第16話 お化け屋敷
約束の通り、リッカはカルアとアンデッドの出る屋敷の調査に向かった。まだ日は落ちておらず、夕暮れの色に町は染まっている。
貴族の屋敷の前にカルアが立っている、これまで見ていたピンク色のドレスではなく、紺色というか黒に近いドレス姿だ、白い革の手袋に指輪は変わらず、資料を入れたのか鞄を片手に持っている。リッカはいつもの灰色の上下に黒のローブの姿、悪魔との遭遇してからはショートソードも欠かさず着けている。
「すみません、おそかったでしょうか」
「いえ、時間通りです」
カルアはスタスタと玄関に向かっていく。今日はコルフィ家の仕事としての調査のはず、付き添いが誰もいないというのは奇妙だ、当主の娘が外でも1人というのは気にかかる。
「アンデッドが片付いてから、他の者を調査に来させます」
「あ、なるほど」
心を見透かされたように、カルアの言葉が飛んでくる。短慮な所はあるものの、法術の習得の速さといい、リッカの考えを見抜く洞察力など、優秀な人間なのかもしれない。
「アンデッドの相方さんも不在のようで、2人だからと変な事考えないでくださいよ」
「考えませんよ」
殴られたくはないからね、と心で呟きながらカルアの後に続く。
入口の扉は厚い木の板を加工して作った物で、見事な鳥の彫刻が刻まれている。取っ手には金属が鈍く輝いている、磨けば鏡のように美しくなるだろう。カルアが手をかけると、鈍い音と共に扉が開いていく。
玄関は大き目の広間になっており、2階へ続く階段と奥と左右に廊下が伸びている。高い所に設置された窓からは夕日が差し込んできて、絨毯や玄関マットの色を鮮やかに見せている。
「カルアさん、分かりますか? 来ましたよ」
「そうですね、前と同じ」
2人の背中からゾワっとした不気味な感覚が全身に広がる、入れなかったという報告書を書いた人間はこの内蔵を掴まれ続けているような感覚に怯えて逃げたのだろう。これにカルアは1度耐えて再びここに来ている。貴族の箱入り娘とは思えない胆力だ。
広間の中心には法術使いだけに見える白い靄が集まってきて、人のような形を取っていく。大きさはリッカの胸の高さくらいなので、どうも大人ではない、子供の幽霊のように見える。
「子供? 幽霊なのは間違いないですね」
「前は、こうして」
カルアがスッと拳を作り、両手の肘を曲げていつでも拳を打ち出せるように構えをとる。
「あー! 待って、待ってー!」
「え? やりませんよ」
笑いながら拳を下げている。カルアなりの冗談だったのかもしれない。ほっとしたリッカは集中して、目の前の幽霊と波長を合わせていく。
「あ、、な、ち、、」
「まだ、合わないかな、これくらいでどう?」
「あなた、誰?、私が見えるの?」
声が聞こえるようになって、かわいらしい声が2人の耳に届く。姿こそ、靄が集まった白い影のような体だが、大きさといい、声の調子といい、子供であることに間違いない。
「カルアさんの波長も合わせましたけど、どうです?」
「声は聞こえますけど、姿は曖昧です」
「あなた、たち、私のうちに、どうしたの?」
幽霊はたどたどしい口調で話しかけてくる。声の聞こえ方というよりも幼さ故に上手く喋れないように感じる。
「ここは、あなたの家ではなくなりました」
「え? 私、探し物あるの」
「なので、出ていってもらいたいのです」
「え? え? なんで?」
「ちょ、ちょっとカルアさん、まずは話を聞いてあげて」
幼い子供の幽霊に真正面から退去を促すカルア。幽霊は一度魔素に散らせた事は覚えていないようだが、ここにいる理由が分からなければ、この子も動きようがない。
「カルアさん、私が話をしてみますから」
「お、おねえちゃん、わるい人!」
幽霊は広間の裏へと走って行ってしまう。廊下の奥に地下に行く階段があるようで、降りていく様子がリッカには伝わってくる。
「カルアさん、いきなり出ていけはないですよ、理由も分からないのに」
「多分ここの奥様の妹ですわよ、死んだのは30年以上前ですから大人ですよ」
「子供は子供です! アンデッドは普通成長できません、死んだ頃は10歳にもなってないでしょう!」
カルアが書類の中にあった家系図に目をやると、確かに死亡時の年齢は9歳と書いてある。カルアの言う、幼くして無くなった奥様の妹以外、ここで亡くなった人はいない。
普通はとっくに魔素に還っているほどの期間が経過しているのに、こうして残っているのは不可解だ、リッカには嫌な予感がしてきた。
「とにかく、理由を調べないと…… なんだ、この音」
「確かに、足音が聞こえますね」
カシャン、カシャン
子供の幽霊は走っていった先から、金属を鳴らすような音が聞こえてくる。
カシャン、カシャン
「カルアさん、この屋敷の防衛設備になんかあります?」
「えっと、ゴーレム? リビングアーマー1体ですね」
「それだぁ」
この『カシャン、カシャン』という音は間違いなく、こっちに歩いてきている鎧だ。リビングアーマーはアンデッドにもいるが、ここにあるのはゴーレムの亜種のようなもの。コアと骨組みのゴーレムを鎧の中に入れて、動きは鈍いものの動かせるようにする。
家族が部屋に籠って、入口に大きな鎧が陣取れば、簡単には入れない。両手持ちの剣でも振り回させれば、その攻撃をよけながら、鎧の中のコアを壊すのは容易ではないので、侵入者の撃退や危害が及ぶまでの時間稼ぎには十分になる。
「まずはこれを止めないといけませんね」
「ちょっと、私! 鎧なんて壊せませんよ!」
「分かってますよ 手伝ってください」
音がだんだんと近づいてくる。カシャンという足音だけだったが、金属が擦れ、床を引きずるような音も混ざって聞こえてくる。
リッカは足元にひかれている絨毯に手をかけて、持ち手を作るように波立たせていく。軽く引っ張って、引っかかりが無い事も確認する。
「何しているんです?」
「足払いするんですよ、転ばせるので、足の留め具を外してください」
廊下の奥から、バスターソードを持ったフルプレートアーマーが、下手くそな操り人形のように頭と体を奇妙にゆらしながら歩いてくる。実際のアンデッドにいるリビングアーマーもあんな奇妙な動き方をする奴が多いらしいが、街中で遭遇するアンデッドではないので、リッカは目にしたことは無い。
カルアの数歩前に出て、リビングアーマーに対峙する。カシャンカシャンと音を立てながら、徐々に近づいてくるが近づくにつれて、顔の部分が青や紫色に光っている。頭も体も揺らしていたが、リッカとカルアを見つけたのか、顔だけはまっすぐにこちらを捉えてくる。
「こ、こわいですわ」
「あれが、ゴーレムの目です。威圧して撤退させるようになっています」
アンデッドには一切怯まない娘だったが、大きな鎧と兜が剣を持って歩くと威圧感で恐怖を感じるらしい。お城の中に飾ってある鎧に、幼い王子様が怯えて泣き出すのは庶民でも知っている話だ。ここにいる鎧はただ置いてあるんじゃなく、気味悪く動いている。
「僕が、バスターソードとあの目を押さえます」
「とと、留め具って、ど、どれです?」
「スネのパーツのくるぶし側についてます。頼みますよ」
すでにリビングアーマーは後数歩でリッカに剣が届くような位置に来ている。リッカもじりじりと足を進めて距離を近づけていく。
バスターソードの間合いに入った瞬間、これまでの奇妙な動きはピタリと止まり、。両手で剣を持ち横なぎに切りつけてくる。足の踏み込みといい、剣の振り方といい、達人のそれと思わせるような鋭い動き、重さにして100㎏はある鎧、それが乗った一撃をもらえば十分に致命傷になる。
「ここだ!」
リッカを両断しようと迫る刃が体に触れる前に、リッカは前に飛び込むようにして倒れ込む。空気を鈍くきるブォンという音と風が、さっきまで自分の体があった場所を通り抜ける。
急いで体を起こし、波立たせていた絨毯に両手をかけて、そのまま一気に引っ張る。
「フン!」
絨毯の重みに、リビングアーマーの重さも加わっているのでかなりの重量が伝わってくる。足と手に力を込めて、歯を食いしばって力をかける。
食器棚の食器を全てぶちまけて割るような、大きな金属音を響かせて、リビングアーマーは床にあおむけに倒れ、両手と両足をバタバタと動かしている。起き上がるという行為は難しい物、特にこのリビングアーマーは屋敷の警備用、高性能ゴーレムではないのですぐには起き上がれない。
リッカはショートソードを鞘ごと引き抜くと、両手で肩に担ぐように持って、倒れているリビングアーマーに走り込む。
「よいっしょ!!」
踏み込み、体を回転させて走ってきた勢いをショートソードに乗せて、バスターソードに叩きこむ。金属同士がこすれる嫌な音を響かせて、リビングアーマーの手からバスターソードが離れて床に転がる。
ショートソードを投げ捨てると、抱き着くようにしてリビングアーマーの目を塞ぐ。
「カルアさん!」
「む、むちゃくちゃしますわね!」
顔にしがみつくリッカを引きはがそうと両手で掴みかかってくるが、足の動きは止まっている。ゴーレムは複雑な事はできない、今はリッカをはがそうとする行動のために他の動きは全て止めている、リッカが顔を押さえている限り動く事はない。
カルアはおそるおそるリビングアーマーの足に近づいて金具を1つ1つ外していく。
「カルアさん、そのパーツとっちゃってください」
掴むだけではダメだと判断されたのか、リッカを殴りつけてくる。切られるよりはまだいいが、アーマーの小手の部分、まさに金属の塊をぶつけられているので、鈍い痛みが襲ってくる。
「いだ! カルアさん早く!」
「いい、い、今、やってます!」
カキャン
スネのパーツが剥がれ、内側のゴーレムの骨組みが露出する。金属の棒が複雑に組み合わさって、そこに様々な色をした糸のようなものが、編み込むように組み込まれている。
「外れました!」
「カルアさん下がっ、んが!」
声をかけたタイミングで、頬を殴られて舌を噛む。
カルアが下がった事を目の端で捉えると、飛び退いてナイフを抜き、露出したゴーレムの足を切りつける。リビングアーマーはまた足も手もバタバタと動かしているが、リッカはゆっくりと、投げ捨てたショートソードを拾い、ナイフをしまいながらカルアの所に歩いてくる。
「まだ、動いてますわよ!」
「もう大丈夫です、立ち上がれませんから、そのうち止まります」
バタバタと体を動かしながら、立ち上がろうとして足を着いた瞬間に再びガシャンと大きな音を立てて転んでいる。さっきリッカが切った足を着いた瞬間にバランスを崩しているように見える。
「ほんと、ですね」
「足のパーツを外して、中の線を切ったので、強度もバランスも悪くなったんです」
「どこで、そんな知識を……」
「知り合いが詳しいんで、教えてもらったんですよ」
殴られて切れた口の中を舌で探って、歯が大丈夫か調べるが、血の味がするだけなので大丈夫らしい。明日には青い痣になっているくらいで済むだろう。
「傷は大丈夫ですか?」
「痛いですけどね」
「なら、いいです。アンデッドを追いましょう」
立ち上がろうともがきながら、絨毯も巻き込み、さらに動きにくくなっているリビングアーマーを横目に屋敷の奥に進んでいくカルア、なぜそんなにアンデッドに固執するのか、リッカは気になって仕方がなかった。
いつも読んでいただきありがとうございます!
カルア「まだ、イメージよくなっていないんですが? 分かってます?」
えっとその、はい、わかってます。もう少しお待ちを。
書いていたら長くなってしまったので、後半に続く形になってしまいました。遅くても金曜日に、できればもっと前に投稿します。現状は3日に1度のペースです!
今後もよろしくおねがいします。