第23話 来客と治療
傷つき、疲れ、家についたリッカは眠りについた。あれだけ騒然として命の危機まであったというのに、太陽はいつものように昇って世界を照らしている。
空に太陽が昇ったが、窓が閉められた部屋は薄暗い。ガラスなんて高級品な窓ではなく、木の板を打ち付けてあるような安い作りなので、隙間からは太陽の日差しが差し込んでいる。
薄暗い部屋にはベッドが置いてあり、使い古したシーツと毛布が敷かれ、人の形に盛がってもぞもぞと動く、床には酒瓶が置かれていたり、お世辞にもキレイとは言えない。
「だんな、朝だよ」
ベッドに寝ている人以外、この部屋に人間がいないはずだが、どこからか声が聞こえてくる。
「う~、眠い~、痛い~」
毛布を盛り上げている人の形がうめき声にも聞こえる、寝ぼけた声が誰もいないはずの部屋に響く。
「起きなって、クーラの姉ちゃんとこ行くんでしょ」
毛布が一人でに持ち上がって、はぎ取られる。
ベッドに寝ていた男の体はあちこちに包帯が巻かれており、肌には青黒い痣もあちこちにあり、何とも痛々しい。
「う~ん、行くのは午後でいいから、もう少し寝かせて」
「だんな、昼前に行くって言ったじゃん。起きなよ」
「太陽も、う~ん、昇ったっけ、え?」
ベッドで寝ていたのは昨晩に多数のアンデッドに襲われていた墓守のリッカ、部屋に響いていた声は彼の相棒のアンデッドのスペック。昼に動き回るアンデッドも珍しいが、空に太陽がある時間に予定のある墓守もまた珍しい。
昼近くになった事に驚いたリッカは勢いよく体を起こすが、その反動で傷に響いたようで全身に電気が走ったような痛みが流れる。
「くぁ!」
「だんなぁ、そんなに動いたら痛いぜ」
「あぁ、実感してるよ、目も覚めたよ」
リッカの目が覚めてきた所で、コンコンと玄関のドアをノックする音が聞こえてくる。
「スペックお客さんだよ」
「俺が出たら、勝手にドアが開くように見えるんだろ?」
「しょうがないなぁ、はーい! ちょっと待ってください!」
ドアの所へ小走りで行き開くと、真上に来ている太陽のまぶしい光が家の中に入ってくる。ついさっきまで眠っていたリッカには光が強すぎて来客の顔が見えない。
「リッカさん、ぜんぜん来ないので来ましたよ」
墓守の家は教会の近くの住宅と住宅の間の狭い道の先にある、知っていないと通り過ぎてしまうような所なので、来客は自然とリッカの知り合いになる。
まとめられた髪、メガネ、昨日も聞いた凛とした声の女性。治療師のクーラに間違いない。
「あ、おはようございます」
「こんにちわ、そろそろお昼ですよ」
笑顔のクーラだが、目が笑っていない。目の下にはクマも出来ており、服も昨日のままになっている。
「私は徹夜になりました。リッカさんが午前中に来なかったので、帰る前に処置だけします」
「だんなが寝坊してすいません、よく言っとくんで」
「あ、スペックさんもいたんですね、保護者の方もしっかり起こして下さいね」
スペックとクーラが笑っている。
昨晩のアンデッド達はこのような穏やかな気持ちは持っていなかった、恨み、妬み、憎悪、後悔、敵意、恐怖、不安、人間の暗い感情ばかりを大量に持っていた。
体の痛みもつらいが、心も痛む、暗い感情をむき出しにしたアンデッド達に襲われたリッカには、この笑っているという表情が何よりの癒しになる。
「はい、じゃあ、お寝坊なリッカさんには診察のご褒美です」
「あの、なんで押し込む素振りしているんですか?」
「動かないでくださいね」
クーラの手がリッカの痣の上に置かれて、押し込まれる。
「あぁー!!」
「うわぁ、痛そう、こんなことして大丈夫なの?」
「これで体内の魔素を探るんです。それで怪我の詳細とか、精神への影響とか分かりますから」
しばらくクーラはグリグリと手を動かしており、リッカも痛みに顔をしかめている。スペックが自分の靄のような体に手を当てて後ずさりしている。すでに肉体は無くても、思わず体に手が行ってしまうほど、クーラの診察が痛々しいようだ。
クーラは手をのけると、持ってきていたカバンから軟膏をいくつか取り出し、傷の状態に合わせて塗り込んで行く。手慣れた様子で包帯を巻きつけ、動かしてもズレない事まで細かく確認している。
「やっぱりクーラさん丁寧ですね、痛いけど」
「嫌なら怪我しないで下さい、はい終わりです」
「だんな見てて、治療と拷問は紙一重に思えてきた」
「スペックさんも治療受けます?」
「やめときまーす!」
軟膏や包帯の残りなどをテキパキとカバンにしまいながら、部屋をキレイにしておくことや、食事はキチンと取る事などの療養の指導がリッカにされる。酒を飲まないようにという事は何度も繰り返して言われただけではなく、スペックに見張りを頼むほどの徹底ぶりだ。
「それじゃあ、私は帰ります。これカルド神父からです」
「ありがとうございました」
「うちの子が、お世話になりました」
「スペック何それ?」
「俺が保護者なら、だんなが息子だろ?」
「あはは、お2人仲良いですね」
クーラが笑顔で手を振りながら帰っていくのを見送る。墓守の自宅は、教会からの依頼の札や清めの酒の配達くらいしか人が来ない。リッカにとっても今日のクーラの来訪は喜ばしいイベントだったかもしれない。
「さて、カルド神父からは『手紙』だ」
紙を使い、教会の印で厳重に封がしてある。通常は木の板に文章が書かれた札でくるが、紙で来る時は重要な要件や緊急の要件になることがほとんどだ、昨日の今日なので嬉しい知らせではないだけは分かる。
リッカは封を開けると手紙に目を通していった。
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