番外のお話し その1 ある日の幽霊
ある日、孤独なアンデッドと1人の墓守が出会った。
今日も日が暮れる、太陽が傾き世界がオレンジ色に染まる頃。
広場の子供達の影がその背丈を追い越す頃に、人には見えない存在が意識を宿す。
人でありながら、人でなく、意識はあっても気づかれない。かつて人であったが、今は体を失い、世界にまき散らされた魔素を体の代わりにしている、つまりアンデッドだ。
何もアンデッドだからと言って、全てが生きている存在に害を与えるわけではない、彼は夕方になると気が付いたように孤児院の前の広場に立っている。皆が家に帰ったあとも1人の時間を過ごし、太陽が昇る頃になると、眠りにつくかのように意識を世界に溶かしていく、そして夕方になるとまた孤児院の前に立っている。
「いつも、気が付くとここにいるんだよな」
そんな彼の言葉は誰の耳にも届かない、そして彼の体は誰にも触れられない。
ただ、触れないのではなく、触った相手はゾクリとした不快な感覚すら覚えることもあるほど。それに気が付いてからは自分が人間ではなくなったのだと嫌でも思い知らされた。
誰にも見えない彼は行く宛ても無い。孤児院の広場で、体を触ってゾクリとさせて夜が迫ってくる事を教えて家に帰す。後は子供達が危険な事をしないよう、夜が明けて自分の意識が世界に溶けるまで見守る事しかできなかった。
「あーあ、俺どうなるのかなぁ」
やはり、だれにも言葉は届かない。彼の独り言に気が付く人はいない。
街の人々はいつもの日常を送り、彼の前を何度も何人も通り過ぎて行く。声をかけても振り向かず、声をかけるどころか視線すらも向けない。
そんな日が何日続いただろう、今日も夜の前に子供をゾクリとさせて家に帰らせ、孤児院の窓から中を覗いていた。
人には見えないアンデッドの彼は、夕飯を準備する音を聞き。子供達がわいわいと騒ぎながらも掃除をしたり、手伝いをしたりと動きまわっている所を眺めていた。
もう自分には得られない温かい世界を羨ましいと思いながらも、この平和な時間がいつまでも続くように願いながら眺めていた。
「そこの人、何見てるんですか?」
窓から中を覗く彼に向かって声をかける男がいた。灰色の上下に黒いローブ、縁起の悪い服装に髪には寝ぐせまでついている。アンデッドの彼にとってもその姿は不吉に感じられる。
彼は周りを見回してみるが、人影はどこにもない。縁起の悪い服装で虚空に話しかける変人がそこにいる。その奇妙な様子に思わず声が出たのだが、その声はだれにも届かないはずだった。
「誰もいないのに、声かけるなんて、変人だな」
「変人とはひどい、それに声かけているのはあなたにです」
言葉が帰ってきた。彼の声はだれにも聞こえていないはずなのに。
「で、何見てるんですか」
彼はもう一度周りを見回してみるが、やはり誰もいない。
「やっぱり誰もいないじゃん、変人だな」
黒のローブの男は両手で彼の顔を押さえて、もう一度声をかける。
「あなたがいるでしょ、何しているんですか?」
「え? なにこれ、掴まれてるの俺?」
これまで、誰にも声が届かず、言葉も帰ってこなかった。彼が触ろうとしても、彼の手は相手に触れる前に煙が風に散らされるように消えて、そのあと再び戻ってきていた。
誰にも触れず、誰にも声が届かず、誰にも見られなかったはずなのに。
「あんた、俺が見えるのか!?」
「見えてるし聞こえてるよ! 孤児院覗いて何してんのか言いなさい!」
「よかった! 見える奴いたんだ!」
「墓守だから当たり前でしょ」
「え! 墓守!? 俺消されるのか!?」
「理由次第だから! 何してたか言えっての!」
墓守は彼が害あるアンデッドなのか調べるために声をかけた。彼にとっては声が届いて姿が見える人との出会いの喜びと、魔素に還されてしまうかという恐怖が入り混じる。喜びと恐怖が入り混じる感情に振り回されていた。
あたふたとして混乱していたが、段々と落ち着いて、彼が気が付いたらここにいた事と子供達を見守っている事を墓守に伝えた。内心は不安や戸惑いが渦巻いたままであったが、静かに頷いて話を聞いてくれる墓守に彼は徐々に安心感を感じはじめていた。
「なるほど、じゃあ子供をさらったり傷つけたりするつもりはないんだね」
「そうだよ、気が付くと夕方に広場に立ってて、他にやることもなくてさ」
「じゃあ、それでいいんじゃない?」
「え? 俺消されないの?」
「僕は過激派じゃないからね、害が無ければいいんじゃない」
彼は墓守を始め法術を使う人間は、アンデッドを即座に魔素として世界に還すと思っていた。それを害がないからここに居ていいと言ってくれた。
明確な目的があるわけじゃない、もう少しこの孤児院の日常を見ていたいだけだ、それを認めてもらったような感覚を彼は持っていた。
「だんな、話が分かるね」
「一応、時々見回りにくるから、子供達の怪我の原因が君だったら、還すからね」
「えー、じゃあ子供が転んだら俺のせいってこと?」
「それくらいはしょうがないよ、大けがさせないようにね」
アンデッドになり、何日経ったか分からない、何年も経ったようにも数日のようにも感じられる。そこはまだ思考が追いついていない。
少なくとも、ここにいられる事が認められた。さらに縁起の悪い墓守とはいえ、話ができる人間が会いに来てくれるようになったのだ。目的もなく漂い、誰にも見られず触れない。孤独ばかりの日々は今日終わったのだ。
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