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墓守は今日もアンデッドと共にある  作者: ピーター
第1章 墓守リッカと悪魔の指輪
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第20話 草は不吉を叫び呼ぶ

 草刈りという名目で隣の区画を管理する教会の調査を始めたリッカ達、スペック曰くよく当たると言われている悪い予感をリッカがしみじみと感じていた。

 灰色の上下に黒のローブ、腰にはショートソード、いつもの墓守の服装に、今日はカゴを背負い中には鎌やシャベルなどの農作業の用品、手袋などの小物まで入っている。


「だんな? 畑の手伝いするの?」

「草刈りだってさ、人面草の駆除だよ」


 人面草、一見ただの草だが、その根は人間の顔にそっくりで引き抜いた時に叫び声をあげる。マンドラゴラやマンドレークなどとも呼ばれ、魔素をため込むと言われている。

 実際には引き抜くとしばらく叫び声をあげ続けるという特徴はあるものの、ただの雑草としてあちこちに生えている。精神に影響を与えるなんてのもあるが、それは珍しい品種や突然変異した株くらいなので、子供の遊びでよく引っこ抜かれている。


「子供が遊ぶ草じゃん、ほっといていいんじゃない?」

「墓場にはあっちゃダメなの」


 あそんで引っこ抜くなんてことはよくある事だが、引き抜かれた後はしばらく大声で叫び続ける。墓参りの邪魔になるならまだ許容範囲だが、埋葬や葬式などのしんみりとした雰囲気が人面草の叫びに覆われるのは困る。

 貴族への嫌がらせとしてワザと引き抜く奴もいるくらいなので、墓場に人面草が生えているのは教会の管理不足とされてしまう。1株くらいなら仕方ないとされるが、群生に近ければ責任問題にまでなる。


「ふーん、俺も引っこ抜くくらいはできるか」

「スペックは留守番だよ」

「え? なんで?」

「今日は教会の墓守を中心に総出でやるから、間違って魔素に還されても文句言わないならいいけど」

「うん、それなら、本でも読んでるわ」


 墓守の家を誰かが訪れたら、誰もいないのにページをめくられる本を見て気持ち悪がることだろう、全ての窓を閉めた事をリッカは再確認する。

 おそらく泥まみれで帰ってくる事になるから、水なども台所に用意しておいてすぐに洗濯できるようにして家を出る。


「そういや、なんで昼間にやらないの?」

「埋葬とかの儀式の邪魔になるからだよ、見回りの時でもたまに抜いてたでしょ」

「あれ、仕事だったんだ、だんなって子供だなぁって思ってたわ」

「スペック、そんな目で見てたの?」


 夕暮れの街を墓場に向かって歩いていくが、今日は背中のカゴのせいか、いつもよりも人々の視線が嫌悪感を表に出していない物になっていたような気がする。





 まだ日が沈む前に墓場に着く、教会の職員が行ったり来たりしながら色々な道具や荷物を運んでいる。いつもの静けさとアンデッドの気配に満たされた空間とはとても思えない。

 バタバタと動き回る人の中に、墓守と同じく灰色の上下に刺繍の入った黒のローブを纏ったカルド神父も来ている。リッカを見つけた教会の職員が大きな声で呼びかける。


「カルド神父! 墓守のリッカさん、到着しました」

「はいよー!」

「リッカさーん! 墓地の入口のとこに椅子あるんで、座っててくださーい!」


 教会のみんなは忙しそうに走り回っている。テントのような物も立てられており、かかっている布には『本部・治療所』と書かれている。

 テントの下ではクーラが折りたたみの椅子やテーブルをセットしている。草刈りにしては設備が充実しすぎている。戦士ギルドが魔物の討伐でもするときの様相に近い物がある。

 リッカは指示された椅子のところまで歩いて行くと、墓守のコラーと新人のパニシュが先に来て座っていた。


「こんばんは、二人とも早いですね」

「やぁリッカ、今日は太陽が雲に隠れたからね、早くこれたよ」

「先輩、久しぶりです」


 先日、貴族墓地に一緒に行ったコラーは墓守の服装に手袋と帽子を追加して、いつも身に着けている。肩には真っ白なカラスが乗っている。コラーの相棒がこの白いカラスだ、リッカは初めて見る。自然の中の突然変異らしいが、野生では生きられない事を哀れに思ったコラーが手なずけて相棒にしたのだ。

 パニシュは新人の墓守、身長は高く顔も美しいのだが、気が弱くて大勢でワイワイやっている空間を苦手としている。墓守なら誰かと会う事は少なく、しんみりした雰囲気の場所好きだから天職と思っている変わり者。相棒は灰色の毛に包まれた大きな犬だ、パニシュの足元に伏せて、お行儀よくじっと動かないでいる。

 カルド神父が責任者を務める教会の墓守が珍しく勢ぞろいしている。


「リッカは初めましてかな、うちの相棒だ」

「クァー」


 コラーが紹介すると、白いカラスは羽を広げて大きく一声鳴いてくれた。


「やぁ、よろしくね」


 リッカが体を撫でると目を閉じて、思うままに撫でさせている。触られる事は嫌がらないようだ。


「先輩、いいですね、僕は触らせてもくれませんでしたよ」

「カッカッ、こいつは法術が上手い奴になつくんだ、精進しろよ」

「いいんだ、僕にはバカルラムがいるからね」


 どうやら、パニシュはカラスには嫌われたらしい。少し寂しそうに相棒の犬を撫でている。伏せて目を閉じている姿勢をバカルラムと呼ばれた相棒は崩さないまま、自由に撫でさせてやっている。


「さて、説明をしておこうかね」


 コラーから全体の説明がされる。今回の魔物の掃討のような用意は以前に悪魔が出たという事を受けての物、そして、大げさにやる事で隣の区画の教会に事が大きいと認識させる物である事。そして、となりの墓地全体の調査までやってしまう事を狙っている。

 周辺のアンデッドへの警戒はコラーとパニシュで行う、法術が未熟な教会の職員でも墓守が3人もいれば墓場のあちこちに散って作業していても安心安全で作業ができる。表向きは草刈りだが、実質は墓地の状況調査が目的だ。


「ただ、妙なのは隣の教会は墓守を出してないんだ、2人いるはずだったが、どっちも風邪で伏せてるらしい」


 コラーが表情を硬くして2人に告げた所でカルド神父の大声が届く。


「みんなー、挨拶するから集まって!」


 声のした方を見ると、箱の上に乗ったカルド神父が両手をあげて手招きしている。かがり火も置かれており、カルド神父の姿がよく見える。

 教会の職員の中に見慣れない人物も混ざっており、隣の教会から来た人員なのだろう、リッカの見た目では3割くらいは初めて見る顔ぶれだ。

 墓守達も腰をあげて近づいていくと、カルド神父のとなりに来るように指示がされる。


「集まったかな? あれ、モーラ神父は?」


 カルド神父は近くにいた、リッカの知らない顔ぶれの方へ声をかけると、その中の1人がおずおずと行った様子で耳打ちするように答えてくる。


「なんだって!? こない!? そっちの苦情なのに責任者来ないなんて、糾弾決まりだよこれ。しかも墓守もいないなんて!」


 珍しくイライラした様子を隠さない声を出している。自分の担当区画にも関わらず、墓守は来ない、責任者は来ない、来たのは下っ端とも言える職員ばかり。来た人員に罪は無いが、自分の所属する教会の不手際と不義理を目の当たりにしているのだから、いたたまれないだろう。皆下を向いてしまっている。


「見過ごせない案件だから、そっちの区画の事だけど、今日はうちで仕切らせてもらうからね!」


 カルド神父が、全員に区画の割り振りを伝える。すでに清めの酒をあちこちに撒いており、アンデッドが出現しにくくなっている事、そして墓守達も箱の上に並ばせてアンデッドを見つけたら、この人達に言うように、自分では近づかないようにと注意をする。

 町内会の公園や土手の草刈りの注意事項と同じように話しているが、時間は夜だしアンデッドも徘徊する墓場だ、みんな表情は硬い。


「多分うるさくなって会話できないから、指示はここから手信号で出すからね。それでは、始めます! よろしくおねがいします!」


 説明を挨拶で区切ると、みんな割り振られた場所の草刈りに向かう。

 こっちの職員の中でもカルド神父の側近達は隣の教会の動きや、墓地の状態を詳しく調べる事が任務だ、墓守達も人面草の除去をしながら、墓地に不審な点が無いかを調べていく。

 あちこちからギャーギャーと人面草の叫ぶ声が聞こえてくる。その音量は買い物客でごったがえしになっている市場にも匹敵するほどにやかましい。


「これじゃ、話もできないね」


 1人言をつぶやいてみるが、ギャーギャー鳴り響く声に自分の声すらもかき消されてしまったような感覚になる。

 リッカも指示された区画に行き、目についた人面草を引っこ抜いて回る。時々周りで作業している職員の様子も見るが特に問題はなさそう、みんな耳を塞いでうるさいのを我慢している。

 カルド神父の方に目をやると向こうもリッカ視線に気づいたようで『首をとれ』というジェスチャーをしている。とんでもない表現だ、それだけ隣の教会の怠慢と怪しさに腹を立てているのだろう。


「すごい指示だな、ん? なんだこれ?」


 リッカが見つけた人面草は色が他と違っている。大体、葉は緑で根は茶色だが、これは葉に薄い紫色の筋が入り、土から僅かにのぞかせている根は濃い紫色をしている。

 初めて見る色合いだが、人面草には違いない、リッカが引き抜こうと葉を掴んだ瞬間、なんと自分から飛び上がってきた。

 普段人面草の根は顔の部分だけの球根のような形だが、これには胴体と手足の部分まで根が伸びている。飛び上がった時に葉っぱが切れて、叫びながらリッカの顔に向かって飛びかかってくる。


「なんだこいつ!?」


 思わず顔を手でかばうと、人面草の根はリッカの腕にしがみついて叫び声をあげる。他の人面草とは違い、鼓膜が破れるかと思うほどに叫び声が大きい。


「キシャー!! ギャアアアー!! ごひゃ」


 叫ぶだけ叫ぶと、リッカに飛びついた根は砕けて、紫色の汁がリッカの腕を染め上げており、土のような肉のような奇妙な臭いを放っている。


「なんだったんだ、ん? これは?」


 リッカは周囲の魔素が不気味なほど一気に変わっていく事に気が付いた。そして、あれだけうるさかった人面草の叫び声もピッタリと止まっている。

 背後の墓石がゴトゴトと音を立てる、音が出ている墓石は1つではない、いくつもの墓石が動いている。墓石の影には魔素が流れ込むようにして、幽霊が魔素の体を作り始める気配がしてきた。


「これはいかん、逃げるんだ!」


 コラーの声が聞こえると同時に、あちこちの墓石が持ち上げられて、夢破れた冒険者のゾンビ達が起き上がってくる。墓石や木の陰からは、スペックのような魔素の体をもった幽霊が立ち上がった。

 暗がりからは、泣き腫らした顔や怒りに満ちた顔など、顔だけの幽霊が浮かび上がり、墓場を飛び回り始めた。


「良く分かんないけど、これはまずいね」


 一度に数多現れたアンデッド達、それはリッカを取り囲むように出現したため、リッカは逃げる事ができなかった。

 アンデッドはお互いに協調して動くという事はほぼない、だが、ここに現れたアンデッド達は皆ゆっくりとリッカの方に顔を向けて、示し合わせたかのように徐々に距離を詰めて来ていた。

 読んで頂きありがとうございます。


 リアルの方で色々と予定や仕事が詰まっておりますが、もう一本の連載と一緒に楽しく進めさせて頂きたいと思います。

 今後もよろしくお願いします。

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