第22話 帰宅
多数のアンデッドに襲われたリッカ、幸いにも命は助かった。
発生の原因、悪魔がいた事、ここに来なかった隣の区画の教会の墓守と神父、気になる事は沢山ある。
「おごぉ!!」
「あ、目が覚めましたね」
脇腹から全身に激痛が走り、リッカは飛び上がるように体を震わせる。動いてしまった衝撃で、もう一度全身に痛みが伝わってしまい、息すら吸えないほどの苦痛を味わう。
「か、かっ! ひゅー、ふー」
痛みをこらえてゆっくりと呼吸をしていくと、痛みも落ち着き、息も吸う事ができる。痛みで強く閉じていた目も開ける事ができたので周りを見回してみると、クーラの澄ました表情が視界に入ってきた。
クーラの手が脇腹に押し込まれている所も見えたので、アンデッド達にやられた傷の痛みを引き上げてくれた元凶もわかった。
「クーラさん、ものすごい痛いんですけど」
「アンデッドに取り込まれてしまうよりいいですよね」
「いや、その手なんですが」
「心配かけた罰です」
痛みがある事は生きている証拠、血が流れる事もまた生きている証拠、リッカが気絶している間に、切れた額は包帯に覆われており、脇腹なども軟膏が塗られたり、包帯が巻かれたりしている。
クーラが傷口を押し込んでいるので、鈍い痛みが続いているが、どうやら止血が続いているらしい。罰と言っているので、わざと痛みが出るように押しているようにリッカには感じられる。
周りではバタバタと走り回りながら、声をかけあっている教会の職員の声が聞こえる。あちこちにかがり火が置かれており、倒れたゾンビの肉体や散らせた幽霊の魔素の行先を探るなどの事後対応に追われているのだろう。
「クーラさん、自分から飛びかかってくる人面草ってしってます?」
「爆裂種っていう種類がありますけど、何かあったんですか?」
「紫色の人面草が、飛びかかってきてからアンデッドが大量に出たんです。調べないといけません」
「カルド神父が知っているかもしれませんね、というか死にかけたんですから、まず自分の事を気にしましょうか」
言葉の端に怒っている感情が乗り、リッカの耳に届く。
「あー、そうですね、前も『殺されかけたのに悠長な』なんて言われましたから」
「誰に言われたかは知りませんけど、今回の怪我は軽いですよ」
「え? 気絶してたのに?」
「気絶したのは法術と魔術の使い過ぎです」
「それは恥ずかしい倒れ方ですね」
「恥ずかしい初心者の気絶ですね」
2人して笑い出してしまう。法術と魔術を限界まで駆使しても、リッカでは切り抜けられなかった。助けに来てくれたコラーとパニシュ、その相棒達のおかげで、恥ずかしい気絶で済んだ。
「元気で安心しましたよ」
淡々と治療するクーラのイメージだが、この瞬間は笑顔を見せてくれた。殺伐とした風景の中の笑顔はキレイだが、笑顔で症状の説明をされると逆に恐ろしい。
ぶつけられた石は額を切っただけ、悪魔の魔術を食らった場所もお腹の真ん中だが急所は外れているため、どちらも痛いだけの怪我というのがクーラの診察結果だった。顔だけの幽霊の叫び声も受けていたが、体内の魔素には乱れも無いので心配ないと断言していた。
悪魔がいたぶるつもりでわざと急所を外して魔術を撃ち込んできたかもしれない。近くに他の墓守や神父もいたのに、時間をかけて痛めつけにかかってきたのだから悪魔の知能はそう高くなかった。力を持った悪魔が出てくる前に元凶をつぶさないといけない。
悪魔の事、紫色の奇妙な人面草がいた事など、報告する事も調査する事も沢山ある。
「お~い、リッカ君起きた~?」
大きな声が聞こえて、段々と近づいてくる。カルド神父がこっちの様子に気が付いたようだ。
リッカは体を起こすが、脇腹などに痛みがあり全身に気だるいような、ふわふわしているような奇妙な感覚に襲われる。悪酔いした時のように体が上手く動かず気分が悪い、座る事はできたが、立ち上がる事は無理そうだ。
「あ~、酔っちゃったかぁ、ギリギリだったね、大けがも無くてよかった」
「使い過ぎの酔いで済んでよかったです。助けてもらわなければ死んでました」
「それで具合悪いとこ悪いけど、変な色の人面草見つけなかった?」
怪我の心配もそこそこに、カルド神父が表情を硬くして質問をしてくる。
「ありました、自分から飛びかかってきて、叫んで砕け散ったんです」
「やっぱりかぁ、コラーさんもそれ見つけてね、希少種だったから採取してある」
リッカが見つけた人面草は自爆する爆裂種の中でも特に珍しい、魔素収集の能力を持つ品種だったらしい。体に魔素をため込むが、それは自分では使わずあたりにまき散らす。アンデッドが近くにいると魔素に引かれてそこに集まってきてしまう。
魔素をたっぷり含んだ人面草の体液みたいなものが、ベッタリとリッカについてしまった事が原因でアンデッドに襲われたと考えるのが自然だが、それでもあの数の説明がつかない。
「あと、悪魔が2体いた」
「コラーさんが倒した奴以外にもう一匹いたんですか!?」
「そうなんだよ、もう困っちゃう。大教会の異端審問部に至急伝達飛ばしたとこだよ」
腕を組んで、眉間にしわを寄せて、頭を右に左に振りながらカルド神父は話している。少なくとも隣の区画担当の教会の責任者は全員にペナルティが出るだろう、破門も十分にあり得るほどの大問題になった。
「あ、リッカ君、悪魔の痕跡調べるから装備品預かるね、多分戻せないけど」
「またですか!? もう大赤字なんで、貯金なくなちゃいますよ!?」
叫んだ瞬間にぐらっと大きく世界が回った。魔術と法術を使い過ぎた酔いがまた襲ってきたのだが、装備品買い直しの大赤字のめまいと言った方が正しい。
横で話を聞いていたクーラがそっとカルド神父に近づいて、肩にポンと手を置いていた。
「神父?」
「あ、クーラちゃん、なんだい? リッカ君はもう治療終わったでしょ?」
「患者の経済状況を悪化させるお言葉がありましたので、ひとこと」
クーラはカルド神父の肩の骨の間をそっと押す。
「あだだだだ! 何され!?」
「全額、カルド神父負担でいいですね? いいと言うまで離しません!」
「あだだ! わかっ! いいから! 何でこんな痛いの!?」
「聞きましたねリッカさん」
「確かに!」
「痛いって! 早く! 離してぇ!!」
肩の骨の間を押していた手をスッと引くと、カルド神父は肩をさすりながら、バタバタと走り回っている職員の方へ戻っていく。
「あ~、痛かった。リッカく~ん!あんまり高いの買わないでね! あと、迎え呼んどいたからね~!」
離れた所からもカルド神父の声はよく通る。クーラが視線をそちらに向けると、走るように職員達の中に入っていく。
「リッカさん、食費を削らなくてよくなりましたね」
「だいぶ力技でしたね、助かりましたけど」
「あれやると、肩こり良くなるんですよ、やります?」
「遠慮します」
再び明るい笑顔で話してくるクーラ、素敵な笑顔なのだが、手を体に押し込む仕草が加わると恐ろしい事この上無い。
「あと、クーラさん迎えって誰ですか?」
「え? もう来てますよ」
「よ、だんな、ローブとか置いてくんだろ、予備の一式持ってきたぜ」
見慣れた、敵意を感じないアンデッド。リッカには人の形に白や黒の靄が集まったような幽霊の声が聞こえる。
「え? スペック? 気づかなかった」
「リッカさん、酔ってましたからね。今は回復してきたみたいですね」
「だんな、俺ずっといたぜ? ようやく気が付いたか」
魔術も法術も使いすぎると具合が悪くなる。その間は精度も大幅に低下するので、リッカはスペックの姿も声も届かない程度まで酔っていたらしい。
「酒じゃないけど、悪酔いしてたんだ」
「荷物持ちな、だんなの体は支えてやるから」
スペックがそういうと、体が何かに支えられているように楽になる。幽霊が物を持つときに使う方法で、リッカの体を持ち上げて負担を軽くしてくれている。
「お2人、仲いいですね」
「クーラの姉ちゃん、ありがとな」
「はい、どういたしまして、リッカさん、明日も治療しますから教会に来てくださいね」
「わかりました」
体を支えられているからか、酔いがまだ残っているのか、ふわふわとした感覚を味わいながら、家へ向かう。クーラは手をふって見送ってくれている。
「スペック、いつからいたの?」
「だんなが気絶から起きる時くらい、クーラの姉ちゃんから『相棒に気が付くくらいになったら、帰っていい』って言われたからずっと声かけてたぜ」
「最初からじゃん、心配してくれたんだね、ありがとう」
墓地から離れて、人々が眠る街を歩く。
「敵意を感じないって幸せだなぁ」
「だんな?」
「正直、今日は怖かった。何ていうのかな、負の感情ってやつがね」
アンデッドは不気味でおぞましい、でも中にはスペックのような気の良いやつもいる。
考える事や、やる事は沢山あるはずだが、今はこのふわふわとした感覚を味わっていたい気分になっていた。
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