第17話 カルアの指輪
ゴーレムの亜種のリビングアーマーの対処を終えたリッカとカルア、さらに屋敷の奥へと足を進める。
リッカは幽霊の想いを探るため、カルアは幽霊を追い出すために。
リビングアーマーがガチャガチャと動いている横を抜けて、リッカとカルアは屋敷の奥に向かっていった。さっきの幽霊が走っていった先には小部屋と地下室への階段があった。小部屋も地下室も倉庫になっているようで、扉は開いたままになっている。
台座のようなものも置いてあるが、ここにリビングアーマーが置いてあったはずだ。普段は倉庫にしている所に逃げ込んで、リビングアーマーに時間を稼いでもらい救援を待つ事が緊急時の対策になる。
「さて、さっきのアンデッドはどこに行ったか分かりますか?」
「多分下ですね、カルアさんこの下は倉庫ですか」
「えー、そうですね、倉庫です」
「なんで、子供が倉庫へ行くんだろ、かくれんぼ? それとも避難かな」
カバンから書類を出しているカルアは呆れたような顔をリッカに向ける。さっきのリビングアーマーをけしかけてきたのも幽霊の仕業かもしれないのだ、実際にバスターソードの一撃を食らっていれば死んでいてもおかしくなかった。カルアにとっては『かくれんぼ』などと言う、穏やかな言葉が出せる心境ではない。
「リッカさん! なんで剣を向けられたのにそんなに平然としているんですか!」
「いや、まぁ、言葉が通じるアンデッドですから、理由はあると思って」
「何を悠長なことを!」
「そう言われても、さっき言ってましたよ」
剣を向けられた後にも関わらずこの危機感の無さ、アンデッドに向ける寛容な態度、カルアにとっては許容できるものではなく、心穏やかではなかった。リッカにとってはアンデッドの真意を探るのはいつものことなので、墓地でやっていることと大差ない事をしているつもり。カルアは深呼吸をして、いら立ちを飲み込む。
「何を言っていたんです?」
「あの幽霊『私、探し物』って言ってました」
「それが何か?」
「ここに居る理由、つまりカルアさんでも散らせない理由がそれかな? なんて思いまして」
言い終わると、黒いローブを振って荷物のズレが無いか確認すると地下室への階段を下りていく。外はまだ夕方なので明るいが、階段の下は真っ暗に見える明かりも無いのであれば、そこは恐怖の詰まった地獄への入口にも見える程。そこへ、散歩でもするかのような気安さでリッカは降りていく。
「ちょっと! 明かりは!?」
「このくらいなら大丈夫ですよ」
カルアもリッカに続いて階段を降りていくが、リッカほど迷いなく歩けないので、おっかなびっくりゆっくりと足を進めるようになってしまう。
階段を降りると、小部屋というような倉庫になっていた。木箱がいくつか置かれており、壁には棚が備え付けられている。
「うん、目がなれたら大丈夫だ」
「あんまり先に行かないでください!」
全てがはっきり見えるというわけではないが、よくよく見ればどこに何があるか、そのくらいわかる程度の明るさはある。リッカはカルアが階段を降り切った事を確認すると目を閉じて周囲の魔素の把握を始める。
部屋に沢山ある木箱の一番奥から魔素が濃く感じられる。ゆっくりとリッカが木箱まで歩き、その蓋に手をかける。
「あ、カルアさん、さっきみたいな事いっちゃだめですよ、少し任せて下さい」
「わかりましたよ!」
カルアはまだ目が慣れていないようで、壁に手をついて歩いている。イライラしていることはリッカにも伝わってくるが、離れているので、飛びかかってくる事もなさそうだ。
そっと木箱の蓋を開けると、さっきの子供の幽霊だろう白い靄の塊が入っていた。これは法術が使えるからこそ見える物。大多数の人は木箱を開けても空っぽにしか見えない。リッカは優しく小さめな声で話しかける。
「みつかっちゃった、追い出されちゃう……」
「怖がらせてごめんね、怖いお姉ちゃんじゃなくて僕が話をしてもいいかい?」
「うん……おじちゃん優しそうだから、いいよ」
「お、おじちゃん、ま、まぁいいか。さっき探し物って言ってたね、何か無くしたの?」
「お人形」
リッカはまた目を閉じて周囲の魔素を探っていく、この白い靄のように見える幽霊の体の一部に流れ込んでいる魔素があると感じられる。部屋の隅に乱雑に箱が投げて詰まれている所に自然と視線が向く、ゆっくりと歩いて行って、隙間に手を突っ込んでみる。
箱が沢山積まれている所の奥、魔素の流れを感じる所へ入れた手には、柔らかい布の感触が伝わってくる。
「なんか……くすぐったい」
当たりを確信すると、積まれている箱を1つ1つどかしていく。箱の隙間に隠れるように座る、ホコリにまみれた女の子の人形が出てくる。
「これかな?」
「うん、それ」
白い幽霊は人形に吸い込まれるようにして、人形へと入っていく。魔素は散っていないので、幽霊としては存在しているが、探し物が見つかったので人形から出てくる事は少なくなるだろう。
「君、満足したの?」
リッカが声をかけると、人形が頷いている。
人形が頷くという怪奇現象にも関わらずリッカの表情は穏やかな笑顔を見せている。
「カルアさん、この人形をお墓に入れてあげましょう」
「ダメです」
周りがよく見えなくてゆっくり歩いていたとは思えないほど、ためらいの無い足取りでリッカに近づいてくる。
「その人形が媒体なんですね」
「そうですが、カルアさん?」
リッカに詰め寄ると、その手に抱えられている人形に睨み付けるような視線が向けられる。白い手袋は握られて拳の形に変えられる。先ほどまでの不機嫌の延長のイライラとした感情ではなく、今こちらに向いているのは紛れもない敵意だ。
「つまり、それを壊せばいなくなると」
「この子は満足しているので、たぶん出てきません」
「また、アンデッドをかばいますか!」
「そんな意図ではありません!」
白い手袋にはめられた指輪が紫色に光ると同時にカルアの拳が飛んでくる。
「アンデッドよ! 去れ!」
「ちょっ!」
リッカは片手で人形を抱え、もう一方の手を上げてカルアの拳を受け止める。
そして、床にへばりつくかのように体をかがめると、頭のあった位置にカルアの足が飛んでいる。先日、屋敷で食らった拳から蹴りへの連撃だが、前回よりも遠慮が無い物になっている。
振り下ろされる足が頭に当たる直前に、床を転がるようにしてカルアから離れる。カルアの足はリッカの頭ではなく、床を大きな音を立てて踏みつける。
「情けない動きまでして、そんなにアンデッドが大切ですか?」
「この子をお墓に入れて解決で良いじゃないですか!」
「アンデッドは即座に、魔素へ還す物です」
「いくらなんでも、ん?」
カルアの右手にはめられている指輪が紫色の光を放っている。薄暗い地下室なので、その光は僅かでもまぶしく感じられるほどだ。
人形は両手で頭を抱えて、膝を曲げるようにしてリッカの腕に収まっている。それは怖がっている子供が体をまるめているように見える。
「指輪に何かあるな、ごめんね、ちょっと隠すよ」
リッカは近くにあった小箱の中に人形を入れると、立ち上がりカルアに向き合う。人形は自分で蓋をしめて、隙間から外を覗いている。
「カルアさん、アンデッドに何か嫌な思い出がありますか」
「ありません、ですが魔素に還すものです」
「もう悪さしないので、自然に還りますよ」
「即、還すものです」
「正気じゃない、かな?」
白い手袋がギリと音がなりそうなほど強く擦れて拳に変わる。リッカが黒いローブを脱ぎ捨てると同時にカルアが走り込んでくる。
左の拳が伸びてくる。恐怖に耐えて目を開けたまま顔面に迫ってくる拳をギリギリで頭を動かしてかわす。目の端を掠めて拳が引き戻されるが、拳にばかり意識を向ける訳には行かない。
黒いスカートを翻しながら右足が跳ね上がってくる。わずかに体をかがめ、足をくぐるようにして避けるが、耳に掠ったのか焼けるような感触が伝わる。
(次も右足!痛いのはガマン!)
リッカを捉えそこなった右足が一瞬戻ると、地面に着く前に顔面に伸びてくる。視界は靴底でいっぱいになるが、リッカは避けずにアゴを引いて、額で受け止める。
「っがぁ!」
「この!」
足が引くと同時にまた左手が飛びかかってくる。拳はリッカの頬にめり込み口の中が切れるが、血の味を感じる前に、とどめとばかりに右手の拳が襲ってくる。
「そこぉ!」
リッカは腰のショートソードを鞘ごと抜いて、柄の部分でカルアの右手を受け止める。パキリという音と一緒に指輪の光も散っていく。最悪カルアの手の骨まで折れたかもしれない。
「よし、これで、おごぉ!」
カルアの左足がリッカのアゴを跳ね上げる、視界が無理やりに天井に向かされて、視界がぐにゃりとゆがんでいく。
「あれ、私何を?」
リッカの顔面にもう一度蹴りが入る直前にカルアは足を止めていた。
冷静さを取り戻した瞬間は、リッカが仰向けに床に倒れた時とほぼ同時であった。小箱に隠されていた人形が飛び出して、リッカに駆け寄り、その頬をぺちぺちと叩いている。
◇
「すみません、リッカさん、もう問題は解決したというのに」
「いや、もういいんです。それより右手は大丈夫ですか」
しおらしく頭を下げているカルア、また別人のように様子が変わっている。右手を握ったり開いたりしているので骨が折れたりはしていないようだ。
右手にあった指輪が、精神に影響していたと考えて、リッカは指輪を狙って壊すという器用な事をやってのけた。予想通り、指輪が無くなったカルアは先ほどよりもずっと穏やかになっている。
正気に戻るのは壊れた瞬間ではなく、リッカを一度蹴り飛ばす時間があったことは予想外だった。
「カルアさん、この指輪どこで手に入れたんです?」
「覚えていないんです、いつの間にかあってお気に入りでした」
「ちょっと調べたいので、預かっていいですか?」
「はい、もちろん、あの、傷痛みますよね、すみません」
リッカの肩には人形がしがみついており、アンデッドがそこに居る事は目に見えて分かる。しかしカルアは殴りかかっては来ない。
「もう日が落ちたので、送りますよ」
「せめて、家で治療して行ってください」
ペコペコと頭を下げるカルアと共に、もう日が落ちて夜を迎えた街を歩く。すれ違う人々の視線は墓守の衣装だけではなく、肩に乗っている人形や、生々しい傷跡にも向けられている。
今のリッカには視線を気にするほどの思考の余裕はなく、カルアの態度の豹変ぶりと、あちこちで見つかる奇妙な指輪の疑問だけが渦巻いていた。
読んでいただきありがとうございます。
カルア「わたし、乱暴のままでいいですわ」
え? あの、いいんで、アゲッ!
カルア「これでカンベンしてあげます」
リッカさん、こんなの食らってたんですか、めっちゃ痛ってぇ
次もよろしくお願いします。