第15話 保存食
カルアの依頼を引き受けたリッカ、翌日の夕方にはアンデッドが出る屋敷の調査に向かう。しかし、美味しい物の話を聞くと少し寄り道をしたくなってしまう。
冒険者の宿も表の明かりを落とし、遅くまで開いている酒場も片づけを終えるような時間。こんな時間に起きているのは夜行性の動物と、野営や衛兵の見張り、赤ん坊の夜泣きに起こされた母親くらい。
「意外と起きてる人いるのかもなぁ」
「だんな、何言っているんだ?」
少なくとも墓場で起きている人間は墓守だけだろう。アンデッドはこれから起き上がって出てくるかもしれないが、ここまで何にも出会わず、静かな夜を過ごすことができている。
いくら何もないとは言え、数時間も見回っていれば小腹も空いてくる。いつ、どんなアンデッドや死肉狙いの動物が出てくるか分からないから、腰を落ち着けてお弁当を広げる事はできない。
満腹だと動きが鈍る、空腹でも力が入らなくなるので、冒険者と同じように行動食を取ることがいつものパターンになっている。
「さて休憩にしようか」
「飯の時間ってわけだな」
ローブの内側から、水の入った筒と干し肉を取り出し、石段によりかかって干し肉をかじり始める。
自宅で手作りした物で、安い切れ端肉をつかっているから旨みは少なく、あまり美味しい物ではない。
「だんな、いつもまずそうに食ってるよな、それ」
「実際あんまり美味しくないからね、休憩ですぐに食べれる物はそんなもんだよ」
モチャモチャと固い干し肉をすりつぶすように噛みしめていくと、乾いた肉に口の中の水分が持って行かれ、肉の臭みが広がっていく。なんとか飲み込んでから口をゆすぐように水を飲む。
先日カルアの所で食べた、紅茶やクッキーのような優雅な美味しさが恋しくなる。あんなに良い香りを体験したあとでは、この肉の臭みは生ごみのレベルだ。
「美味しい行動食もあるけど、高いんだよなぁ」
食えればいい、乱暴な言い方だが行動食の扱いはそんな程度なのだ。当然美味しくて栄養価も高い物であればそれが至上だが、装備や薬などにお金は優先される。
活動中の食事は持ち運びしやすく、日持ちして、片手で食べれる、そして量の確保のため安いという条件が課されるため、それをクリアできる物は少ない。
「俺、作ってたぜ、持ち運びもしやすいし旨いやつ。孤児院で教えてもらったんだ」
美味しいといっても大した事はない、くず肉の塩漬けを干した物より旨ければ、美味しいと言えるものだが、スペックはとても自信を持って話しているように見える。
「へー、ぜひ教えてもらいたいね」
「いいぜ、肉はブロックで買ってきてくれ。いまさらだけど、教会の人間が肉食べてていいのか?」
「法典だとか、規範だとかには食べるなって書いてあるけど、修行中や祭典中じゃなきゃ食べてる」
立ち上がって、残った水も一息に飲み干して、口の中の肉の臭みを洗い流す。ちなみに法典や規範には酒も飲むなという意味の文章が書いてあるが、リッカはそれを言葉にはしない。
「教会もいい加減なんだよなぁ、帰ったらレシピ教えるよ」
「よし! 仕事終わったら買い物だ!」
今日は、墓から迷って出てきたゾンビがいた程度なので、大した苦労もなく片付き、明け方には墓守は家に帰ることができた。こんなに穏やかな夜は久しぶりだった。
◇
いつもは墓守も眠っている時間だが、今日は市場に買い物にきている。少し眠いが夕方にカルアとの約束で貴族の屋敷を見に行く予定がある。その後の夜は休みのつもり、多少の寝不足でも問題はないだろうと思っての買い物だ。
「すみません、この塊肉まるごと下さい」
「ありがとよ、兄ちゃん大口で買ってくれたからおまけしとくぜ」
「あ、すみません、ありがたいです」
肉の塊を買ったついでに酒屋にも寄って、お気に入りの穀物酒からとった割り酒をボトルで買う。
後は香辛料や香草などの材料を買っていく、塩は家に置いてある愛用の香草入りの塩があるのでそれで足りるだろう。
「ただいま」
「だんな、わりい、酒も必要だったって、そうだよな、酒好きな旦那だから買ってくるよな」
台所で用意を始めるとスペックが後ろに立って作り方を教えてくれる。どうやら何度も作っていたらしく、冒険者時代にも好評で、出先では物々交換の提供品にもなることがあったらしい。
行動食が求められるとは味や腹持ちなどの面で期待が持てそうだ。
塊肉を筋にそって薄く剥ぐように切って、酒に軽くつけていく。干し肉にするときには上等な酒の方が旨いという奴が多いが、スペックの話では安酒でも変わらないらしい。
確かに墓守も冒険者のような仕事をしている時から干し肉をかじっているがどこで食べてもそれほど味が変わらなかった気がする。
「なんか普通の作り方なんだけど、これでいいの?」
「酒に葉っぱ入れて、もう一回漬けるんだよ」
酒をつけて広げておいた肉は少し表面が乾き、変色してきている。スペックが言うにはここでもう一度酒に潜らせるそうだ。
最初に使った酒を捨てて、新しく琥珀色の割り酒を注ぎ入れる。軽く潰して香りを出した香草を酒に浮かべ、肉を一枚ずつ潜らせて並べていくと周りに爽やかな草の香りが漂う。
スペックの指示で愛用の香草入りの塩を取り出して、肉一枚一枚に刷り込むように付けていく。正直一枚ずつやるのは面倒だが、これが美味しくするためのコツらしい。
「だんな、ちぎれないように気を付けてな。ちぎれると食べる時にボロボロになりやすいからさ」
「わかった、嫌な臭いはしないし、香草の香りも立ってる、期待できそうだね」
「他の地域なら魚とかに使う香草なら代用できるんだってさ、俺はいつもこの香草しか使わなかったけど」
あちこち旅をする冒険者なら、同じ食材が常に手に入るとは限らない。知らない土地に行ったとしても、生き抜いて成果を出す事が求められる。その時のことも考えてスペックはこのレシピと応用を教わったのだろう。
網で料理するのが良いらしいが、網はないので、フライパンに広げてかまどに置く。焼くというよりも乾かしていくようにして熱を加えていく。
「こっちのは焼けるから少し離して、こっちのはもうちょっと火に近くして」
スペックの指示に従って、フライパンを火に近づけたり遠ざけたりしながら、肉の位置を変えていく。
「結構、細かいね、そろそろあげていいかな?」
「もうちょっとかな」
肉の表面の色が濃く変わり、表面がカリカリと乾燥してきている。
「あ、だんなそれくらい」
「わかった」
普段から料理をしているので、一度感覚を掴むとあとはスムーズに進んでいく。その証拠に、横からちょこちょこと口を出していたスペックが、何も言わなくなっている。
「終わったよ」
火からおろしたフライパンの上にはカリカリの肉が盛られている。表面は確かに乾いているがその奥にはしっとりとした層が残っている。
全てカリカリにしてしまったら、食べる前に砕けて粉のようになってしまう、荒っぽい冒険者たちではこの焼き加減の調整は難しい。
「やっぱりだんな上手いな。あとはこれを1~2日寝かせれば出来上がりだぜ」
「あー、これ美味しいね、酒と塩の刷り込みで臭みがこんなに取れるんだ」
「もう食べてるし!」
いつも食べている臭みがあって旨みが無い、安いだけが取り柄の干し肉よりも断然に旨い。筋に沿って切った肉はほどよい固さがあり、内側の柔らかい層があることで口の中の水分が持って行かれる事もない。
これならスペックの言うように、寝かせれば旨みがもっと濃くなりそうだ。塩を強くすればさらに日持ちするから遠出にも使える。
「うん、これ美味しい」
「そんなに気に入られるとは思わなかったぜ」
まずい物を食べるより、美味しい物を食べるほうがやる気も出る。白い眼で見られることも多い墓守の仕事の中で、小さな安らぎが増えたのである。
「うん、美味しい、お酒飲んじゃおうかなぁ」
「夕方までに酒抜けないからだめだぜ」
「じゃあ、カルアさんとこの仕事が終わってから飲もう」
今日は平和だ。
すみません! プレートアーマーを出すという話を少ししていましたが、描写が追いついておらず、書き上げきれていません。次であげます。
こだわり始めたら、色々考えてしまって、反省してます。
カルア「私の乱暴者のイメージ早くなんとかして下さいね」
はひ! つ、次でなんとか!
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