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墓守は今日もアンデッドと共にある  作者: ピーター
第1章 墓守リッカと悪魔の指輪
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第21話 命無き、黒い想い

 突然多数のアンデッドに囲まれたリッカ、教会の手が入っているなら、こんなことはあり得ないはず。自分の命を守るためにも、リッカはアンデッドへと立ち向かう。

 リッカは自分を取り囲むゾンビや幽霊達から視線を外さず、ローブのポケットから魔法媒体と清めの酒を取り出して構える。

 墓場のあちこちからは、人面草の悲鳴に代わり、法術を使えない職員の悲鳴が響き渡っている。時々、誘導するような大きな声が聞こえているが、それはコラーとパニシュの物だろう。こっちの手伝いに来られるようになるまでは時間がかかる。

 周りを見回していると、奇妙な事に気が付く。普通アンデッドは己に残った意思や想いに沿った行動しかない。リッカの周りを埋め尽くしているアンデッド達リッカへ向きじりじりと迫ってきている。1人として、乱れない行動というのはアンデッドには難しい、しかし、この周りのアンデッド達はそれが出来ている。

 リッカをアンデッドの世界へ連れて行こうという、敵意の波長だけが強く感じられる。


「悲しいのよ……」

「まだやることが……」

「カラダ……カシテ……」


 ここにいるアンデッドの全てが生ある者へ害を与えるつもりだ、1人1人の意思があり、感情の違いがあるが総じて分かる事はただ1つ。『死にたくなかったという』思いがそこにある。

 生きていれば希望があった、楽しみがあった、喜びがあった、死んでからでもそれらは失われたわけではないはずだ。ここにいるアンデッド達はそれらが得られない事に、悲しみ、怒り、生きている者を妬み、恨んでいる。

 これだけ沢山のアンデッドの『声』を聞いていれば、こっちの精神が持たない。普段は合わせていく波長だが、今は意図的に外していく。


「『死にたくない』それは分かるけどね、でもね」

「あっ…あ」

「かな……」

「カ、シ」


 ゾンビを前列にアンデッド達はリッカとの距離を詰めてくる。足元の石が震えるように動きはじめる。浮かび上がる顔たちも口を耳まで届くかと開き、目を見開いている。

 リッカの心臓は早鐘のように動き、全身に緊張が広がる。これだけのアンデッドを見るのは初めてではないが、全員が生きる者へ負の感情をぶつけようとしているのは初めてだ。それも、対象は全てリッカに向けられている。


「それは僕も同じだよ」


 ゾンビ達もあと数歩でリッカに手が届く距離に来ている。そのすぐ後ろには幽霊達がいる。

 足元の震えていた石が、投げられたようにリッカに飛びかかる。思わず目を閉じたくなる所をグッと、こらえて目を見開き、顔に当たる直前に体をねじってギリギリでかわす。

 避けた石は後ろから近づこうとしていたゾンビにぶつかり、クチャといやな音を立てるが、それを気にする様子もなくジリジリと距離を詰めてくる。

 ねじった体を反対に捻り、その反動で清めの酒を周囲のゾンビ達に向かってまき散らす。


「はぁ!!」


 撒いた清めの酒に法術を乗せる。バシャリと酒を浴びたゾンビは足を止めて、うずくまって不気味な叫び声をあげている。清めの酒は魔素を散らせる効果があるが、浴びたアンデッドは生前の痛みが引き起こさせれて激痛を味わいながら散っていく。何体かのゾンビは酒が十分にかからなかったのか、うずくまったゾンビ達を押しのけるようにしてリッカに向かってくる。

 周囲には震える石がまだいくつもある。リッカは左手に魔法の媒体を構え、右手はショートソードではなく、ローブの中のナイフを取り出して構える。

 再び飛びかかってくる石を、体をねじり、ナイフで弾き、ギリギリでかわしながらゾンビの後ろ側にいる幽霊達に魔法媒体から火球を飛ばす。


「たぁ! はぁ!!」


 火球を連続で飛ばすが、狙いを定めている余裕はなく。また何体もいるため狙わずともどこかに当たる。3つ打ち出した火球の内2つは靄で人の形になっていた幽霊に当たり、その体を火の魔素に変えて散っていく。

 飛んでくる石をよけきれず、左脇腹に握りこぶしほどの石が食い込む。まさに腹を殴られたような感触の直後に、左腕をゾンビに掴まれる。


「ガハっ!? この!」


 ナイフをゾンビの肩に突き立てて法術の力を流し込んで、中にある魔素を散らす。脇腹の痛みをこらえながら左手をあげて、近くに来ていたもう一体のゾンビに火球を撃ち込む。


「アァ!……ガ!」

「オオォ!」


 腕をつかんでいたゾンビは手を離し、数歩苦しみながら後ずさる。十分に法術の効果は伝わったようで、ばったりと倒れて動かなくなる。火球を受け止めたゾンビも体を振って火を消そうとしながら、段々と動かなくなる。

 近くにいるので、波長をずらしていてもゾンビ達が魔素を散らされて、痛みを味わう声が聞こえてくる。


「はぁはぁ、すみません……」


 こちらに敵意を向けているとは言え、生きていた頃の未練で動いているアンデッド。せめて安らかに過ごしてもらいたいが、自分の手で苦しみを与えていると思うとリッカは胸が締め付けられる思いでいた。


「はぁはぁ、余裕もないんだけどね」


 ゾンビもまだ残っており、人型の幽霊も飛び回る不気味な顔も距離を詰めてくる。近くまで来るとまた、石が飛んでくるはずだ。

 近くにいたゾンビにナイフを突き立てて、法術で魔素を散らしながら、牽制とばかりに近い人型の幽霊に向かって火球を飛ばしていく。音はならないが布団を叩いた時のホコリのように幽霊は体を散らす。

 うずくまっていたゾンビから黒い影のような、幽霊が引きはがされるかのように立ち上がってくる。


「『入られてた』か、質が悪い悪霊だ」


 ナイフを一度しまい、清めの酒を取り出す。うずくまったゾンビ達の辺りに出た黒い影に向かってまき散らすと、黒い影も苦しむような声をあげながら、魔素に還っていく。飛んでくる石がいくつか体に当たっているが、少々のダメージを気にしている余裕はない。

 残っている清めの酒の瓶はあと2本。左手の魔法媒体は連射しているので、そろそろ焦げ付いてくるだろう。ナイフも石を弾きゾンビに突き立てているので、切れ味も落ちてきている。

 幽霊達は懲りずに石を投げつけてきている。人型の幽霊に掴まれるとやっかいだ、体を奪い取ろうとするので、動けなくなった瞬間に石をいくつも体に受けてしまう。そうしたらゾンビにも噛みつかれるだろうから死ぬことすらありえる。これだけの敵意がある幽霊の真ん中だ、肉体を奪われるだけではなく、下手すれば魂も取り込まれてしまう。

 近づいてくる一番近い人型の幽霊をにらむようにしながら、ショートソードを抜く。息を整えると、魔法の媒体を構え直して少し離れた所を飛んでいる不気味な顔に向かって火球を連発する。


「はぁぁあああ!!」


 魔法媒体が焦げ付くまで連発すると、空中を舞っていた顔のいくつかが撃ち落とされて魔素に変わっていく。周囲で震えている石が少なくなった、少しの間は飛んでくる石は無いだろう。焦げ臭いにおいを放ち、火球が作れなくなった魔法媒体を投げ捨てて、清めの酒の瓶を取り出す。

 清めの酒をショートソードに振りかけると法術を乗せて、近づいてきた幽霊の顔の辺りにショートソードを突き刺す。


「ウォン…」


 掴もうとしてもつかめない、叩く事も切る事もできないはずの幽霊だが、確かにショートソードが刺さり動きを止めている。リッカが刺さったショートソードを幽霊の体を切るように振る。


「ウ、ァ……」

「よし、行ける」


 切られた幽霊はその体の魔素をどんどん散らし、リッカでも捉えられないほど薄くなった。

 ショートソードに清めの酒を振りかけては幽霊を切り、次々と散らしていく。背中にゾクリとするような感覚があり振り向くと、飛び回る顔の一体がリッカと鼻が触れるほどの距離まで近づいていた。


「苦しいのよ! キシャァァァ!!」


 波長をずらすのが間に合わない、感情を乗せた叫び声がリッカの耳に届き、不快な感覚が全身を駆け巡る。病気の苦しみなのか、全身が鉛にでもなったかのように力が抜ける。飛んできた石に反応できず、額に鈍い音を立ててぶつかり、流れ出た血がリッカの右目の視界を奪っていく。

 意識が遠くなるが、鉛のように重い左手に力を込めて。ゆっくり清めの酒を叫んだ顔にかける。


「アァァァァ!! いだい! いだ、い……」


 叫び声をあげながら、顔はかき消える。額の傷口にまで酒がかかってしまい、鈍い痛みとしびれるような感覚に酒が染みる痛みまで加わる。右の視界は赤く染まり、目を開けると酒と血が目に流れ込んでさらに痛みを与えてくれる。手放しかけた意識が、痛みを気付けにして戻ってくる。

 叫び声の効果が切れたのか、鉛のような体の重さは無くなったのがまだ救いだが、まだ周辺のアンデッドは何体もいる。息もあがり、視界も半分になった、残っている道具も少ない。


「はぁはぁ、痛いのは、はぁ、僕もだ」


 左手で最後に残った清めの酒を取り出す。蓋を開けた瞬間に瓶が砕け散った。


「ケケ、カカッ」


 アンデッドの群れの真ん中に悪魔がいた、赤い球体を二つくっ付けたような頭と胴体、ねじれるような角、短い手足。両手をリッカに向かって突き出しており、衝撃を与えてくる魔術を放った後の姿勢を取っている。満身創痍のリッカを見るのがさぞ嬉しいのだろう、ニチャァと口を開けて愉悦に浸る笑顔を見せている。

 悪魔の手の中に黒い球体が出現する。魔素を操作して邪魔したいが、距離があってそれもできない。打ち出された魔術はリッカの腹に吸い込むように当たり、リッカの体を吹き飛ばす。


「アガァ!」


 肺から無理やりに押し出された空気が、リッカに苦しむ声を出させる。悪魔は腹を抱えて笑っている、遊びに興じる幼子のような喜び方だ。

 いつの間にか近くにいた2体のゾンビがそれぞれ、リッカの右手と頭を持って無理やりに立ち上がらせる。悪魔がニチャリとした笑顔のまま、また魔法を打ち出そうとしている所が目に入る。

 残った力を振り絞り、左手でナイフを抜いて右手を押さえているゾンビに突き立てる。右手が自由になった所でショートソードを小脇に抱えるようにして背中のゾンビを切りつける。頭を押さえつける力が弱くなったので、体をねじりながら倒れて頭を押さえる腕から逃げると、悪魔の魔術がリッカの頭のあった所を通り過ぎて、押さえつけていたゾンビを吹き飛ばした。


「はぁはぁ、さすがに無理、かな」


 ショートソードを支えにして何とか体を起こすと、悪魔の周りにアンデッド達が集まっている。

 悪魔がアンデッド達を使役していた、これほどの事態を隣の教会は放置していた。もしかしたら、カルド神父が考えていたよりも大変な事が起こっていたのかもしれない。

 こんな所で死にたくない、そう思いながらナイフとショートソードを構えるが、リッカにとってはこんなに重かったかと感じるほどにダメージが深く、清めの酒はもうない、法術も精細を欠いている。せめて悪魔だけでも倒そうと腕と足に力を込める。


「バカルラム!」

「アオオォォーン!!」


 遠吠えが聞こえたと思ったら、空中に飛んでいる不気味な顔や人型の幽霊が次々とかき消えていく。

 新人墓守のパニシュが、杖のような長さの短い槍を振り回して、消えなかった幽霊達を次々と切り払って魔素に還していく。

 いつの間に近づいていたのか、真っ白の肌を持つコラーが悪魔の後ろから細い剣を突き立てている。

 悪魔はニチャリとした顔から、戸惑いの表情に変えてゆっくりと後ろを振り向く。


「カッカッ、悪魔さん、不意打ちは好きでもされるのは嫌だったか?」

「カァカァ」


 墓守のコラーは悪魔に笑顔を向ける、さっきまで悪魔が笑っている立場だったがそれが逆転していたのだ、悔しそうな表情を悪魔が見せるとその体が灰のようになって崩れていく。

 コラーは細身の剣をヒュンヒュンと振り回すと、悪魔の周りにいたゾンビ達から黒い影が引きはがされるように現れて、肉体が糸の切れた操り人形のように倒れていく。


「パニシュ! やってくれ」

「はい! バカルラム!」

「アォォーン!」

 

 再び、パニシュの相棒が遠吠えをすると黒い影たちが次々とかき消えていく。


「すまんな、リッカよ遅くなった」

「先輩、大丈夫ですか?」


 手際よくアンデッドを片付けた2人はリッカに声をかけてくる。もう周辺にはアンデッドの気配はない。カルド神父が墓地全体に清めの酒を撒き、かがり火をいくつも灯すように指示を出している声が聞こえてくる。


「さすがに、諦めましたよ、助かった」


 ナイフはローブにしまい、ショートソードを鞘に戻す。はぁ、と息をついた瞬間全身の力が抜けて、リッカはそのまま意識を手放した。

 

 読んでいただきありがとうございます。


 戦うとこって難しいですね、段々と勉強していきます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 古来日本では犬の遠吠えには退魔の力があると言われます。 このような小ネタは読んでいて楽しいですね。
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