第2話 守護霊
幽霊とは、肉体を持たないアンデッド全般を指す。肉体が無いアンデッドは魔素を己の体とするが、魔素そのものを見る事は特殊な技術が必要である。
霊にもいろんな形がある。幽霊でもずっと人にくっついてる、決まった場所に現れるなどなど。守護霊と言われるのはそいつの近くでは事故が減ると言われている。
悪霊はこの逆で、そいつの近くでは事故が増えたり、不気味な物が見えたりする。めったには無いが魔法や呪いで殺されてしまうことまでありえる。守護霊でも、悪霊でも、意思が強くても弱くても幽霊という認識では全部一緒。
「で、なんでこんな夕焼け空の下、何の変哲もない墓石を見てるわけ?」
「夕方に墓から、靄が出ているという話があったんだ。その確認に来たんだよ」
ローブを体に纏わせて、フードまでかぶって、時々体を震わせながらリッカは答える。
今日は午後から風が強くなってきて、どんどん周囲が冷えてきた。今ではもうローブの前を閉じていても寒さを感じるくらい。走り回っていれば気にならないが、ひたすら墓石を眺めているだけではどんどんと体が冷やされていく。
「だんな、寒いのかい?」
「こんなに寒くなるとは思わなかった。スペック、ホットワイン買ってきて」
「俺のこと普通は見えないんだろ、どうやって買うのさ」
そんなやり取りをしながらも、周囲の魔素の動きに気を配る事は忘れない。ゾンビやスケルトンとは違い、スペックのような実体を持たないアンデットは魔素を己の体とする。周囲に影響を出すためには魔素を集めて実体を持つ必要があるので、魔素の動きを掴めば出現をいち早く察する事ができる。
今回は多分スペックみたいな実体がないタイプなんだろうと当たりをつけている。スペックが暇を持て余したのか、魔素を散らしたり、集めたりして遊びだしている。体を作る黒い靄のような物が散ったり集まったりと気持ち悪く動いている。とは言っても一般人には見えないのだが。
「スペック、それ邪魔、、、あ、出てきた」
太陽が山に隠れようというその瞬間に、うっすらと本当に微かな白い靄が墓石にまとわりついてきている。本当によくよく見ないと分からないほどの薄い靄は、徐々に人の形を何となく取り始めている。
魔素を感じ取り操る法術でも、未熟な使い手ならば気が付かないほどの薄さではあるが、そこに居る事は間違いない。幽霊と言えるのだろうが、本当に希薄な幽霊だ。
「だいぶ薄いね、本当に微かな魔素だよ『声』がないから自我もあんまりないみたい。」
「声って?」
「スペックみたいに流暢に意思が出せないってこと」
スペックに話かけながら、靄の様子をうかがう。風に流されて姿を変えるたき火の煙のように、なんども崩れながらも繰り返して人の形を成そうとして動いているように見える。
崩したり、形を成そうとしたり、薄っすらとした人っぽい靄は住宅地へ漂うように向かっていく。その動きは歩き始めた赤子のように遅い。墓地から住宅地に入り、夕食を食べに行くだろう人達もまばらに見える広い道に出る。
葬送服のような仕事服なので、住宅街ではどうしても目立ってしまう。早くこの仕事を終えたいという思いを抱き、鼻をすすりながら、幽霊を見失わないように住宅街を歩く。幽霊の遅いペースに合わせているので、妙に目立っているように思い居心地の悪さを感じながら進む。
「だんな、目立ってるぜ」
「知ってるよ、仕事服だからしょうがないでしょ、決まりなんだから」
「あー、俺の声は聞こえないんだっけ」
「あっ」
思わずスペックの声に普通に返してしまう。縁起が悪いとされている墓守が街中を歩いていて、なおかつ独り言、周辺の人々が振り向く程度の注目を集めてしまう。自分のうかつさに1つ溜息をつくと、背筋を伸ばして、再びゆっくりと幽霊を追っていく。
普通に歩けばあっという間の距離だが、幽霊のペースに合わせているので、とても時間がかかる。夕日はすっかり沈み、空も赤から黒に変わる頃、人の形の靄は一件の民家の前で立ち止まる。寒さは一層厳しくなってきている。
「着いたかな?」
リッカはローブの前を押さえながら、幽霊の動きに注意を払う。靄で曖昧だった幽霊が一瞬はっきりしたかと思うと姿が消えて、少し周辺が温かくなったように感じる。魔素の動きを探ると家の中に入ったようだけれど、勝手によそのお宅には入れない。
「スペック、ちょっとお邪魔して見てきて」
「はいよ」
スペックが家の中にスッと入っていく、実体の無いタイプのアンデッドであれば、魔素を寄せ付けない場所や、通さない壁以外ならどこでも入れるのだ。スペックはお邪魔するのとほぼ同時に民家の窓が開き、夕飯の用意の途中だったのか頭に布を巻いた老婆が顔を出して声をかけてくる。
「あら、墓守さんお疲れさま、今日も過ごしやすい陽気ですね」
「こんばんは」
過ごしやすい陽気と言っているが、外は寒い、体が芯まで冷えかかっているリッカが居る事がそれを示している。
気候に合わない話だが、まずは挨拶を返す。スペックの魔素が家の中からリッカの後ろに戻ってくるのを感じ、それと同時に小声で話しかけてくる。もっともスペックの声は聞こえないから普通に話しても問題ないのだが、さっきの道の真ん中でのことを気にしているのだろう。
「だんな、弱いけど魔法みたいだぜ」
スペックの報告で無害な事は大体わかった。人に害を与えなければ放っておいてもいいけれど、一応探っておく事も仕事のうち、窓を開けている老婆へ話しかける。いつもの砕けたリッカの口調ではなく、教会内で使うようなお堅めの墓守としての口調を意識する。
「このお宅には何かの加護があるのか温かく感じます。心当たりはございますか?」
「あらあら、うふふ、たぶん私の旦那ね、私が寒がりだからいつも心配してくれてたの」
「なるほど、よい旦那様ですね、亡くなられたのは最近でしょうか。お近くにいらっしゃいます」
「やっぱり居てくれるのね、自慢の旦那だったのよ」
老婆は答えると窓を閉じて家のなかに戻っていったが、その目は潤んでいたことが見て取れた。仲の良い夫婦だったのだろう。
リッカは表札を確認して名前をメモする。これでお墓の名前と照らし合わせて、身内である事が分かれば報告書が書ける。
「危険なしで報告になりそうだね」
「そうだな、家の中を温めてくれる、やさしい爺さんの幽霊だ」
リッカは暖かいお宅から、夜を迎えた冷たい墓地へ足を向ける。墓守の仕事はこれで終わりではない、次の仕事が待っているのだ。
「は、はっ、クシュン!」
「べつにサボってもいいんじゃない、寒いんだし」
「そういう訳にもいかないよ」
「だんなって、死んだ奴に優しいんだな、なんで?」
「ナイショ」
「けちだな」
「はいはい、見回りに行くよ」
夜の冷たく冷えた風がリッカに吹き付ける。冷たい風にさらされた肌はゾクリとした感触を背中に伝えていく。墓守は孤独な仕事、サボったからといってそれを伝える人は誰もいない。それでもリッカは手を抜く事はなく、死者と向き合うために夜を歩く。
灯りが灯る家から聞こえる夕食の用意や子供達の声は徐々に遠くなり、死者の声が響く墓地へとリッカは入っていった。
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