよ。徹夜で開発をしている時にふと見たら、勝手にペラペラとめくられていて気味悪くてね」
「カミュには見えなかったの? 頭つるつるで髭がもじゃもじゃの幽霊が入っているんだけど」
先ほどまでうっとおしいほどに語り続けていたカミュの口が止まり、目がクワっと見開かれていく。どこから出ているかと思うほどの大きな声で言葉が飛んでくる。
「し、師匠おぉぉ!! 間違いない! 師匠の幽霊だ!! さぁ、会わせてくれ親友!!」
「なんだこいつ!」
「腐れ縁の良い奴」
「ひどいな親友! さぁ、師匠はどこだ!」
「だんなの知り合いって、クーラの姉ちゃんとか、すぐ殴るカルアの嬢ちゃんとか、こいつとかヤベー奴多いな」
スペックの指摘には何も言えないリッカだが、依頼人の会わせてほしいという希望を確認したことで、墓守の仕事の用意を始めたのだった。
今日も来て頂きありがとうございます。
リアルがハードな状況ですが、毎週金曜日の更新は頑張ります!
今日は少しテイストが変わっていますが、お付き合い頂けると嬉しく思います。
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