第18話 埋葬
屋敷で出会った幽霊は、人形に入っていた。家族の眠る墓に向かうためリッカの肩に乗っている。
貴族の眠る墓地はリッカの管轄の外になるため、先輩の墓守と貴族の墓地に行く予定になっている。
いつものように日が沈む頃、いつもと同じように相棒のスペックと墓場を目指しているリッカであったが、いつもと違う所が1つある。その肩には先日屋敷で見つけた人形が乗っていた。
ただ人形が乗っているだけなら、歩いているうちに落ちてしまうはずだ。しかし、落ちるどころかバランスを崩すような様子すらない。この人形はアンデッド、屋敷に居た幽霊の媒体であり動く人形なのだから、人の肩に乗っているくらいの事は出来る。
「さ、君の家族の所に行くからね」
人形はコクコクと頷いている。
あの屋敷の幽霊はこの人形を媒体にしていながらも、この人形を探したいという思いで留まっていた。しかし、それは30年前の事、それだけ長い期間を魔素に還らず、これだけの意思を保っていられるのは珍しい。
法術の使い手のリッカであっても幽霊の姿を詳細にとらえる事は難しい、スペックの姿も白や黒の靄が人型に集まっているように見えるし、この人形も幽霊の時は白い靄が固まったように見えていた。
「だんな、動く人形だぜ怖くないの?」
「スペックも似たようなもんだよ」
肩の人形は両手をブンブンと振っている。スペックに対して怒っているようだ。
「悪かったよ、お嬢ちゃん」
「あと、たぶん幽霊歴はこの子のほうが先輩だからね」
「え? そうなの? 幽霊って分かんない!」
「だから、スペックもそうなんだって」
自分がもう人ではない事を分かっていながらも、人として振る舞うスペック。自我を失い、恨みや憎しみの想いだけで動くアンデッドではないことは分かる。
彼を形作る魔素には黒い物も混ざっており、彼がまだ世界に留まる理由が明るい物ばかりでない事を物語っている。法術使いでなければ、彼の言葉は届かない、想いを汲まれる事などはさらに難しい。人でありながら、人で無く、その心は誰も知らない、アンデッドが悲しい存在と言われるのも頷ける。
リッカの肩に乗せた人形がペシペシとリッカの頬を叩く。
「早くって? じゃあ少し早足にしようか」
屋敷で人形を見つけた後、このアンデッドを連れ帰ってリッカは夜遅くまで話をしていた。自分が死んだことは分かっており、体はお墓に埋葬されている事までこの子は知っていた。家族、親族が無くなった事を伝えると驚いていたが、人形も見つけたから家族と同じ所に行ければ未練は無いと言ってくれていた。
もし、リッカと人形の様子を見ていたのなら、1人で動く人形に真面目な顔で話しかけ続けるリッカが見えただろう。不気味な光景だったかもしれないが、このアンデッドにとってはこれほど想いに寄り添われた経験はおそらく無かったはずだ。
◇
リッカとスペック、そして人形は墓地の貴族区画に向かう。
貴族区画は立派な門が備えてあり、通路も白い石畳が敷き詰められている。昼間には雑草を抜いたり、土ホコリを払うなどの手が入っているのでいつもキレイに保たれている。当然幽霊のようなアンデッドは出現するが、それも貴族の立場を持つ墓守がその対応の役割を任されている。
貴族墓地の門の前に1人の老人が立っており、リッカ達に優しく手を振っている。リッカと同じような灰色の上下に黒のローブに加えて、大きな帽子をかぶり、灰色の手袋をつけている。片手には帽子と同じ黒い色をした傘も持っている。
「あ、もう着いてるね」
「だんな、あれ誰?」
「前にちょっと話したよね、先輩の墓守だよ」
門の前まで来ると、老人は手を下げて門の鍵をローブから取り出している。
「コラーさん、すみません遅くなりました」
「いやいや、わしも今来たとこさ、こっちは相棒のスぺック君だったか?」
「じいちゃん、俺の事しってるの?」
「スペック! 失礼!」
コラーと呼ばれた老人は、カッカッと小さい笑い声を出している。遠目からは気が付かなかったが、そのシワが刻まれた肌は雪を思わせるような純白を見せており、髪も銀色に見えるような白一色、黒いローブとの対比で美しくも縁起が悪い色の並びに見える。
「遠慮のない子だね、そりゃ墓守仲間だから知ってるさ」
「へー、伝わってんだね」
「失礼な奴ですみません」
「あぁ、人形の嬢ちゃんの事も聞いているよ、墓守のコラーだ、よろしくな」
挨拶をしながら人形の手をとって、握手をするように軽く振っている。人形もリッカの肩に立ってぺこりと頭を下げる。小さい子が精いっぱいの礼儀を尽くしているかのようだ。
「スぺック君も初めましてだな」
「じいちゃん、よろしくな」
「名前で呼んでよ、頼むからさ」
また、カッカッと笑い声を出しながら、門の鍵を開けて中に入る。リッカ達もコラーに続いて墓場へと入っていく。外はすでに日が沈み暗い青に染まっている。
貴族の墓地はリッカの担当している所とは大きく違い、キレイに整っており、一つ一つのお墓に続く道も石畳が敷かれており、そのお墓もとても大きく立派につくられている。立てられている墓石の手前に板のような墓石があり、その下に墓穴がある。作りは一般の墓地と似ているがその大きさや使われている石に大きな違いがある。
「嬢ちゃんとこはここを曲がったとこだな」
人形はコクコクと頷いている。
「そうかい、墓参りについてきた事があったか」
人形は頷くだけではなくて、手を振っている。屋敷で幽霊の状態だった時はよく話していたが、人形に入ってからは言葉は少なくなった。しかし、コニーは人形の意思を余すところなく捉えているように感じられる。
「なぁ、だんなよりもよく話してないか?」
「そりゃあ、大先輩だからね」
「ここ、止まって……」
リッカの耳には人形の声が聞こえた、足を止めた所のお墓は周りよりもひと際大きく作られており、屋敷の入口の扉と似たような細工が彫られている。コニーはカツカツと足音を立てながら墓に近づいていく。
「さ、手伝ってくれ、1人で墓石をあげるのは大変なんだ」
「あ、はい、今行きます」
2人の墓守は墓石の前で手を合わせて祈りを捧げる。それから墓穴を塞いでいる墓石に手をかけて、持ち上げると、それほど深くないはずだが、奈落に続いているような真っ暗な墓穴が見えてくる。
「おねぇちゃん……、お父さん、お母さん、それに私……」
「『見えた』かい?」
「うん」
人形はピョンとリッカの肩から飛び降りて、奈落に見える墓穴に向かっていく。恐ろしくも見える穴だが、人形はためらわずに飛び降りる。
「なぁだんな、俺だったらあそこ入れないぜ」
「コラーさんの法術だよ、この子にだけ家族の姿を見せて安心させたんだ」
「カッカッ、リッカはまだできないか? 精進が足りないな」
墓穴を閉じようとすると、再び人形の声が聞こえて墓穴から這い上がってくる。
「これ……私のじゃない」
人形の手には指輪が握られており、リッカが指輪を受け取ると糸が切れたかのように動かなくなる。ゆらりと倒れた人形はそのまま墓穴の中に落ちていく。うつ伏せに倒れた人形をリッカは上を向かせて、両手を合わせて眠りやすい姿勢にする。
もう一度両手を合わせて、起こした墓石を元に戻し、清めの酒で周囲の魔素を払う。周辺の魔素を探ってみるが、薄いアンデッドの気配しか残っていない。墓に入ったアンデッドは家族と共に眠りについて、やがて世界に還っていくだろう。
◇
貴族墓地の入口に戻り、門の鍵をコラーが閉める。墓地から出ればアンデッドに合う可能性は大きく下がるので、安全も確保できたと言える。リッカは人形から受け取った指輪をじっくりと眺める。
「また指輪か」
「リッカのとこも見つかってるみたいだが、この貴族の区画でも見つかってるんだよ」
「人形の子が亡くなったのは30年も前です、最近の事といい何かあります」
「なるほど、何か悪い企みが続いとるんかもなぁ」
コラーはローブから紙と袋を取り出してリッカに渡す。紙には指輪の見つかった場所なども細かく書かれており、袋にはコラーがこれまでに見つけた指輪が入っていた。
「リッカよ、教会の報告頼まれてくれんか?」
「分かりました。カルド神父に届けます」
「じいちゃん、自分で行かないのか?」
「あぁ、体質でな、太陽の光に当たると体が焼けちまうんだ」
夕方でも日傘が手放せず帽子で顔を日陰にする、そして手袋をしている理由がそれだ、教会への報告も曇天や雨の日でないと行く事ができない。紛れもない人間であるが、太陽の下を歩けないアンデッドや夜の住人のような体質。
「魔族みたいな体質だな」
「カッカッ、そういうスペック君こそ、角生えて悪魔みたいじゃないか」
「俺のツンツン頭は髪の毛だ、悪魔じゃないぜ」
「えっ!? スペック髪あったの!?」
「だんな! 見えてなかったのかよ!?」
2人の墓守と1人の幽霊は、星が瞬く空の下、まだ人々が眠る街へと帰っていく。
今週は更新がスムーズに行かなかったです。
金曜日には必ず更新、他の曜日は出来る限りという予定で進めています。
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